【翻字】
 紛郎「オヤツ、何処(どこ)でそん
な茶碗を取ツて来たエ 似多「昨夜(ゆんべ)の泊りにえらい好(よ)い茶碗ぢや
と思ツて、袂裡(たもと)へ入れて来たのや 紛郎「そんな無茶するなエ、
茶碗てものは十碗とか五碗とか皆揃ツて居(ゐ)るものぢや、一ツ
足らぬやうになツて見い、忽(たちま)ち向(むか)ふでは不都合ぢや 似多「サア
そんなに乃公(おれ)も思ツた依(よ)ツてに、五ツ皆(みん)な取ツて来たんや
紛郎「そんな無茶をするなエ、そんな事をしちやアお前盗人(ぬすつと)ぢ
やぜ 似多「マア早う言(い)やア盗人やナ 紛郎「遅ふ言(い)ツたかて盗人ぢ
や、マアこんな事をするとは乃公(おら)ア夢にも知らなんだ、こん

な事をお前これまでした事があるかエ、マア料理屋へ這入ツ
て盃(さかづき)を取ツて来たり、又は徳利を取ツて戻ツたりするのは粋(すゐ)
がツてするのぢやが、こんな野暮な事はありやアせん、こん
な事をしいないナ、尚(ま)だ他所(よそ)でした事があるだらう 似多「イヤ
他所(よそ)でした事はないけれども、お前所(とこ)の宅(うち)で茶瓶(ちやびん)と鍋盥(なべたらい)を乃(お)
公(ら)ア一遍持ツて戻ツたことがある 紛郎「ひどい事をやるナ、鍋盥(なべたらい)
に茶瓶(ちやびん)がなかツたから如何(どう)したのだいナと思ツて探しても知
れなんだことがあツたが、彼(あ)りやアお前か 似多「彼(あ)りやアお前や
 紛郎「こりやア何(ど)うも驚いたなア、マア私所(わしとこ)の宅(うち)や依(よ)ツてそれ
で可(い)いけれども、他所(よそ)でそんな事をしいナや 似多「他所(よそ)でした
のはこの茶碗取ツたのが始めてや、モウ這回(こんど)からするやうな
事があツたら、お前所(とこ)の宅(うち)に極(き)めて置く 紛郎「ヤイ、そんな事
を極(き)められたら何(どう)もならぬ

【語釈】
・揃ツて居(ゐ)る…ルビ不鮮明。
・茶瓶(ちやびん)と鍋盥(なべたらい)…漢字ルビともに不鮮明。
・紛郎「ひどい事をやるナ、…原文「似多『ひどい事をやるナ…」。明らかな誤植であり、訂正した。
・這回(こんど)から…漢字ルビともに不鮮明。「這」は「この。これ」。

【解説】
 しりとりの中で「猪口(ちよく)より茶碗が得ぢやいナ」と言いながら似多八は茶碗を取り出し、それを紛郎兵衛が見とがめたところから、このくだりが始まります。
 料理屋で盃や徳利を持ち帰るのは「粋」で、旅館で茶碗を持ち帰るのは「野暮」という区別を紛郎兵衛は語っています。当時の町人の行動上のわきまえ、遊びにおける美意識の一例でしょう。
 ここでの二人のやり取りは、形は変えられていますが、故桂米朝「地獄八景亡者の戯れ」の伊勢屋のご隠居と喜ぃさんのやり取りと基本は同じです。

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