【翻字】
と二人は話をして居(を)ります
ところへさしてこの寺の和尚でございますナ 和尚「アゝ二人の
衆やお目覚めかナ 似多「ハイ、昨夜は色々御厄介になりまして
と二人は話をして居(を)ります
ところへさしてこの寺の和尚でございますナ 和尚「アゝ二人の
衆やお目覚めかナ 似多「ハイ、昨夜は色々御厄介になりまして
和尚「如何(どう)ぢや、このやうに雨が降ツてるで、当寺(たうてら)にも下駄傘
は不用にないので、誠にお気の毒ぢやが、なんともお前方(がた)、急(せ)
かぬ旅ならマア緩容(ゆつくり)と日和になるまで遊んで居(ゐ)たが可(よ)い、如(ど)
何(う)ぢやナ 似多「有難う存じます、イヤモウ吾(わ)れ吾(わ)れは別に急(せ)か
ぬ旅でございますから、マア一日(にち)二日(ふつか)が半月(はんつき)でも一月(ひとつき)でも、
又は半季でも一年(ねん)でも置いてやらうとさへ仰(おつ)しやるなら置い
て戴きますので 和尚「サア斯(か)う云ふ寺の事ぢや依(よ)ツて、置いて
お進(あ)げ申さぬ事もないが、お前方(がた)は何(なん)と何(ど)うぢや、出家にで
もならしやツたら如何(どん)なものじや、釈迦の御弟子(みでし)になる気は
ないかナ 似多「ヘエー、釈迦の御弟子(みでし)とは 和尚「イエ頭髪(あたま)を円(まる)め
は不用にないので、誠にお気の毒ぢやが、なんともお前方(がた)、急(せ)
かぬ旅ならマア緩容(ゆつくり)と日和になるまで遊んで居(ゐ)たが可(よ)い、如(ど)
何(う)ぢやナ 似多「有難う存じます、イヤモウ吾(わ)れ吾(わ)れは別に急(せ)か
ぬ旅でございますから、マア一日(にち)二日(ふつか)が半月(はんつき)でも一月(ひとつき)でも、
又は半季でも一年(ねん)でも置いてやらうとさへ仰(おつ)しやるなら置い
て戴きますので 和尚「サア斯(か)う云ふ寺の事ぢや依(よ)ツて、置いて
お進(あ)げ申さぬ事もないが、お前方(がた)は何(なん)と何(ど)うぢや、出家にで
もならしやツたら如何(どん)なものじや、釈迦の御弟子(みでし)になる気は
ないかナ 似多「ヘエー、釈迦の御弟子(みでし)とは 和尚「イエ頭髪(あたま)を円(まる)め
て坊主になる気はないか 似多「ヘエ、エー何でございますか、
坊主になると釈迦の御弟子(みでし)ですか 和尚「然(さ)うぢや 似多「ヘエー、
すると章魚(たこ)でも矢張り釈迦の御弟子(みでし)ツてなもので 和尚「それは
坊主になると釈迦の御弟子(みでし)ですか 和尚「然(さ)うぢや 似多「ヘエー、
すると章魚(たこ)でも矢張り釈迦の御弟子(みでし)ツてなもので 和尚「それは
何を言はしやるのぢや 似多「それでも頭の丸いものは釈迦の御(み)
弟子(でし)じやと思ひましたので 和尚「ハゝゝゝゝ、如何(どう)じやナ、出
家にでもならしやるなら兎に角、然(さ)うでなければ雨が上(あが)ツた
ら此処(こゝ)を立ツて行(い)ツて貰はねばならぬ、お前方(がた)を三日も四日
もお世話をする訳には行かぬでナ 似多「紛さん如何(どう)しやう、マ
ア自棄糞(やけくそ)だ、ナアオイ、これからこの頃(ごろ)の日和癖(ひよりぐせ)の事じや依(よ)
ツて、幾日(いくか)雨が降るか知れやアせぬ、銭はなし立つ事は出来
ず、坊主にならにやア置いて呉れぬといへば仕方がない、自(や)
棄糞(けくそ)じや、寧(いつ)そ坊主にならうか 紛郎「それも好(よ)からう 似多「エー
左様なら自棄(やけ)から坊主になりますので 和尚「自棄(やけ)から坊主にな
る、これは何(ど)うも自棄(やけ)から坊主になるツてな気に進(すゝ)まぬ事な
ら仕方がないおかしやれ 似多「けれども其処(そこ)を間に合(あは)せ坊主に
和尚「間に合(あは)せ坊主といふ事があるか、如何(どう)じや、なるならな
弟子(でし)じやと思ひましたので 和尚「ハゝゝゝゝ、如何(どう)じやナ、出
家にでもならしやるなら兎に角、然(さ)うでなければ雨が上(あが)ツた
ら此処(こゝ)を立ツて行(い)ツて貰はねばならぬ、お前方(がた)を三日も四日
もお世話をする訳には行かぬでナ 似多「紛さん如何(どう)しやう、マ
ア自棄糞(やけくそ)だ、ナアオイ、これからこの頃(ごろ)の日和癖(ひよりぐせ)の事じや依(よ)
ツて、幾日(いくか)雨が降るか知れやアせぬ、銭はなし立つ事は出来
ず、坊主にならにやア置いて呉れぬといへば仕方がない、自(や)
棄糞(けくそ)じや、寧(いつ)そ坊主にならうか 紛郎「それも好(よ)からう 似多「エー
左様なら自棄(やけ)から坊主になりますので 和尚「自棄(やけ)から坊主にな
る、これは何(ど)うも自棄(やけ)から坊主になるツてな気に進(すゝ)まぬ事な
ら仕方がないおかしやれ 似多「けれども其処(そこ)を間に合(あは)せ坊主に
和尚「間に合(あは)せ坊主といふ事があるか、如何(どう)じや、なるならな
るでなると言はしやれ 似多「エーそんならなるならなると致し
ませう 和尚「コレ、雑返(まぜつかへ)しては困る、ならしやるか 似多「エゝ、
そこはドガチヤガで 和尚「ドガチヤガと云ふ事があるかナ、マ
ア一人出家すれば九族天に生ずるといふのぢや 似多「ヘエ
ませう 和尚「コレ、雑返(まぜつかへ)しては困る、ならしやるか 似多「エゝ、
そこはドガチヤガで 和尚「ドガチヤガと云ふ事があるかナ、マ
ア一人出家すれば九族天に生ずるといふのぢや 似多「ヘエ
【語釈】
・然(さ)うでなければ…原文「然(さ)うでなけねば」。誤植と思われ、訂正した。
・行(い)ツて…原文「行(い)いて」。誤植と思われ、訂正した。
・日和癖(ひよりぐせ)…不詳。「天候の傾向」という意か。夢野久作『ドグラ・マグラ』等に用例がある。
・おかしやれ…「置かしゃれ(置きなさい:せずに置け)」の意。
・言はしやれ…「言わしゃれ(言いなさい)」の意。
・ドガチヤガ…意味不詳。「インチキや出鱈目を含む適当な処置」というほどの意らしい。
・一人出家すれば九族天に生ずる…出家の功徳は親族に広く及ぶほど尊いという意の諺。「九族」とは「自分を中心に、先祖・子孫の各四代を含めた九代の親族」。この言葉は『仏教ことわざ辞典』『故事ことわざ辞典」等に挙げられているが、出典は不詳で、経典に典拠を持つ言葉ではないらしい。
【解説】
和尚に雨具は貸せぬからゆっくりして行けと言われた似多八が、半年でも一年でもと言うと、和尚は一転、長くは世話できぬ、出家してはどうかと持ち掛け、持ち金のない二人は出家を承諾する、というくだりです。
いったいこの二人はどういう人なのだろう、と首をひねるくらい、紛郎兵衛と似多八には「人生テキトーに気楽に行こう」感が溢れています。実際にはこういう人は中々いない、フィクションの中だけの人、たとえて言えば「男はつらいよ」の車寅次郎のような人なのでしょう。
