【翻字】
世中(よのなか)百首絵鈔(ゑせうの)序
此百首伊勢太神宮の一の祢宜(ねぎ)薗田(そのだ)長官荒木田(あらきだの)
神主守武(もりたけ)の作れる所なり其身神事に
供奉(ぐぶ)し朝廷奉祈のひまひま明窓浄机に
よりてもろこしの書(ふみ)をならひ敷島の
道を好みて詠吟たゆることなく連歌の
奥儀にも通して新撰菟玖波(つくば)集に
えらひ入らる又誹諧(はいかい)の趣意にも精(くは)しく
神主守武(もりたけ)の作れる所なり其身神事に
供奉(ぐぶ)し朝廷奉祈のひまひま明窓浄机に
よりてもろこしの書(ふみ)をならひ敷島の
道を好みて詠吟たゆることなく連歌の
奥儀にも通して新撰菟玖波(つくば)集に
えらひ入らる又誹諧(はいかい)の趣意にも精(くは)しく
して其句を金玉になそらへ世の人(しん)
口(こう)に語りつくものおほしかるかゆへに
誹諧の士其道の祖とあふけりことに
大永の比(ころ)一夜に百首の和哥を詠し
て子弟にさつけ庭訓(ていきん)となし給へり
其詞(ことば)のされはみたるは愚(をろか)なる童(わらは)賎(いやし)き
奴(やつこ)まても口に唱へ心に味ひてさとしや
すく日用の教訓となりなむことを思へる
口(こう)に語りつくものおほしかるかゆへに
誹諧の士其道の祖とあふけりことに
大永の比(ころ)一夜に百首の和哥を詠し
て子弟にさつけ庭訓(ていきん)となし給へり
其詞(ことば)のされはみたるは愚(をろか)なる童(わらは)賎(いやし)き
奴(やつこ)まても口に唱へ心に味ひてさとしや
すく日用の教訓となりなむことを思へる
なるへしかつ巻頭に孝は百行のもと
たることを知らせ専(もはら)五常の道をのへ
て一首ことに世間(よのなか)の二字ををきて
世中百首と題せらるにておもふ世諺(せけん)
に伊勢論語と称せるもまた宜(むへ)なら
すや此国神国神聖のおほむをしへ異域周
孔の深きのりにもたかふことなからまし
僕(やつかれ)近者(ちかころ)親筆(しんひつ)の百首を求めて拝吟
たることを知らせ専(もはら)五常の道をのへ
て一首ことに世間(よのなか)の二字ををきて
世中百首と題せらるにておもふ世諺(せけん)
に伊勢論語と称せるもまた宜(むへ)なら
すや此国神国神聖のおほむをしへ異域周
孔の深きのりにもたかふことなからまし
僕(やつかれ)近者(ちかころ)親筆(しんひつ)の百首を求めて拝吟
せりつくつく思ふに連城の珎(たから)夜光の璧(たま)も
いたつらに篋(はこ)におさめぬれは世に其光なし
此ゆへに詞の心を註して画図にあらはし
守武神主の系譜をよひ肖像をのせて
これを梓(あつさ)に彫(えり)て広く童蒙に便りせは
誠に忠孝の道しるへならむと講古堂
にをいて校正なしおはんぬ
いたつらに篋(はこ)におさめぬれは世に其光なし
此ゆへに詞の心を註して画図にあらはし
守武神主の系譜をよひ肖像をのせて
これを梓(あつさ)に彫(えり)て広く童蒙に便りせは
誠に忠孝の道しるへならむと講古堂
にをいて校正なしおはんぬ
【通釈】
この百首は、伊勢大神宮の一の祢宜、薗田氏で長官であった荒木田守武神主の作である。彼は神事に供奉し、朝廷奉祈の職務の暇々に、読書して中国の書物を学び日本の神道を好んで、常に詩歌を詠吟し、連歌の奥義にも精通して新撰菟玖波集にも入選した。又俳諧の趣意にも詳しく、その句を金玉になぞらえ、世間で語り継がれる作品が多い。ゆえに、俳人たちは俳諧の祖と仰いできた。特に、大永年間に、一夜に百首の和歌を詠んで子弟に授け、家庭教育の教えとなさった。その言葉が冗談めかしているのは、愚かな子供や身分卑しき下僕までも、口に唱え心に味わって教え諭しやすく、日頃の教訓となることを考えたのであろう。かつ、巻頭に「親孝行はすべての善行の基本」であることを教え、もっぱら仁・義・礼・智・信の五常の道を述べて、一首毎に「世間(よのなか)」の二字を置いて「世中百首」と題されたことで想像するに、世の中でこれを「伊勢論語」と通称するのもまた当然ではないか。この国は神国であり、神聖な御教えは異国である中国の儒教の道徳にも異なることはないであろう。私は最近親筆の「世中百首」を入手して拝吟している。つくづくと思うのに、「連城の璧」とされた「和氏の璧」や「夜行の璧」といった最高の宝物も、箱に収められていたら世間にその価値は知られない。だから、「世中百首」の歌の精神に注釈を加え、それを絵に描き、守武神主の系譜と肖像を載せて出版し、広く子供たちの学習の便宜を図れば、実に忠孝の道標であろうと、講古堂において校正を終えた。
【語釈】
薗田…伊勢神宮内宮の神官の家系であった荒木田氏の一氏族。守武は薗田氏中川姓であった(『俳諧名家列伝』)。
長官…内宮の祢宜十人中第一の者の称。
明窓浄机…読書や執筆に適している場所。
新撰菟玖波集…室町時代後期の准勅撰連歌撰集。1495年成立。
大永…1521~1527年
庭訓…家庭教育。家庭での教訓。
やっこ…下僕。しもべ。
孝は百行の本…親孝行はすべての善い行為の基本になるものだ(『後漢書』)。
五常…儒教で、人が常に守るべきものとする五つの道。仁・義・礼・智・信の五つの道徳(『漢書』)。
周孔の深き則…周公旦と孔子の遺した深い道徳規範。儒教を指す。
連城の璧…無上の宝(『史記』藺相如伝)。
夜光の璧…昔、中国で、暗夜にも光ると言い伝えられた宝玉。
梓に彫る…昔、中国で版木に梓を用いたことから「本を出版する」意。
童蒙…幼くて道理がわからない者。
講古堂…伊勢山田の書肆。
長官…内宮の祢宜十人中第一の者の称。
明窓浄机…読書や執筆に適している場所。
新撰菟玖波集…室町時代後期の准勅撰連歌撰集。1495年成立。
大永…1521~1527年
庭訓…家庭教育。家庭での教訓。
やっこ…下僕。しもべ。
孝は百行の本…親孝行はすべての善い行為の基本になるものだ(『後漢書』)。
五常…儒教で、人が常に守るべきものとする五つの道。仁・義・礼・智・信の五つの道徳(『漢書』)。
周孔の深き則…周公旦と孔子の遺した深い道徳規範。儒教を指す。
連城の璧…無上の宝(『史記』藺相如伝)。
夜光の璧…昔、中国で、暗夜にも光ると言い伝えられた宝玉。
梓に彫る…昔、中国で版木に梓を用いたことから「本を出版する」意。
童蒙…幼くて道理がわからない者。
講古堂…伊勢山田の書肆。
【解説】
著者及び「世中百首」、本書の主旨等を説明しています。神国日本の内宮神官である作者の説く道徳が、中国の儒教の徳目を骨子としている点を、何とか合理化しようとしています。神道が思想として本来的に脆弱であったことと、儒教的倫理観が当時いかに絶対的・支配的であったことが、この序の説明からうかがい知れます。

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