百日曽我(一名団扇曽我)

第五

 数ならぬ、身にも宿にも来る秋は、折も違へぬ風の音。去年まで魂を祭りし身が、今年は影もあら精霊の、棚に折り敷く蓮葉の、盂蘭盆祭る哀れなり。
 痛はしや母上は、虎、少将が黒髪の、思ひ切つたる姿を見て、「面影に立つ我が子の顔。物忘れする老いが身に、などこればかりは忘れぬぞ。」と、日の暮れ、夜半の明くるにも、折節に増す嘆きなり。元より貧家の曽我の末、なほ御勘気は強くなり、世間広き弔ひを、すべき便りもなかりけり。
 「まことや、菩提の死霊は法界の廻向に、如くは無しと聞くぞ。」とて、祐成や時宗の最期場に、日覆ひ構へ、竈を設け、接待に天台乳花の茶を煎じ、行き来の人に施し、一遍の廻向を受くべしと、鬼王兄弟水薪、折り汲み運べば、虎、少将、母上も諸共に、取る茶柄杓の廻向の念仏。往来の僧俗、男女貴賤を分かず、聞き及び、立ち止まり、「これ、広大の功徳ぞ。」と、皆々茶を受け、手向をなし、「一杯に喉を潤し、二杯に暗き心を明らめ、三杯に枯れたる魂を探り、四杯に軽き汗をおこして、平生不平の気を散じ、五杯には肌潔く、六杯にはおのづから仙霊に通達し、七椀喫するその内に、清風に乗じて不退地の雲に遊ぶ。」と、皆礼拝して念仏す。妙なる功徳と聞こえけり。
 かかる処に編笠にて、顔隠したる侍一人、茶を飲みて廻向をなし、懐中より黄金一包み取り出し、「近頃殊勝千万。只さへ不勝手の曽我殿、御兄弟に離れ、さぞ不自由に候はん。貧者の御茶、只飲み申すはいかがなり。」と、膝に置いて立たんとす。老母御覧じ、「お心ざしは嬉しけれども、子どもが追善に施す茶。あたひを受けんやうは無し。返弁致す。」と返さるる。かの男、小声になり、「いや、これは、我一人の金子にあらず。鎌倉の大名衆、方々を貢ぎのため、少しづつ奉加を致され、集められたる金なれば、恩に着給ふ事でもなし。平に取つて置き給へ。」と、虎に渡せば辞退する。少将に遣れども手に取らず。「しからば御兄弟、精霊に参らする。」と、さし置いて逃げて行く。
 禅師坊、外より帰り、包みし黄金を取つて、かの者に投げ付け、襟元掴んでどうと引つ据ゑ、「いづくの誰とは知らねども、慮外千万なる奴めかな。身こそ貧なれ、伊東が孫、曽我兄弟が追善ぞや。但し、おのれは、茶を売る出茶屋と見たか。先祖よりこの方、曽我一家が、物を売つて商ひしたるためしなし。おのれ、誠の心ざしならば、たとへ一紙半銭なりとも、寺へ持参し、三宝に供養すべき事。たとへ千金万金にもせよ、群衆の中にて茶のあたひを取つて、日本無双の五郎十郎が、潔き屍に泥を塗るか、推参者。殊に鎌倉中の大名が、奉加して集めたと。ええ、胸悪や、けがらはしや。さほど曽我を大切に思ふならば、兄弟が存生に心ざしもあるべし。など時宗が一命をも、申し受けて助けざりしぞ。祐経が威勢に恐れ、世間を憚り、見ぬ顔せし腰抜けどもが。何ぢや、この目腐り金。兄弟の者どもには、忘れ形見の子供等あり。もしもの事のあるならば、甥どもに腹巻せさせ、この法師が衣の上に鎧投げかけ、坊主頭に兜を頂き、痩せたる馬に打ち乗つて、太刀脇挟み、一陣に進んで、よき敵と引つ組み、討ち取り、一方を切り破り、剛なる者の子々孫々と、後代に名をとどめんと、朝暮念ずる我々が、諸大名の奉加を受け、生きたる甲斐があらうと思ふか。浮世も命も捨て坊主、いつの時をか待つべきぞ。鎌倉中の大名の、総名代には不足なれども、おのれが相手ぢや。逃さぬ。」と、腕まくりし怒りしは、すさまじかりける勢ひなり。
 かの者、笠を取つて捨て、「おお、頼もしし、頼もしし。必ず粗忽せらるるな。某は、頼朝公の御近習、大友の一法師。元服して、大友の左近の将監に任ぜられ、若君へ付けられ、只今は頼家公に仕へ申すよ。しかるに、祐成、時宗、前代未聞の勇士とて、君、御感ましまし、照明荒神現人神と斎ひ、富士の裾野に社を立て、兄の宮、弟の宮、勧請あり。近日、御社参との御事なり。その節、兄弟の忘れ形見の幼き者、所領を下され、頼家公の御伽に、召し出されんとの御内意なり。しかれども、方々久しく沈淪流浪の家、俄の用意、見苦しかるべし。沙汰なしにこの黄金、手に入れ置けと、忝くも頼家公、御懇切の尊意なり。必ず粗忽し給ふな。」と、言ひもあへぬに禅師坊、「あつ。」と頭を地に付くれば、老母を始め虎、少将、鬼王兄弟まろび出、「世に有難き御恵み、いつの世にかは忘るべき。これに付けても祐成や、時宗が浮世に長らへ、この仰せを同じやうに、承る程ならば、いかに嬉しかるべき。」と、先立つ物は涙なり。
 大友、重ねて、「御内意なれども、この首尾にて、かやうに顕はし申す上は、この通りを披露致し、追つ付け御社参あるべき間、その節、罷り出向かひ、御目見え候べし。委細は和田殿、秩父殿より申さるべし。まづ、お暇。」とありければ、只、「御前をば宜しきやうに。」と礼儀を述べ、暇乞ひつつ用意ある。
 嘆きは失せてめでたさの、曽我の出世の喜びも、太平の代の秋津君、仁義の道や白旗の、裾野の社に御参詣。忝くも大将御父子、曽我兄弟の神霊に、御手を合はさせ給ひければ、近習外様の召し具の人、残らず法施を捧げられ、取り分き今日は重陽の、折に幸ひ曽我菊や、種絶やさじと若どもに、河津の本領三万町、安堵の御判の墨色も、深き恵みに取り添へて、御恩をになふ木瓜の、紋も再び栄えける。めでたかりける次第なり。

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