(第四 下)

 母上、睨んで、「やい、小癪者。たつた今、意見した、その舌も引かぬに、御前とも憚らぬ利発だてな。それ、何ぞ。兄と言うても大事ない長年殿。武勇と言ひ、年嵩。お事に習ひ給ふべきか。仮初ながら大事の処。あなたの下知に任せて居や。」と、ねめ付け給へば又太郎、「年に足らぬ正行殿、この所にて戦はんとは、勇あつて頼もしし。さりながら、味方は貴殿と某、只二人。追手の勢は一千余騎。死物狂ひは、そは知らず。勝つべき道理、更になし。」と言はせも果てず、「ああ、さな宣ひそ。無勢なりとて戦はずんば、戦ふ時節はあるべからず。父正成は、三百騎に足らぬ小勢にて、十万の敵を幾度か破りたり。軍は奇正変化にあり。時、はや寅の一点。我が計略を巡らさば、千騎はおろか、何万騎も、駆け破つて見せ申さん。」と、広言吐けば、母上、「ええ、小面憎や。わらべなら、わらべのやうにして居や。出るままの軍法だて。さあ、味方二人で千騎の敵に、勝つべき智略があらば、言うて見や。道理が悪いと、正成の子でないぞ。さあ、申せ、申せ。」と問ひかけられ、「さん候。総じて子供の諍ひにも、強きは弱きを侮つて、油断の負けをするものなり。
 「君、落人の御身にて、御供とても一両人。千騎に余る追手の兵、多勢を頼みに油断するは必定。我等と長年両人は、向かうの松原に隠れ入り、母上は君の御供して、天神の社に忍び、上を始め、各々、下着の小袖を脱いで、裏表一幅一幅に解き離し、本社末社の鉦の緒ともに、大旗小旗の尺に切り、石を括つて森の梢、ここかしこに投げ掛け投げ掛け、敵寄せ来るとも静まり返つて、ほのぼの明けの朝風の、霧の隙々、森の樹蔭に、旗の手のひらりひらりと閃くを、小勢と見る者あるべきか。一呑みに侮つて、油断したる追手の勢、と胸を衝いて色めく処を、神楽堂の大太鼓、乱調に打ち立て給はば、先陣より崩れ立ち、後陣も共に乱るべし。その時我々、小松原より横合ひに切つて出、十方無尽に切り散らさば、陣を割られし敗軍の、踏みとまつたるためしなし。多勢かへつて枷と成り、人にて人を堰き塞がれ、同志討ち、友討ち、度を失ひ、八方へ逃げ散つて、味方の勝利、正行が掌に握つたり。母上、いかに。」と言ひければ、「いやいや、それも一図の軍法。もし又、敵の大勢が、この森へは懸からず、汝が籠る松原へ、先に懸からばいかがせん。」
 「おお、その時こそ松原の、泊り烏を追ひ立てん。明けぬ先より立つ鳥は、帰雁、列を乱るなる。隠し勢と心得、取つて返して、この森へ懸かる時には、かの手立て。鳥と旗とに脅されて、中に漂ふ寄手の真中、ただ一駆けに踏み散らすは、蚊を殺すより猶易く、骨を折らずの勝ち軍、案の内に候。」と、申し上ぐれば天皇も、「あつぱれ、正成が子なりけり。末頼もしき若者や。」と、忝くも感涙に、御衣を絞らせ給ひければ、又太郎は三十五歳、十一歳の正行に、「今日の大将軍、御下知に任せ候。」と、手をつかねたるもののふの、弓矢の礼こそ正しけれ。
 母は喜び、「おお、でかした、でかした。総じて大将は、必ず弓矢を帯するもの。母がその心にて持つたるは、長刀ならず。これ見よ。」と鞘を取れば、弦を外せし村重籐。「お事を慕ふ忙がしさ、箙負ふ間もなかりしぞ。薄なりとも押し切つて、鏑矢射るは、軍神の祭ぞや。」と、弦袋添へて賜びければ、取つて頂き、「あれあれ、追手の松明、近付いたり。夜明けとて程もなし。母上は我が君を、社の森へ御供あれ。敵は小勢と侮るとも、味方は必ず大敵とて、恐るる事あるべからず。何万騎寄するとも、乱るるまでは音するな。」と、下知する声も若緑、松原さして入りにける。
 追手の大将、山口入道、嫡子八郎久国、二男九郎宗重、その勢一千余騎、揉みに揉うで馳せ来り、「この松原こそ怪しけれ。言うても二人か三人か。叢の虫を取るより易かるべし。骨折つて何かせん。松明を踏み湿し、松原を押つ取り巻き、しめ寄せて討ちとれ。」と、ひしめく処に正行長年、木の根を揺すり、梢を動かし、弓の鉾にて驚かせば、驚かされて数万の烏、声を立てて鳴き騒ぐ。山口親子、大きに驚き、「寝ぐらの鳥の俄に騒ぐは、この松原に天皇方の軍兵の、隠れ居るに極まつたり。深々と近付くより、切り立てられては悪しかりなん。」と、大将を始め諸軍勢、進みかねて控へたる。わらべ心の楠が、智恵一つに廻されて、一千余騎の兵の、どまぐれ乱れうろたへし、智略の程ぞ恐ろしき。
 山口入道、声をかけ、「あれあれ、東も白みたり。天神の森に陣を取り、備へを立てて攻め寄せん。いざ、来い。」と見渡せば、こはいかに、朝霧深き森の木の間、色々の旗翻り、嵐に靡く有様は、ただ花紅葉の如くなり。「南無三宝、前にも敵、後ろにも敵。いづくに命を逃れん。」と、大将始め諸軍勢、具足震ひのがたがたがた。鳴子を引くに異ならず。相図を違へず神楽太鼓、どうどうと打つ声に、「そりや、攻め鼓。なう、怖や。」と、主は下人の後ろに屈み、子は親を楯にして、腰を抜かし、気を失ひ、逃げ惑ふ真中へ、名和又太郎長年、楠帯刀正行と名乗りかけ、割り立て、追ん廻し、火水になれとぞ戦ひける。
 臆病神に眼もくらみ、二人を千騎万騎と見て、逃げ足落ち足、深田に踏ん込み、岩根に乗りかけ、我が打物にて死するもあり。片時が間に、手負死人三百余騎。生きたる者は落ち失せて、残り少なになりければ、「矢攻めにせよ。」と山口兄弟、森に向かつて立ち並び、矢種を惜しまず射かけたり。味方には弓一張、矢は一本もなかりしに、正行、思案し、刈り捨てたる稲掻き集め、五尺ばかりに束ね上げ、社人の烏帽子、浄衣を着せ、木の間にそつと立てければ、「すは、天皇よ。余すな。」と、さし取り引き取り散々に射る矢先、藁人形にとどまつて、針を植ゑたる如くにて、味方の矢種と成りたりし。幼心に孔明が、昔を耳に触れつらん、頓智の程こそ優しけれ。
 「ええ、めでたし。」と又太郎、矢をかなぐつて大音上げ、「いかに、寄手の人々。早天よりのお出、随分、御馳走申せとて、新田殿の御意を受け、本間孫四郎、錆矢少々持参せり。何なくとも賞翫あれ。」と、矢継ぎ早に射かけしは、嵐に雪の飛ぶ如く、表に立つたる山口兄弟、弓手馬手へ射伏せられ、一陣白けて、さつと引く処を、正行親子、打物かざし、「きたなし、返せ。」と追つ駆くれば、山口入道、隙間を見て、「女中、ならぬ。」とむんずと抱く。正行、すかさず上帯掴んで宙にさし上げ、「えいやつ。」と井手の深みの泥水へ、まつさかさまにぞ打ち込んだる。残る軍兵、恐れをなし、四方へばつと散乱し、近付く敵こそなかりけれ。
 「軍の手合はせ、門出よし。」と、勝ち鬨の声、太鼓の声、松に神楽の千代万歳と、君を馬に駕し奉る。長年は項羽が勇、正行は孫子が智、母が教へは孟母が仁、これ大将の智仁勇、合はせて三つのみ吉野や、吉野の内裏に御幸なる。

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校訂者注
 ・人にて人を堰き塞がれ――底本「人にて人にせき塞がれ」。『近松全集 第3巻』により改めた。