大納言忠信、按察使光親、中納言宗行、二位兵衛督有雅、宰相中将範茂、宰相中将信能卿等、心ならぬ旅の空、後れ先立つ東路の、行く末になほ足柄の、せきあへぬ涙をかけて、いかになるみのかたに来ぬらんと、悲しき中にも忠信卿は、右府の喜び申しに下りし時、駒を並べし道の広さ、鷹返りし袖の上、今日ばかりは絞らざりしかども、露けき事を思ひ続けて行く程に、妹の禅尼、とかく申し、許されにければ、浜名の橋よりぞ帰りにし。
光親の卿は、不尽の裾野の秋の初風、萩の下葉を吹く露の命、結びもあへぬ程に、蓬の髪を下ろし、蓮の花を願ひ、法華経を読みてぞはかなくなりにける。
宗行卿は、浮島が原を過ぐる日、今日を限りと聞きて。
昔南陽県菊水 汲下流而延齢
今東海道菊河 宿西岸而失命
今日過ぐる身をうき嶋の原にてぞ終の道をば聞き定めつる
手なんど洗はんとて、立ち入りたる道の辺の家の柱に書き付けて、行き行きて、逢沢といふ所の木茂き夕露を、日暮らしの音に添へて聞きにける。
有雅卿も、この程にて失せにけり。
範茂卿は、元より花の都に散り残るべき人
ならず。ただ身をうぢ川に名を流すべかりけるを、はかなく逃れて、早川の底の水屑と成りにしこそ、あやなく侍りつれ。
信能卿は、美濃の国遠山といふ所にてぞ終はりにける。
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