十六 頼朝謀叛の事
さるほどに頼朝は、天下を掌の内にいよいよ思し召し寄り給ひけるは、度々の御瑞相ども多き故、御謀叛の事、思し召し立ちけり。
殊に世間のやうを見給ふに、たとへば去んぬる平冶元年に、右衛門督藤原信頼の卿、左馬頭源義朝を語らひて、梟悪を企てしに、清盛、これを追伐し、件の兇徒を配流せしよりこの方、源氏は退散して平家繁昌す。されば、朝恩に誇りて、叡慮を悩まし奉る事、古今に類なし。あまつさへその身、一人の師範にあらずして、忝くも太政大臣の位を汚す。しかのみならず、近衛の大将、兄弟左右に並ぶ事、凡人に於いて先例なしといへども、初めてこの儀を破る。又、仏聖の田園をとどめ、神明の国郡を覆し、我が朝六十余州の内、三十余箇国は、かの一族知行す。又、三公九卿の位、月卿雲客の官職、大略この一門塞ぐ。かやうの驕りの余りにや、さしたる咎もなきに、臣下卿相、多く罪科に行ひ、あまつさへ法皇を鳥羽殿に押し籠め、天下を我がままにする。つらつら旧記を思へば、楊国忠が叡慮に背き、安禄山が朝章を乱りし悪行も、かくの如くの事は無し。人臣、王事を奪はざるの外、これていの悪行、異国にも未だ先例を聞かず。いはんや我が朝に於いてをや。
かかりければ、後白河院の第二の皇子高倉宮を、源三位入道頼政、謀叛を勧め奉り、治承四年四月二十四日の暁、諸国の源氏に令旨を下さる。御使は十郎蔵人行家なり。同じき五月八日に、行家、伊豆の国に着き、兵衛佐殿に令旨を告げ奉る。その案を書き、やがて常陸の国に下り、志太三郎先生義憲にこの由を触れ、信濃の国に下り、木曽義仲にも見せけり。これによつて、国々の源氏、謀叛を企て、思ひ思ひに案を巡らす処に、平家の郎等、国々に多かりければ、ほぼ伝へ聞きたりけり。
十七 兼隆が討たるる事
かくて、頼朝謀叛の由、平家の侍、和泉判官兼隆が聞きし上、則ち当国山木が館にありけるを、八月十七日の夜、時政父子を始めとして、佐々木四郎高綱、伊勢の加藤次景高、景政以下の郎従等をさし遣はして、討ち取りけり。これぞ合戦の始めなりけり。
ここに、相模の国の住人、大庭三郎景親、平家の重恩を報ぜんために、当国石橋山に追つ駆け、散々に戦うたり。これのみならず、武蔵上野の兵ども、「我劣らじ。」と馳せ向かひて防ぎ戦ふ。
その中に、畠山重忠は、「父重義、叔父の有重、折節、平家の勘当にて京都に召し置かるる最中なれば、その咎をも晴らし、国土の狼籍をも鎮めん。」と思ひ、向かひけるが、三浦党、「頼朝の謀叛に与力せん。」とて馳せ向かひけるが、鎌倉の由比といふ所にて行き合ひ、散々に戦ひけるが、重忠、打ち負けて、稀有の命生きて武蔵に帰りけり。その後、江戸、上総を始めとして、武蔵の国の住人ども一千余騎、三浦へ押し寄せ、身命を捨てて戦ひければ、三浦打ち負けて、今は大介一人になりにけり。年九十余になりけるが、子孫に向かひて申しけるは、「兵衛佐殿の浮沈、今にあり。おのれ等一人も死に残りたらば、見継ぎ奉れ。」と申し置きて、腹切り畢んぬ。
さても、伊東入道は、元より佐殿に意趣深き者なりければ、「一合戦。」と馳せ向かひけるが、頼みし畠山は打ち負けにし折節なれば、伊豆の御山より引き返しにけり。
十八 頼朝七騎落の事
さても、頼朝は無勢たるによつて、心は猛く思はれけれども、「この合戦、叶ふべし。」とは見えざりけり。されども土肥次郎、岡崎悪四郎、佐々木四郎、命を惜しまず戦ひけるその隙に、佐殿は逃れ給ひて杉山に入り給ひぬ。北條三郎宗時、真田与市も討たれけり。佐殿は七騎に討ちなされ、大童になりて大木の中に隠れ、その暁、山を忍び出、「安房の国龍崎へ渡り給ふ。」とて、海上にて三浦の人々、和田小太郎義盛に行き会うて、舟どもを漕ぎ寄せ、互に合戦の次第を語る。義盛は、衣笠の軍に大介討たれし事ども語りければ、土肥、岡崎は又、石橋山の合戦に与市が討たれし事どもを語り、互に鎧の袖をぞ濡らしける。
さて、安房の国に渡り、それより上総に越え、千葉介を相具して、次第に攻め上り給ひて、相模の国鎌倉の館にぞ着き給ひける。これよりして武士ども、関東に帰服せざるはなかりけり。されば平家、驚き騒ぎ、度々討手を向かはすといへども、或いは鳥の羽音を聞きて退く者もあり、又は戦場にこらへずして、鞭にて打ち落とさるるもあり。これ、普通の儀にあらず。ただ天命の致す処なり。昔、周の武王、殷の紂王を討たんとせしに、冬天に雲冴えて、雪の降る事、一丈余なり。五色の馬に乗る人、門外に来りて、その事を示ししかば、文王、勝つ事を得たりき。
かるが故に、逆臣、程なく敗北して、天下、則ち穏やかなり。
十九 伊東の入道が斬らるる事
さても、不忠を振舞ひし伊東入道は生け捕られて、婿の三浦義澄に預けられけるを、先日の罪科、逃れ難くして召し出し、鎧摺といふ所にて、頭を刎ねられけり。最後の十念にも及ばず、西方浄土をも願はず、先祖相伝の所領、伊東、河津の方を見遣りて、執心深げに思ひ遣るこそ無残なれ。
底本頭注
十六 頼朝謀叛の事
・一人――天子を指す。
十八 頼朝七騎落の事
・大童――乱髪。
校訂者注
十六 頼朝謀叛の事
・一人の師範にあらずして――底本、「一人師範にあらずして」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・しかのみならず――底本、「かくの如く」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・仏聖の田園――底本、「仏生の田園」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・その案を書き――底本、「令旨の案をかき」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
十八 頼朝七騎落の事
・昔、周の武王――底本、「昔、周の文王」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・冬天に雲冴えて――底本、「東天に雲冴えて」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
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