第五

 神風や、御裳裾川の流れ絶えせぬ神国のしるし。後醍醐の天皇、楠正行が守護によつて、吉野山に皇居あり。新田義貞馳せ参じ、都造りと聞こえしかば、北の方勾当の内侍、千種の頭の中将、洞院左衛門督、心を合はせ、三種の神宝、内裏に残り給ひしを、盗み出し奉り、神璽宝剣は、内侍の身に付け参らせ、小山田が妻、御供すれば、内侍所のしるしの御箱、頭の中将、左衛門督、両人担ひ奉り、人目忍べばこれも又、昼をば何と烏羽玉の、夜道に同じ山蔭や、三輪の里にぞ着き給ふ。
 鳥居の前なる御手洗の、水舟石に御箱を据ゑ、内侍は宝剣を神木の杉に掛け、暫し休らひ給ふ処に、覆面したる男、同じ出で立ち、十人ばかり、道端につくばひ、「我々は、近辺の土民ども。今度天皇様、吉野山に入らせられ、新田殿、楠殿、内裏を吉野に御造営なさるるにつき、天照大神より伝はりたる、内侍所様と申す御宝を、只今吉野へ御供遊ばす由。お公家の御身にて、御大儀千万。まだこれより二十四、五里。なかなか御足続くまじ。賤しき下々の身ながらも、日本の地に住む冥加のため、その箱を吉野まで、肩に載せ申したし。息をかけるも恐れに存じ、皆々覆面致し、垢離を取り、身を清め候。仰せ付けられかし。」と、思ひ入つてぞ申しける。
 両人、聞き給ひ、「さてさて、奇特の志。これこそ内侍所、しるしの御箱とて、天照大神の御魂、御影の写りし御鏡。汝等が肩に掛からせ給ふ事、よくも冥加に叶ひたる。果報の者ども、有難く存じ、担ひ送り奉れ。」と宣ふ処へ、六尺豊かの大男、これも覆面、目ばかり出し、「我等も当所の百姓。冥加のため、宝の御箱、吉野まで舁き申したし。鼻息かくるも恐れに存じ、覆面も致したり。御許し下され。」と望めば両人、「おお、望みの者は幾人にても、その身の祈祷。舁き奉れ。」とありければ、「はあ、有難し。これ、そこな衆。先肩でも後肩でも、いづれもよつて、片はな成され。片はなは、我等一人、吉野まで同道。先へ着いて覆面取り、近付きになるべし。道中、万事申し合はせう。さあ、来い。」と言ひければ、各々、ひそひそささやいて、「いや、その方が相肩に、我々は成るまい。こつちの組へ渡すか、さなくばその方一人か、いかやうとも好き次第。知らぬ者どし交じる事は、この方は嫌ぢや、嫌ぢや。」と言ひ放す。
 「やあら、珍しい。知らぬ者どし相肩嫌とは、銭を取る出駕籠ぢやと思ふか。冥加のため、身の祈祷、願ふは誰も同じ事。どうも我等、一分立たぬ。嫌ふには、様子があらう。それを聞かう。」と理屈詰め。「ああ、小難かしい。何の様子。見た処、お手前は、人間外れの背高島。肩が合はぬによつての事。どうでもならぬ。」と言ひければ、「むむ、聞こえた。肩が合はずば、舁くまい。お供すれば、同じ事。さあ、皆寄つて舁き奉れ。引つ添うて、我等はお供。」と、身拵へするを見て、「いやいや、所詮、この方構はぬ。供なりと舁きなりと、うぬが三昧。皆、来い、来い。」と立ち帰る。
 「やあ、遣らぬ、遣らぬ。」と道中に、大手を広げ、踏んばたかり、「拙者と同道嫌がるは、面こそ見えね、大方それと知つたな。尤も、尤も。御所柿と渋柿とは、皮剥かいでも知れるもの。これ見よ、和田の新発意源秀と言ふ御所柿。」と、覆面を取つて捨て、毘沙門立ちにすつく立ち。「やあ、うぬは、坊門の宰相柿。可愛や、生まれはよけれども、持ちなし悪さに、渋柿に劣つたな。公家ならば公家のやうに、柿の本の流れを汲み、腰折れ歌でも詠まずして、身にも熟せぬ武家交じはり。終に刃に刺し通され、串柿とならん笑止さよ。」と、かんらかんらとぞ笑ひける。
 宰相、覆面取つて捨て、「ええ、口惜しや。勾当の内侍を大森彦七盛長に、授けんと契約せしを、おのれに邪魔を入れられ、天皇を押し籠め、尊氏より恩賞を受けんとすれば、あの尼めに奪はれ、今又、三種の神器を奪ひ、尊氏公へ奉らんと欲する処、また妨ぐる推参者。これ程まで仕込みし事、本意を遂げで置くべきか。下り坂の楠、新田に組せんより、運に乗つたる尊氏公に従へ。取次せん。」と言ひければ、源秀、大口あいて、かつらかつらと笑ひ、「やい、尊氏は名大将。うぬらがやうなる不忠の臣、あたたかな、用ゐられんや。天子に向かつて弓引く朝敵の名を恐れ、後伏見院第二の宮、量仁親王を御位に立て、吉野の内裏は後醍醐の天皇、京の内裏は新帝と崇め、義貞とも和睦し、一家の交じはり、元の如くありたき願ひ、玄恵法印を以て奏聞ある。
 「内奏のため、只今某、吉野殿へ参る折から出合ひしは、うぬらが因果の木まぶり、梢に残つて烏の餌食とならんより、熟柿首、揺すり落とし、踏み潰してくれん。」と、跳んで懸かれば下人ども、一度にはらりと取り廻し、「やあ、奇怪なる雑言。おのれこそ、赤面の熟柿坊主。踏み潰してのけん。」と、弓手右手より取り付けば、「むうう、この源秀を熟柿とな。熟柿にたかる目白ども、ひねり殺して見せうか。」と、引き寄せて片端より、首筋掴んで、一締め締めてはかつぱと投げ、締めては投げ付け、投げ付け投げ付け、宰相に跳んで懸かれば、叫はじと、山をさして逃げて行く。源秀、「余さじ。いつまでか身を逃るべき。」三輪の山、檜原を分けて追ひかくる。二人の女中、公家達も、「何事か起こりしぞ。所は三輪の御神前、これは神代の御宝。守りめも尽き給ふかや。神力を添へ給へ。」と、慌て給ふぞ道理なる。
 かかる処に大森彦七盛長、手勢引き具し、どつと駆け寄せ、「年頃、心を尽くしたる、内侍はあれよ。まづ生公家ばら、引つ括れ。」「承る。」と引つ伏せ引つ伏せ、二人に縄をぞ掛けたりける。「さて、その櫃は心得ず。何がある。開けて見よ。」と言ふより早く、郎等ども、御箱にすがれば、両人、涙を流し、声を上げ、「やれ、情けなや、勿体なや。それこそ忝くも、我が国の御宝、内侍所。十善の御身にさへ、拝み給ふ事叶はず。不浄無礼の手を触れんとは、忽ち眼くらんで、立ちずくみに死なん。あさましや、情けなや。そこ立ち退け。」と泣き給へど、「さて、事可笑しい。神より怖い軍陣の、真先駆ける兵に、何の罰。」と言ふままに、絡げの布を切りほどき、蓋を取れば、恐ろしや。御箱の内、鳴動して、稲光、天地に輝き、神鏡、朝日の昇るが如く、虚空に上がらせ給ひける。近付いたる雑兵ども、忽ち悶絶、血を吐いて、のつけにそつて死してげり。
 無道の盛長、ちつとも恐れず、「よしよし、触らぬ神に崇りなし。心を懸けし、女を連れて帰るばかりに、罰も祟りもあるべきか。」と走り寄つて、内侍を引つ立てんとする処に、杉に掛けたる宝剣の、鞘を外れて刃の光、天に輝き、地に鳴り渡り、盛長が頭の上、閃きかかり、追ひ廻し追ひ廻し、剣の刃風、神風の、逃ぐるを追うて千早振る、斎垣も越えて逃げて行く。
 吉野の勅使、北畠の准后親房卿、新田義貞、楠正行、三種の三祇、御迎ひに来り給ひしが、「三輪山の震動、何事か。」と、急ぎ駆け付け、「こはそもいかに。」と驚き騒ぎ、両人の縄を解き給へば、内侍は夢の心地にて、「小山田が妻の情けにて、会ひ見る今の嬉しさ。」と、盛長、宰相が悪逆、詳しく語り、嬉し泣きこそ道理なれ。
 足利尊氏、三社の霊夢蒙り、吉野殿へ参らんと、この所に行きかかり、驚き給へば、新田、楠、「すは、大将と大将との相手づくぞ。」と身構へして、既に危ふく見えし処に、和田の新発意、宰相が首引つ提げ、「ああ、これこれ、粗忽せまい。」と真中へ駆け入り、「まづ悪人一人は滅びし。」と、首投げ出し、義貞に向かひ、「尊氏卿、朝敵の咎を翻し申すため、量仁親王を御位に立て、京の内裏と崇め、後醍醐の天皇を吉野の内裏と敬ひ、新田足利和睦して、帝を守護せしむべきとの願ひ。玄恵法印の取次。我等、そのお使。」と、申す言葉の内より、白雲棚引き、異香薫じ、杉の梢に掛かりしは、不思議なりける次第なり。
 雨宝童子の御相好、妙なる御声鮮やかに、「天に二つの日なし、地に二人の王なし。量仁親王に新帝の位を授け、後醍醐の天皇は院の御所と仰ぎ、帝都は尊氏、これを堅め、吉野の都は義貞、守護し奉れ。」との神勅なり。我が国の、三つの宝のあらん限りは、国富み、民も豊かにて、敵する者のあるべきか。宝剣の威徳、疑ふ事なかれ。」と宣ふ処に、有難くも宝剣は、盛長が首を刺し貫き、虚空に閃き、帰らせ給ひ、元の鞘に納まりしは、有難かりける次第なり。
 「見よ、見よ。悪魔降伏の、宝剣は勇、神璽は智、我が内侍所は仁の鏡。智仁勇の三宝も、仏法僧と王法の、民安全に守るべし。」と、御託宣の内よりも、御形は鏡と現じ、内侍の袖に写らせ給ふ。天下一統、源氏一統、太平国に太平の、君が威光は万々歳、治まる御代こそ久しけれ。

吉野都女楠 終

底本注
 ・雨宝童子――天照大神を言ふ。右手は金剛宝棒に支へ、左手は掌上に宝珠を取りて立ち、頂上五輪塔婆ある姿を、天照大神日向不生の像としてゐる。合類大節用集(享保二年刊)神祇門に、「雨宝童子。俗言日神垂迹、本地大日。」

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校訂者注
 ・神より怖い軍陣の――底本「神よりこはい軍神の」。『近松全集 第3巻』により改めた。