第五 高砂
から舟の波を蹴立つる怨霊を 祈りたり祈りたり
これはさて置き、横山と小栗、再び和睦あり。将監館へ招待あり。馳走に高砂の能始まる。三大臣は太郎、次郎、五郎なり。
[高砂の謡。能。シテ、ツレ]
高砂の浦をも一見せばやと存じ候。[シテ]百川和泉[ツレ]大原の縫なり。
誰もかも同類にせん巧みの謀叛。「これ、縫。誰をかも知る人にせんと謡ひます。きつう、こなたは酔はしつたの。」和泉、酔ひながら、「木蔭の塵を掻かうよ。」と、太郎、五郎が頭を、細ざらひにて掻けば、嫌がる。猶いつまでかいきの松、それも非道の名所かな。非道の名所かな。
[十四郎、金作、謡]
太郎、立腹し、「狼籍奴。」「いや、浪人夫婦来りたり。」その時縫之介、能装束かなぐり捨て、「これ、三大悪人。大殿と小栗様、和睦なされ、御馳走の御能を、子は子たらずして、よくもお巧みやつた。」和泉、面押つ取り、「これ、日頃の小刀細工がきたいによつて、五郎様、こなたが拵へたこの綱を切りますと、大石が落ちまする。」五郎、聞いて、「竹田ぢや。」和泉、言ふやう、「御湯召され候へと、湯殿に伴ひ、跳ね柱の中の間取つて引き放し、水にて失ひ奉らんとの事か。」と、互にぎしむ処へ、甲冑を帯し、大童になつて大太刀佩き、城之介照国、獅子奮迅の怒りをなし、二王立ちに立つたりけり。太郎見て、「能の間といふものは、長上下に小刀、摺り足にて出づるに、さても異形の出で立ち。心得ず。」城之助、聞きもあへず、「上下変はつて上から下、巧みをしての尉と姥。」と言ふままに、太刀引ん抜いて、打つて懸かる。和泉、「これは。」と、細ざらひにて押さへければ、真剣に成りけり。縫之介、箒にて遮れば、これも剣と成りにけり。和泉、言ふやう、「城之介、松に掛けてある歌を、歌を見たか。」山形、扇押つ取り見て、合点しける。小栗、横山に向かひ、「これ、将監殿。未だ悪心が止みませぬ。」横山、「やい、太郎、五郎め。おのれ等が逆心故、疑ひを受くる。未来永々まで勘当ぢや。身は自害仕る。」太郎、五郎、「これ、親たる人。兄弟が謀叛を巧むも、こなたを安楽にせうためぢや。思ひ止まつた。」「それなれば、嬉しい。」
相生の松風、颯々の声ぞ楽しむ、颯々の声ぞ楽しむ。この度、成田不動の身代はりにて、照手の姫、蘇生あり。その礼参に、照手、百万、横山次郎、百川和泉、横山五郎、鬼次新之丞、池の荘司、老若男女、百度垢離こそおびただし。
かかる処へ大原後藤左衛門は、坊官にて梵天を持ち、かの瀧波に打たれしが、忽ち瀧こそ止まりける。こは不思議や、いづれも瀧に打たれけるに、元の如くになりにける。左衛門が打たるれば又止まり、熊の如くなる大の手出、大原が頭を掴みける。大原、振り放ち見れば、夜叉竹が霊魂、障礙を成す。大原、祈り退け、祈り退け、再び国へ立ち帰り、家繁昌、めでたし、めでたし。
校訂者注
・[割注]内の人名は、『徳川文芸類聚 第六』(1915)に以下の通り。十四郎(不明)、金作(大原縫之助)
・[シテ]百川和泉――底本「[ツレ]百川和泉」。『徳川文芸類聚 第六』(1915)に従い改めた。
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