第四 上
明王は、一人のためにその法を曲げずとかや。されば頼朝、曽我兄弟が有様、甚だ感じ思し召し、時宗が死罪を宥めまほしく思せしかど、国法もだし難くして、明くる二十九日に誅せらる。さて又、新田の四郎には、高名三度の御契約相違なく、松島月毛に金覆輪の鞍鐙、五色の厚総馬鎧。新開の荒四郎、御使を承り、新田が仮屋へ引かせける。
朝比奈の三郎義秀は、曽我兄弟の墓詣して帰るさに、この体を見て、無益しくや思ひけん、つかつかと寄り、「やあ、新開殿。見申せば、君御秘蔵の名馬を引かせて、どれへがな。」と言へば、新開聞いて、「わ殿はご存じないと見えた。新田の四郎忠常拝領なり。」と答ふ。朝比奈、とぼけた顔にて、「むう、珍しや。この馬は、池月、磨墨にも優つたりとて、秩父、北條、我らが親父を始め、この義秀、先として、皆々願ひ申せしかど、下されぬ御秘蔵を、新田には何として。おおう、合点、合点。値がよさに売らせらるるの。」と言ふ。
新開、重ねて、「はて、悪口を申さるる。新田は富士の人穴へ入り、希代の猪を乗りとめ、曽我の十郎を討ちとめ、高名三度に及びし故、御契約にて拝領なり。」と言はせも果てず、朝比奈、からからと笑ひ、「いや、しやらくさい、腹筋千万。三度や五度の高名を、珍しさうに、何事ぞ。但し、高名して御馬を貰ふならば、保元平治より源平の合戦まで、高名ある者、数を知らず。この朝比奈も、お耳に立つたる覚えあらん。高名づくにて貰はるる御馬ならば、新田まで遣らせうか。この朝比奈が拝領申した。不請ながら新開殿、お取次、よいやうに頼み申す。」とにぢかけける。
新開、ほうど持て扱ひ、「所望ならば、御前にてぢきに訴訟候へ。某は、お使なれば罷り通る。」と行かんとす。「どつこい、どつこい。さては、しかとなるまいか。朝比奈は、悪い癖。或いは敵の首でも城でも、欲しいと念をかけてからは、取らずに置いたるためしなし。是非に及ばず。ここで山賊して盗み申す。後日に盗人とあつて、切腹仰せ付けられんは必定。馬と朝比奈とは、頼朝こそ替へ損なれ。さあ、盗んだ。渡せ。」と言へば、「やあ、こいつ、男を見違へたか。新開なるぞ。盗んで見よ。」と気色する。
朝比奈、くつくつと吹き出し、「いや、見違ひはせぬ。成程、成程。曽我兄弟に出合ひ、小柴垣を押し破り、高這ひして逃げたる新開、見知つた、見知つた。さあ、馬を盗む。止めて見よ。」と、取つて突きのけ、馬取り、中間蹴倒し、手綱かいくり、ひらりと乗る。主従、「遣らじ。」と寄る処を、馬引き返し、八方へ踏み散らし踏み散らし、鞭打ちくれて、鉸具を入れ、雲を霞に飛ばせける。新開は力なく、童の手を切つたる如くにて、恨めしさうに打ち眺め、「待て、おのれ。覚えて居れ。」と、御所の仮屋へ立ち帰る。
虎、少将道行
恋といふ、文字の字なりを判じもの。言葉しがらむ唐糸の、解くに解かれぬ下心。いとほしや虎、少将。母の嘆きを諫めかね、慰めかねつせん方も、なみだの内に思ひ付き、少し力を越後なる、禅師の君に告げばやと、旅立つ姿。このままは、人や見知るとさしかざす、扇商人団扇売り、昔偲ぶの恋風を、よそに吹かせてやつし行く、世の習はしこそはかなけれ。
人はとも言へ我が身には、三国一の殿持ちて、富士さへ次に見し山の、今は上なき雲の嶺。月を招きし扇にも、見しは帰らで面影の、なほ懐かしみ御影堂、城殿が扇召すまいか。夏を忘れて涼しさは、秋としら地や浅葱地や、さつと隈取る一筆烏、何を恨みにあだし世を、すみ絵彩色色々に、情けの種をまき砂子、透かし扇に唐扇、扇々、扇召せ。あふぎとはそら言よ。会はでぞ恋は、どれどれそれます、ます鏡団扇や奈良団扇、さて絵団扇の品々は、武者絵の猛きもののふも、心やはらぐ女形絵や。浮世男絵立て髪に、長い刀をさすぞ杯。やつこのやつこの、やつこが受けし武蔵野の、草花尽くし青丹よし、丹や緑青塗り団扇、羨ましきは高砂の、夫婦妹背の共白髪、我に泣けとや箔団扇。風を商ふその身さへ、空の暑さは凌がれぬ。
しのの石原日に焼けて、蝶も翼を休めかね、千鳥鶺鴒足冷やす、清水がもとの柳蔭、蔭を見付けて走り着き、立ち休らへばさらさらさら、さつと時雨の雨かとて、声に笠着る夏の蝉、春秋知らぬあたら世を、よそに聞きしも身の上と、これも涙を添へぬべし。習はぬ旅の憂き宿り、夢さへ薄く間遠なる、蚊帳の吊り手の短夜を、来ては水鶏のことことことと、格子叩くに聞き紛ひ、思ひ紛ひつ見紛へて、雲間に騒ぐ稲妻と、行方も知らぬ思ひぞや。
身は習はしの仮寝にも、相馴れし夜の癖悪く、一人寝られぬ露の床、こち寄れ枕引き寄せて、寄せてもしめても又恨みても、抱き力なき草枕、投げそ枕に咎もなや。いざとて二人寄り添へど、女子同士のあだ臥しや。我は真紅のようやよやよ、結ぼれ糸の、解けぬ心がつろござる。とよえ、いよ、つろござる。解けぬ心の氷室守、夏の氷もあればある。団雪の扇雪なれど、消えても残る世の中に、ああ、いかなれば我々は、恋の瀬越しを幾瀬とも、越えて甲斐なき七瀬川。四十八ヶ瀬うち過ぎて、越の白山白雪の、積もるは富士に似たれども、裾野の原に我が思ふ、魂のありかは嵐吹く、松江の里暮れ行けば、暫く休らひ、立ち給ふ。
日も暮れ行けば人々は、宿を借らんと休らひ給ふに、「曽我一類のめしうど、この所の泊りにて、外の旅人は、一人も今宵の宿は叶はぬ。」と言ふ。「南無三宝。」と肝を消し、「曽我一類のめしうどとは、誰なるらん。」と問ひければ、「五郎十郎が弟、越後国国上の寺、禅師坊といふ法師を、海野太郎行氏殿が承り、召し捕つて御通り。用心堅く仰せ出され、旅人の泊りは叶はぬ。」と、言ふ内にはや牢輿の、前後厳しく取り囲み、御家人、先を打ち払ひ、海野の太郎は押さへを乗つて、弓に矢つがひ、長刀の鞘外し、朝敵謀叛の生け捕りなんどの如くにて、駅路の中へ舁き入れしは、見る目も哀れに浅ましし。
「聞き給ひしか、少将様。」「こは、いかにせん、虎様、なう。」「せめて御兄弟の移りにもなれかし。又は母御の御慰み、便りをだにもと心ざし、遥々下る甲斐もなく、はや召し捕られ給ひては、亡き人の御形見も、誰人にかは渡すべき。」「お二人の御最期にも、一足違うて会ひもせず。忘れ形見に禅師様を、見んと思ひて遥々と、来たる甲斐なき旅衣。左前なる世の中や。」と、嘆くも心、頼りなし。「この上は、越後に行きて益もなし。曽我に帰りて母御様に、一まづ知らせ申さん。」と、今来し道を立ち帰る、心の内こそ侘しけれ。
さる程に、右大将頼朝公、「曽我一類の落着は、富士野にて御沙汰あるべし。」と、まだ仮屋に逗留ある。かかりし処へ海野の太郎、禅師坊を召し捕つて、御前に引つ据うる。君、御覧じて、「わ法師は、河津が末子よな。兄どもが敵討ちしを知つつるか。但し、知らせざりつるか。」と御諚ある。禅師、居丈高になり、「恐れながら、大将軍の仰せともおぼえぬものかな。一つ腹一生の兄が、親の敵を討つと申すに、知らぬ顔する人間や候べき。但し、法師なれば、知つても討つまじき奴と、御覧ぜられて候か。我が君、天下をしろしめすも、文覚と申す法師の力。この坊主、文覚程こそ候はずとも、一寸の虫に五分の魂、かくと知らする程ならば、祐経を兄どもに押し向け、愚僧は御座近く推参致し、祖父伊東入道が御恨みをも、申すべかつしものを。残念や、本意なや。」と、憚る気色はなかりけり。
頼朝、猶も心ざし、引き見んと思し召しけん、「おお、さもこそあらめ。汝は、させる咎もなし。伊東が所領を与ふべきが、還俗して頼朝に奉公してんや。」と宣へば、禅師、眼に角を立て、声を荒らげ、「よつく某を腰抜けと御覧ぜしな。兄どもは誅せられ、三衣に縄をかけられて、所領が欲しい、命が惜しい、還俗致さんと申さうか。但し、それも御心次第。さりながら、愚僧を助け置かれうならば、あつぱれ、御身の一大事。明け暮れ君を見る度に、恨めしや、先祖のあだ。恨めしや恨めしやと、思ひ積もつてどこぞでは、御首欲しくなり申さば、粗忽致さんは必定。しかれば、虎の子を飼ふに似たり。よつく御思案候へ。」と、なほ憚らず申しけり。御前伺候の諸大名、「まことに河津が子なりし。」と、舌を巻かぬはなかりけり。君も感涙、押さへかねさせ給ひ、「あつぱれ、猛き勇士どもや。彼等兄弟召し使はば、頼朝が一方の用にも、立たんずものなれども力なし。時宗が最期の所へ引き出し、討つて暇を取らすべし。」
「畏つて候。」と、引つ立てんとする処へ、老母、二の宮、虎、少将、警固も番もおぢばこそ、外垣二側押し通り、御白洲の内垣に、ひしひしとすがり付き、「やれ、母こそ来たれ、禅師坊。あさましの有様や。やれ、可愛の者や。」と泣き叫び、「なう、我が君も聞こし召せ。老中達も聞き給へ。そも出家は仏子とて、衣を墨に染むるより、釈迦如来の御子と成り、この世の父母兄弟とは、他人になつたるあの法師に、何の咎の候ぞ。侍の子の敵討つたが不思議かや。時宗が切られしさへ、よに御恨みに思ひしに、遠国波涛の隅々まで、さ程に探し、曽我一家を、絶やさで叶はぬ事なるか。あの子ばかりは助けて賜べ。なう、御慈悲なるわ、人々よ。申し直して賜はれ。」と、理非をも分かず、声を上げ、垣にすがり、伏しまろび、消え入り絶え入り泣き給ふ。
今まで勇む禅師坊、母の嘆きを一目見て、朝日に消ゆる初霜の、只しをしをと心くれ、前後も分かぬその有様、君を始め参らせて、満座の諸武士、下々まで、袖を絞らぬ者は無し。
校訂者注
・珍しさうに、何事ぞ――底本「珍らしさうに何事だ」。『近松全集 第3巻』により改めた。
・蔭を見付けて走り着き――底本「風を見つけて走りつき」。『近松全集 第3巻』により改めた。
・衣を墨に染むるより――底本「衣を墨に染むるなり」。『近松全集 第3巻』により改めた。
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