【翻字】
紛郎「
ヘエお頼(たの)申します」 トントントン 和尚「アゝ誰方(どなた)ぢやナ 紛郎「ハ

イ、私(わたくし)は旅の者でございますがナ、勝手を知らぬ山路(やまみち)へ踏迷(ふみまよ)
うてからに、誠に困ツて居(を)ります、何(ど)うか今宵はお庭の隅で
も宜しうございますので、一泊させて戴きたうございます 和尚「
ハゝア左様かナ、イヤ待たツしやれ、只今開けます依(よ)ツて……
ホゝウ、お前方(がた)は何方(どちら)から来(こ)んしたのぢや 紛郎「ヘエ、彼方(あちら)か
ら参じましたので 和尚「彼方(あちら)からでは分(わか)らぬが、マア兎も角も
草鞋(わらじ)を解いて此方(こちら)へ上(あが)らツしやれ、此処(こゝ)は山寺の事であるか
ら、蒲団も不用にはない、不自由ではあるけれども、柴でも
焚(た)いて緩容(ゆつくり)と夜明(よあか)しをさんせ、如何(どう)いふもので斯(か)ういふ処(ところ)へ
さしてからにお前方(がた)は来(こ)んしたのぢや 紛郎「ハイ、私(わたくし)は大阪の
者でございますが、伊勢参宮から帰途(かへりがけ)、この大和路(やまとぢ)をば見物
いたしませうと思ひまして、彼方此方(あつちこつち)と見物をして居(を)りまし
たが、昨夜(さくや)旅籠屋(はたごや)でからに泥棒の為(た)めに悉皆(すつかり)路銀をば取られ

て仕舞ひました、泊るにも懐裡(ふところ)に銭(ぜに)はございませず、それゆ
ゑ何(ど)うか一泊さして戴きたいので、お願ひに参りましてござ
います 和尚「然(さ)うかの、それはマア気の毒なことぢや、マア斯(か)
う云ふ山寺であるから、何も進(あ)げます物はないが、マア詰(つま)ら
ぬ雑炊があるで、それなと煖(あたゝ)めて喫(く)はんせ 紛郎「大きに有難う
ございます」 二人は雑炊をば饗(よば)れまして、囲炉裏に火を拵(こしら)へ
て柴を焚(た)きながら夜明(よあか)しを致しました、夜が明けてから立た
うと思ひますと、折悪(をりあ)しく雨が頻(しき)りに降ツて居(を)りますから
 似多「紛さん、困ツたなア、また雨ぢやぜ、此間(こなひだ)うちからよう
マアチヨコチヨコ雨に降込(ふりこ)められて、今日も立たうといふ訳に
はいかぬが、如何(どう)したものぢや」

【語釈】
・ございます 和尚「…原文「ございます 和尚」」。明らかな誤植であり、訂正した。

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【解説】
 道念寺を訪ねた二人は、老爺に教えられたとおり、難渋して困って居ると頼み、泊めてもらうことができました。翌朝は雨で、二人は旅立てずに困っている、というくだりです。
 この寺で、紛郎兵衛と似多八は出家をします。この第七回の話の大筋は現上方落語の笑福亭仁鶴「鳥屋坊主」の原形になっていますが、二人が出家するくだりはむしろ現上方落語の故桂枝雀「八五郎坊主」の原形となっています。「八五郎坊主」は一人、本書第七回の方は二人と、人数は違いますが、出家する町人と和尚とのやり取りはまるで同じです。

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