中之巻

 えいえい、鴉がな、鴉がな。浮気鴉が月夜も闇も、首尾を求めてあはう、あはうとさ。青編み笠の紅葉して、炭火ほのめく夕まで、思ひ思ひの恋風や。恋と哀れは種一つ。梅かんばしく松高き、位はよしや、引き締めて、哀れ深きは見世女郎。更紗禿がしるべして、橋が架けたや佐渡屋町、越後は女主とて、立ち寄るよねも気がねせず、底意残さぬ恋の淵。身の憂きしほでうめ川も、ここを思ひの定宿と、よその勤めもかきの本、島屋をちよつと島隠れ。「申し、清さん。今日は島屋で、かの田舎のうてずにせびらかされて、頭が痛い。忠様はまだ見えぬかえ。せめてのゆかりにこなさんの、顔が見たさに貸しに来た。」と、入るさの門の障子戸も、あくるあしたの形見かや。
 「さつてもよう御座んした。あれ、二階にも女郎様達が、大勢遊びに御座んして、お客待つ間の酒事。拳をして御座んする。こなさんもお気晴らしに、一拳して酒一つ。傍輩様も御座んす。」と、上がる二階の隙間風、男交ぜずの火鉢酒。拳の手品の手もたゆく、ろませ、さい、とうらい、さんな、同じ事とよ豊川に、声の高瀬が差すかひなには、はま、さんきう、ごう、りう、すむゐ。「それそれ、何と。自体一つはなる渡瀬様。」「あれ、梅川様の御座んした。なう、よい処へ来て下んした。こな様、拳の上手。宵から千代歳様に仕付けられて、無念な。敵取つて下さんせ。銚子直しや。」と言ひければ。
 「ああ、うたての酒や。拳をする気もあらばこそ。この梅川が今の身を、少しは泣いて貰ひたや。田舎の客が身受けの事。今日も今日とて島屋にて、理窟を詰めて、ねだれ言。腹が立つやら憎いやら。とは言ひながら、これは先。忠兵衛様は後手と言ひ、宿の勢力一つにて、手付も渡し、約束の日切り切れるも言ひ延ばし、今日までは繋がりしが。忠様も世帯持ち、養子の母御の手前と言ひ、屋敷方歴々の町方を引き受けて、東路かけての大事の商売。いかなる事が邪魔になり、田舎の客に受けられては、我が身一つは死んでものけう。天神太夫の身でもなし、さもしい金に気が触れた、見世女郎の浅ましさと、世間の称へ、傍輩のかもん殿を始めとして、格子女郎衆の手前もあり、忠様と本意を遂げ、とやかう人に謡はれし、面が脱ぎたう御座んす。」と、泣きしみづきて語るにぞ、一座の女郎、身の上に、思ひ合はせて尤もと、連れて涙を流せしが。
 「ああ、いかう気が滅入る。わつさりと浄瑠璃にせまいか。禿ども、ちよつと行て、竹本頼母様借つて来い。」「いや、先に鬢付け油買ふとて聞きましたが、芝居からすぐに越後町の扇屋へ行かんしたげな。私は頼母様の弟子なれば、よう似た処を聞かんせ。さあ、三味線。」と夕霧の、昔を今に引きかけて、「傾城に誠なしと、世の人の申せども、それはみな僻事、訳知らずの言葉ぞや。まことも嘘も、元一つ。たとへば命投げ打ち、いかに誠を尽くしても、男の方より便りなく、遠ざかるその時は、心弥猛に思ひても、かうした身なればままならず。おのづから思はぬ花の根引きに遭ひ、掛けし誓ひも嘘と成る。又初めより偽りの、勤めばかりに会ふ人も、絶えず重ぬる色衣、終の寄るべとなる時は、初めの嘘も皆まこと。とかくただ恋路には、偽りもなく、まこともなし。縁のあるのがまことぞや。会ふ事叶はぬ男をば、思ひ思ひて思ひが積もり、思ひざめにもさむるもの。つらや所在と恨むらん。恨まば恨め、いとしいといふこの病、勤めする身の持病か。」と、恋に浮世をなげくびの、酒も白けてさめにけり。
 中の島の八右衛門、九軒の方より浄瑠璃聞き付け、「やあ、皆聞き知つたよねの声々。花車、内にか。」と、つつと入り、柄差箒、逆手に取り、二階の下から板敷を、ぐわたぐわたと突き鳴らし、「女郎衆、あんまりぢや。ここにも人が聞いて居る。いかなる男でそれ程に恋しいぞ。男がなうて寂しくば、お気には入らずと、これにも一人、貸して遣ろか。」と喚きける。
 梅川は、それとも知らず、「でも会ひたいが定ぢやもの。憎いなら来て叩かんせ。清様、下なは誰さんぢや。」「いや、大事御座んせぬ。中の島の八様。」と、聞くより梅川、はつとして、「これこれ、あの様には会ひともない。皆様、下りて下さんせ。私が二階に居る事を、必ず必ず言ふまいぞ。」「そこらは枠ぢや。」とうちうなづき、皆々座敷に出ければ、「やあ、千代歳様、なる歳様、歴々の御参会。梅川殿は宵の口、島屋を貰うて往なれたげな。忠兵衛もまだ見えそもない。花車、ここへ寄らつしやれ。女郎衆も禿どもも、忠兵衛が事につき、耳打つて置く事がある。ここへ、ここへ。」とひそひそすれば、「はあ、何事やら気使ひな。」と、いへども二階の梅川に、悪い噂も聞かせんかと、皆気を配る折節に、忠兵衛は世を忍ぶ、心の氷三百両。身も懐も冷ゆる夜に、越後屋に走り着き、内を覗けば八右衛門、横座を占めて、我が評判。はつと驚き、立ち聞きす。二階には梅川が、心を澄ます、壁に耳。洩るるぞあだの始めなる。
 かくと知らねば八右衛門、「かう言へば忠兵衛を、憎みそねむやうなれど、居ずくみぞ。あの男が、身の成る果てが可愛い。尤も千両二千両、人の金をことづかり、暫しの宿を貸すけれども、手金とては家屋敷、家財かけて十五貰目、二十貫目に足らぬ身代。大和の親が長者でも、亀屋へ養子にこすからは、高の知れた百姓。かう言ふこの八右衛門も、若い者の習ひ、一年に五百目一貫目、揚屋の座敷も踏まねばならぬ。身にも応ぜぬ忠兵衛が、梅川に上り詰め、島屋の客と張り合ひ、五月よりこの方、大方は揚げ詰め。身受けもこの頃極まり、百六十両の内五十両、手付渡したげな。それ故に、方々の届け金が不埒になり、当たる処が嘘八百。いかう小尻が詰まつて来た。今でも梅川が、さあ出るに極まらば、借銭もあらうし、泣いても二百五十両、天から降らうか、地から涌かうか。盗みせうより外はない。
 「かの手付の五十両、どこから出たと思し召す。身が方へ来る江戸為替、中で取つて使うたを、それとも知らず請ひに行き、養子の母御がいとしぼや、上つたは知つてなり。渡せ渡せとせつかれて、忠兵衛が戻した小判、お目にかけうか。」と、一包み取り出し、「これ。かう見た処は五十両。さらば正体顕はして、獄門の種、御覧あれ。」と、包みを切つて切りほどけば、焼き物の鬢水入れ。主も一座の女郎も、「はああ。」とばかりに怖気立ち、身を縮むれば、二階には、顔を畳に摺り付けて、声を隠して泣き居たり。
 短気は損気の忠兵衛、「傾城は公界者。五十両の目腐り銀、取り替へた僭上。若い者に恥かかせ、川が聞いたら死にたかろ。懐の三百両、五十両引き抜いて、面へぶち付け、存分言ひ、我が身の一分、川が面目、すすいで遣らう。ああ、されどもこれは、武士の金。殊に急用。ここが大事の堪忍。」と、手を懐へ幾度か、とやせんかくやしようげ鳥、いすかの嘴の食ひ違ふ、心を知らぬぞ是非もなき。
 八右衛門、水入れ取り上げ、「これも、買はば十八文。いかに相場が安いとて、五十両を二分五厘替へ、神武以来、ない事。友達さへこれなれば、他人を騙るは御推量。この次は段々に、巾着切りから家尻切り、果ては首切り。いかにしても笑止な。あの如くに乱れては、主親の勘当も、釈迦達磨の意見でも、聖徳太子がぢきに教化なされても、いつかないつかな直らぬ。廓でこの沙汰ばつとして、寄せ付けぬやうに頼みます。梅川殿へも吹き込んで、こちから挨拶切り。島屋の客にさらりつと、受けさせて仕舞ひたい。皆あの流が心中か、女郎の衣裳を盗むか、ろくな事は出かさず。片小鬢剃りこぼされ、大門口にさらされ、友達の一分捨てさする。人でなしとはあれが事。可愛くば、寄せ付けて下さるな。」と、語るを聞けば梅川も、悲しいといとしいと、身のはかなさと掻き混ぜて、胸引き裂ける忍び泣き。「ああ、刃物がな。鋏でも、舌を切つても死にたい。」と、悶え伏したる苦しみを、下には各々推量して、「ひよんな心にならんした。肩の悪い梅川様。いとしぼいは、川様一人にとどめた。」と、下女、料理人、うら若き、禿も袖を絞りけり。

底本注
 ・ろませ、さい云々――「ろませ」は六、「さい」は掛け声、「とうらい」は十、「さんな」は三、「はま」は八、「さん」は三、「きう」は九、「ごう」は五、「りう」は六、「すむゐ」は四であって、本拳にいう唐音又はその訛りである。
 ・竹本頼母――竹本筑後掾の高弟で、美声を以て聞こえた浄瑠璃語りである。正徳五年に国性爺合戦の九仙山を語って好評を博した。その家は大阪新町西の大門口にあって、鬢付け香油などの化粧品を出してゐた。そして彼は竹本座に勤める暇には、揚屋、色茶屋に招かれて浄瑠璃を語ってゐたのであるから、冥途飛脚のここの文は、「竹本頼母様借つて来い。」と言へるも、情味深い文である。「鬢付け買ふとて聞きましたが。」といふ文も、竹本頼母の店で買い物したことが知れるし、頼母が遊女等と知り合いが多かった事も知れる。

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校訂者注
 ・誓ひも嘘と成る――底本「誓ひも嘘となり」。『近松全集 第14巻』により改めた。
 ・会ひたいが定ぢや――底本「逢ひたいが情ぢや」。『近松全集 第14巻』により改めた。