忠兵衛梅川 冥土の飛脚
上之巻
澪標、浪速に咲くやこの花の、里は三筋に町の名も、佐渡と越後の間の手を、通ふ千鳥の淡路町。亀屋の世継ぎ忠兵衛、今年二十歳の上はまだ、四年以前に大和より、敷金持つて養子分。後家妙閑の介抱故、商ひ巧者、駄荷積もり、江戸へも上下三度笠。茶の湯俳諧碁双六、延べに書く手の角取れて、酒も三つ四つ五つ所、紋羽二重も出ず入らず、無地の丸鍔象嵌の、国細工には稀男。色の訳知り里知りて、暮れるを待たず飛ぶ足の、飛脚宿の忙しさ。荷を造るやらほどくやら、手代は帳面算盤を、おく口共にどやどやと、千万両の遣り繰りも、筑紫吾妻の取り遣りも、居ながら金の自由さは、一分小判や白金に、翼のあるが如くなり。
町廻りの状、取り立て帰つてそれそれと、留帳付くる処へ、「誰そ頼まう。忠兵衛、宿に居やるか。」と、案内するは、出入りの屋敷の侍。手代ども慇懃に、「やあ、これは甚内様。忠兵衛は留守なれば、御下し物の御用ならば、私に仰せ聞けられませ。お茶持ておぢや。」とあひしらふ。「いやいや、下りの用は無し。江戸若旦那より御状が来た。これ、お聞きやれ。」と押し開き、「来月二日、出の三度に、金子三百両差し上せ申すべく候。九日十日両日の内、その地、亀屋忠兵衛方より、右三百両受け取り、内々申し置き候事ども、埒明け申さるべく候。即ち飛脚の受取証文、この度上せ候間、金子受け取り次第、この証文、忠兵衛に渡し申さるべく候。これ、この通り、仰せ下された。今日まで届かぬ故、大事の御用の手筈が違ふ。何故かやうに不埒な。」と、鼻をしかめて言ひければ、「はは、御尤も、御尤も。さりながら、この中の雨続き。川々に水が出ますれば、道中に日が込み、金の届かぬのみならず、手前も大分の損銀。もし盗賊が切り取るか、道からふつと出来心、万々貫目取られても、十八軒の飛脚宿から弁へ、芥子ほども御損かけませぬ。お気使ひあられな。」と、言はせも果てず、「これさ、これさ、言ふまでもない。御損かけては、忠兵衛が首が飛ぶ。日限延びては御用の間が空くにより、それ故の穿鑿。迎ひの飛脚を遣はして、早速に持参せい。」と、徒士若党も刀の威光、銀拵へも胡散なる、なまり散らして帰りしが、又。
「頼みませう、頼みませう。中の島、丹波屋八右衛門から来ました。江戸小舟町、米問屋の為替銀、添状は届いたが、銀はなぜ届きませぬ。この中、文を進じても、返事も御座らず。使を遣れば、酢の蒟蒻のと、いつ届けさつしやるぞ。この者に渡して、人を付けて下され、手形戻そと申さるる。さあ、金子受け取らう。」と、立ちはだかつて喚きける。主思ひの手代の伊兵衛、騒がぬ体にて、「これ、お使。八右衛門様がそのやうに、理屈臭い口上はあるまい。五千両七千両、人の金を預かつて、百三十里を家にし、江戸大坂を広う狭うする亀屋。そこ一軒ではあるまいし、遅い事も無うては。今でも旦那、帰られたらば、こちから返事せう。五十両に足らぬ金、あたかしましう言ふまい。」と、嵩から出れば気を呑まれ、使は真面目に帰りけり。
母妙閑は炬燵の傍、離るる事もなん戸を出、「やあ、今のは何ぞ。丹波屋の金の届いたは、確か十日も以前の事。何故忠兵衛は渡さぬの。今朝から二軒三軒の、金の催促聞いて居る。親父の代からこの家に、金一匁の催促得ず。終に仲間へ難儀をかけず、十八軒の飛脚屋の、鑑と言はれたこの亀屋。皆は心も付かぬか。忠兵衛がこの頃の素振りが、どうも呑み込まぬ。昨今の者は知るまいが、自体、これの実子でなし。元は大和新口村、勝木孫右衛門といふ大百姓の一人子。母御前はお死にやつて、継母掛かりのわざくれに、悪性狂ひも出来るぞと、父御前の思案で、ここの世取りに貰ひしが、世帯廻り商売事、何におろかはなけれども、この頃はそはそはと、何も手に付かぬと見た。意見のしたい事あれど、養子の母も継母も、同然と思はうか。せはせは言ふより言はぬ身を、恥ぢ入らせうと思うて、目をねぶつても聞き処、見処は見て居る。いつの間にやら大気になり、延べの鼻紙二枚三枚、手に当たり次第、重ねながら鼻かみやる。過ぎ逝かれし親父の話に、鼻紙びんびと使ふ者は、曲者ぢやと言はれたが。忠兵衛がうちを出さまに、延べ三折りづつ入れて出て、何ほど鼻をかむやら、戻りには一枚も残らぬ。身が達者なの、若いのとて、あのやうに鼻かんでは、どこぞで病も出ませう。」と、世迷ひ言して入りければ、丁稚小者も笑止がり、「早う帰つて下されかし。」と、待つ日も西の戻り足、店さし頃になりにけり。
籠の鳥なる梅川に、焦がれて通ふ里雀、忠兵衛はとぼとぼと、外の工面、内の首尾、心は蜘蛛手かくなはや、十文色も出て来るは。南無三宝、日が暮れると、足を空に立ち帰り、門口には着きけれども、留守の内に方々の、催促使、妙閑の、耳に入つていかやうの、首尾になつたも気使はし。誰ぞ出よかし、内証を、とくと聞きて入りたしと、我が家ながら敷居高く、内を覗けば飯焚きの、万めが酒屋へ行く体なり。き奴は木で鼻、没義道者。只は言ふまじ。濡れかけて、騙して問はんと、思案する間にによつと出る。
樽持つた手を、しかと締むれば、「あれ、旦那様の。」と声立てる。「ああ、かしましい。こりや、粋め。おれが首丈なづんで居る。思ひ内にあれば、色外に顕はるる。目付きをそちも見て取つたか。可愛らしい顔付きで、気の毒がらすはどうぢやいやい。いつそ殺せ。」と抱き付けば、「むむ、嘘つかんせ。毎日毎日新町通ひ。延べの鼻紙二折り三折り、結構な鼻をかまんすもの。何の私等に、手鼻もかみたうあるまい。あの嘘つきが。」と振り切るを、また抱き付いて、「そちに嘘ついて何の得。実ぢや、実ぢや。」と言ひければ、「それが定なら、晩に寝所へ御座んすか。」「おお、成程、成程、忝い。それについて今ちよつと、問ふ事あり。」と言ひけれども、「それも寝所でしつぽりと聞きませう。必ず騙しにさんすなえ。そんなら私はお湯沸いて、腰湯して待ちます。」と、言ひ捨て振り切り、走りけり。
底本注
・三度――三度飛脚の略。三度飛脚は、元和元年より、大坂城の定番の諸侍等が、東海道各駅の駅長等と相談して、その家隷を飛脚として、毎月三度、日数八日を限って東海道を往復せしめたに起こった。後には大坂飛脚は、その出発を、毎月二日、十二日、二十二日と定めた。
校訂者注
・母御前はお死にやつて――底本「母御前にお死にやつて」。『近松全集 第14巻』により改めた。
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