【翻字】
滑稽 大和めぐり
二世 曽呂利新左衛門口演
丸山平次郎速記

第一回

エー本日より伺ひまするは、滑稽大和巡廻(めぐり)のお話で、彼(か)の紛(まぎ)
郎兵衛(ろべえ)、似多八(にたはち)は、伊勢参宮を致しまして、伊勢から帰るの
でありますが、尚(ま)だ少々懐裡(ふところ)に路銀もありますから、寧(いつ)そ大
和巡廻(めぐり)をしやうではないかと相談の上、山田をば離れまして
松阪、六軒、小川と、段々やツて参りましたのが丁度畑(はた)の駅(しゆく)
最(も)う日が暮れて、宿屋では戸外(おもて)の行燈(あんど)に火を点(とも)し、一人(にん)でも
客人(きやくじん)を余計に泊めやうといふので、若者(わかいもの)下女などは往来へ出
まして、ワイワイと修羅でございますナ 〇「ヘエ貴郎(あなた)方お泊(とま)

りぢやアございませんか △「ヘエ私(わたくし)の方は丸屋でございます
 ◎「私は万屋(よろづや)でございます、貴郎方お泊りぢやアございませ
んかナ、オイお松どん、少(ち)とくすぼらんやうにしてんか、戸(おも)
外(て)で客を引く身になツて見い、煙(けむ)たうて何(どう)もならぬ、エー貴
郎方お泊りぢやアございませんかナ、オイ乳母(をんば)、坊子(こども)を伴(つ)れ
て其方(そつち)へ遊びに行きいな、気のない女(をなご)だ、然(さ)う子供をギヤア
ギヤアと泣かしないな、子供に小便(しゝ)をやらんかいな、ヘエ貴郎方
お泊りぢやアございませんかエ、オイお梅どん、焼物の拵へ
は好(い)いかな、お座敷の掃除は味好(あんぢよ)うしてあるかエ、不都合な
事をして置いては親方に小言を喫(く)はにやならぬ、ヘエ貴郎方
お泊りぢやアございませんかエ、オイ乳母(をんば)いナ、何をワイワイ
言ツてるのぢや、エゝ何(ど)うした、仁助(にすけ)どんが尻(おいど)を捻(ひね)ツた、仕(し)
様(やう)むない事をするなエ、日暮紛れに忙しい所で、また尻(おいど)を捻(ひね)

られたからツて何ぢやいナ、お前の尻(けつ)は人並勝れて大きいの
ぢや、庖丁以(もつ)て切ツて取るツたかて知れたものぢやエ、ほたえ
ナと言うてるのに、ヘエ貴郎方お泊りぢアございませんか、
ヘエお泊りではございませんか」と宿引は戸外(おもて)でワイワイ言
ツて居ります、

【語釈】
 ・彼の…この二人が登場する噺は他にもあり、本書末尾にも「彼の紛郎兵衛、似多八の両人がこれから播州巡廻をしやうといふ滑稽のお話は」云々とある。
・紛郎兵衛、似多八…『東海道中膝栗毛』の弥次郎兵衛・喜多八をもじり、駄洒落(紛らわしい/似た)も加味しての命名か。
・懐裡(ふところ)…演者の口演する言葉(ふところ)をルビで示し、意味(懐の裡=懐中)を漢字で明示する、独特の表記法。以下、本書で多用されている。
・山田…現在の三重県伊勢市。伊勢神宮外宮がある。
・松阪、六軒、小川…伊勢と大和を結ぶ初瀬街道にある宿場。現在は松阪市にある。
・畑…現在の津市一志町八太。
・修羅…仏教における六道の一つの修羅道。ここでは以下描写される宿駅の騒々しい様子を比喩した表現。

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【解説】
 本書は全8回、八つの話が収録されています。第一回の本話は、現在の上方落語の演目「宿屋仇」の原型ともいうべきお話です。書名は「大和めぐり」ですが、本話の舞台は伊勢国、今の三重県です。
 時代は江戸時代で、本書が出版された明治31年からすると、二昔ほど前の話です。ただ、読者或いは聴衆の中には無論、当時をよく知る人も多くいたはずです。初瀬街道にほぼ沿った形で伊勢-奈良間に鉄道が開通したのは1929年です。伊勢と大和を結ぶ初瀬街道の旅は、演者にとっても聴衆・読者にとってもなじみ深いものだったのでしょう。

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