十三 十番斬の事
さる程に、夜討の時、恐ろしさに声も立てざりし二人の君どもが、「御所中に狼藉人ありて、祐経も討たれたり。王藤内も討たれたる。」と声々にこそ呼ばはりければ、「鐙。兜。弓矢。太刀。」「馬よ。鞍よ。」とひしめき慌つる程に、具足一領に二、三人取り付きて、引き合ふ者もあり。繋ぎ馬に乗りながら、打ちあふる者もあり。「某。」「かれがし。」と罵る音は、ただ六種震動にも劣らず。
ややありて武者一人、出で来て申しけるは、「何者なれば、我が君の御前にて、かかる狼籍をば致すぞ。名乗れ。」とぞ言ひける。十郎打ち向かひて、「以前名乗りつれば、定めて聞きつらん。かく言ふ者は、いかなる者ぞ。」「これは武蔵の国の住人、大楽の平馬の助」と名乗る。祐成聞きて、「薫蕕は入る物を同じくせず、梟鸞は翼を交じへず。我等に逢ひて、かやうの言葉は過分なり。これこそ曽我の者どもよ。敵討つて出づるぞ。とどめよ。」と言ひて追つかけたり。馬の助、言葉には似ず、かい伏つて逃げにけるが、押付の外れに胛骨かけて打ち込まれ、太刀を杖に突き、引き退く。
二番に、「これらが姉婿、横山党愛甲の三郎。」と名乗つて押し寄せたり。五郎、打ち向かひ言ひけるは、「紫燕は柳樹の枝に戯れ、白鷺は蓼花の蔭にあそぶ。かやうの鳥類までも、己が友にこそ交じはれ。御分達相手には不足なれども、人を選ぶべきにあらず。時致が手並の程を見よ。」とて、紅に染まりたる友切、真向に差しかざし、電の如くに跳んで懸かる。「叶はじ。」とや思ひけん、少しひるむ処を、進みかかつて打ちければ、五郎が太刀を受け外し、弓手の小腕を打ち落とされて引き退く。
三番に駿河の国の住人、岡部の三郎、十郎に走り向かひて、左の手の中指二つ打ち落とされて逃げけるが、御所の御番の内に走り入り、「敵は二人ならでは無く候。いたくな騒ぎ候ひそ。」と言ひければ、「神妙に申したり。いしくも見たり。」とて、高名の御意にぞ預かりける。
四番に遠江の国の住人、原の木次郎、斬られて引き退く。五番に、「御所の黒弥五。」と名乗り押し寄せ、十郎に追ひ立てられ、小鬢斬られて引き退く。六番に伊勢の国の住人、加藤の弥太郎、攻め来つて、五郎が太刀を受け外し、二の腕斬り落とされて引き退く。七番に駿河の国の住人、舟越の八郎押し寄せ、十郎に高腿斬られて引き退く。八番に、「信濃の国の住人、海野小太郎行氏。」と名乗りて、五郎に渡り合ひ、暫し戦ひけるが、膝を割られて犬居に伏す。九番に伊豆の国の住人、宇田の小四郎押し寄せ、十郎に打ち合ひけるが、いかがしけん、首打ち落とされて、二十七歳にて失せにけり。十番に日向の国の住人、臼杵の八郎押し寄せ、五郎に渡り合ひ、真向割られて失せにけり。
この次に、「安房の国の住人、安西の弥七郎。」と名乗つて、「敵はいづくにあるぞや。」とて立ちけるが、十郎打ち向かひて、「人々は優しくも、面も振らで討死したるは見つらん。愚人は銅を以て鏡とす。君子は友を以て鏡とす。引くな。」と言ひて打ち合ひけり。弥七も、さる者なり。「左右にや及ぶ。」と言ひあへず、跳んでかかる。十郎、足を踏み違ひ、そば目にかけて、ちやうど打つ。肩先より高紐の外れへ切先を打ち込まれ、引き退くとは見えしかど、それもその夜に死ににけり。
頃しも五月二十八日の夜なりければ、暗さは暗し、降る雨は車軸の如くなり。「敵はいづくにあるぞや。」とて走り廻る処を、小柴垣に立ち隠れて、出づるをちやうど斬りては蔭に引き籠り、向かふ者をばはたと斬る。斬られて引き退く者を、後陣に受け取りて、味方討ちする所もあり。二人の者ども、呼ばはりけるは、「武蔵相模のはや者どもは、いかに。これも重代、これも重代と思ふ太刀と、刀の鉄の程をも見せよかし。『敵は十人ある。二十人ある。』と、後日に沙汰するな。我等兄弟ばかりぞ。火を出せ。その明かりにて名乗り合はん。無下なる者どもかな。」と呼ばはりければ、御厩の舎人、時武といふ者、唐傘に火をつけて投げ出す。これを見て、館々より「我劣らじ。」と、雑人の蓑笠に火をつけて投げ出す。二千軒の館より松明を出しければ、万灯会の如し。白昼にも似たり。彼等二人は素肌にて、「敵に会はん。」と走り廻る有様は、小鷹の鳥に会ふが如し。
かかる処に、「武蔵の国の住人、新開の荒四郎。」と名乗りかけて、進み出て申しけるは、「敵は何十人もあれ、某一人にや越ゆべき。出で会へや、対面せん。」とぞ言ひたりける。十郎、打ち向かひて、「優しく聞こゆる者かな。『大匠に代はりて仕へる者は、必ずその陣を破る。』とは、文選の言葉なるをや。引くな。」と言ひて、跳んでかかる。言葉は主の恥を知らず、「御免あれ。」とて逃げけるを、十郎、繁く追つかけたり。余りに逃げ所なくして、小柴垣を破りて、高這ひにして逃げにけり。
次に甲斐の国の住人、市川党に別当の次郎、進み出て申しけるは、「いかなる痴れ者なれば、君の御前にて、かかる狼籍をば致すぞ。名乗れ、聞かん。」と言ふ。五郎申しけるは、「事新しき男の問ひやうかな。『曽我の冠者ばらが、親の敵討ちて出づる。』と幾度言ふべきぞ。臆して耳が潰れたるか。親の敵は、陣の口を嫌はず。さて、かやうに申すは誰人ぞ。聞かん。」と言ふ。「これは甲斐の国の住人、市川党の別当の大夫が次男、別当の次郎定光。」とぞ答へける。五郎聞きて、「わ殿は盗人よ。御坂、片山、都留、坂東に籠り居て、京鎌倉に奉る年貢御物の、兵士の少なきを遠矢に射て追ひ落とし、片山里の下種人の立て会はざるを夜討などにし、物取るやうは知りたりとも、恥ある侍に寄り合ひ、晴れの軍せん事は、いかでか知るべき。今、時致に会ひて習へ。教へん。」とて、躍りかかり打つ太刀に、高腿斬られて引き退く。
これらを始めとして、兄弟二人が手に懸けて、五十余人ぞ斬られける。手を負ふ者は三百八十余人なり。数々出づる松明も、一度に消えて、元の闇にぞなりにける。人は多くありけれども、この人々の気色を見て、ここやかしこに群立つて、寄する者こそなかりけれ。
底本頭注
十三 十番斬の事
・薫蕕は云々――香草と臭草。善悪、一つにすべからざる譬へ。世説に見ゆ。
・梟鸞――ふくろうと鳳凰なるべし。
校訂者注
十三 十番斬の事
・かやうの言葉は過分――底本、「かやうの事は過分」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・別当の次郎定光――底本、「べつの次郎定光」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
コメント