【翻字】
和尚「それぢ
やア髻(もとゞり)をば私(わたし)が取落(とりおと)して進ぜやう、コレ智円や 似多「ヘエ何(なん)ぞ
知れませんのでございますか 和尚「誰も知れぬと言うてりや
アせぬ 似多「それでも何(なに)か知れぬと仰(おつ)しやツて 和尚「イゝエ、小
僧の名が智円といふのぢや 似多「ハゝア、成程、ホンに智円筈(はず)
ぢや小さな坊さんぢや 和尚「よう洒落言ふ仁(ひと)ぢやナ、コレ、銅(かな)
盥(だらひ)に生温(なまぬる)いお湯を持ツてお出(い)で、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥陀仏」
この寺の住持は起(た)ツて剃刀をば抽斗(ひきだし)から取出(とりだ)して参り 和尚「サ
和尚「それぢ
やア髻(もとゞり)をば私(わたし)が取落(とりおと)して進ぜやう、コレ智円や 似多「ヘエ何(なん)ぞ
知れませんのでございますか 和尚「誰も知れぬと言うてりや
アせぬ 似多「それでも何(なに)か知れぬと仰(おつ)しやツて 和尚「イゝエ、小
僧の名が智円といふのぢや 似多「ハゝア、成程、ホンに智円筈(はず)
ぢや小さな坊さんぢや 和尚「よう洒落言ふ仁(ひと)ぢやナ、コレ、銅(かな)
盥(だらひ)に生温(なまぬる)いお湯を持ツてお出(い)で、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥陀仏」
この寺の住持は起(た)ツて剃刀をば抽斗(ひきだし)から取出(とりだ)して参り 和尚「サ
アサア頭を湿(ぬ)らしなさい、このお湯で頭髪を湿(ぬ)らして置か
しやれ、今私(わたし)が髻(もとゞり)をば剃ツて進ぜる、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥
陀仏、サア宜しいか、斯(か)うチヤンと片鬢(かたびん)だけ剃落(そりおろ)すのぢや
似多「ヘエ、これは片鬢(かたびん)毛ない 和尚「何(なん)の事ぢやエ 似多「イエこり
やア辱(かたじけ)ないと言うて居(ゐ)ますので 和尚「よくチヨコチヨコ俄(にわか)言ふ仁(ひと)
じやナ、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥陀仏、片鬢(かたびん)は斯(か)う剃上(そりあ)げる、
又片鬢(かたびん)は斯(か)う剃下(そりさ)げる 似多「ヘエ、すると背後(うしろ)の毛はブツブツ
引抜(ひつこぬ)きますので 和尚「何(なん)のそんな事をするものか、遂(つひ)にソレ両
鬢(びん)がチヤアンと取れました 似多「ハイ、両鬢(びん)や行平(ゆきひら)と替へませ
う 和尚「そりや何(なん)の事じや 似多「土瓶(どびん)や行平(ゆきひら)と替へませう、何(なん)な
り彼(か)なり替へます 和尚「コレコレ、そんな洒落をチヨイチヨイと言
ひなさるな 似多「して和尚様、これは何(なん)でございますナ 和尚「こ
りやア其方(そなた)の結(ゆ)うて居(ゐ)た髷(まげ)じや 似多「ヘエ、エー未(ま)だ初めまし
しやれ、今私(わたし)が髻(もとゞり)をば剃ツて進ぜる、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥
陀仏、サア宜しいか、斯(か)うチヤンと片鬢(かたびん)だけ剃落(そりおろ)すのぢや
似多「ヘエ、これは片鬢(かたびん)毛ない 和尚「何(なん)の事ぢやエ 似多「イエこり
やア辱(かたじけ)ないと言うて居(ゐ)ますので 和尚「よくチヨコチヨコ俄(にわか)言ふ仁(ひと)
じやナ、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥陀仏、片鬢(かたびん)は斯(か)う剃上(そりあ)げる、
又片鬢(かたびん)は斯(か)う剃下(そりさ)げる 似多「ヘエ、すると背後(うしろ)の毛はブツブツ
引抜(ひつこぬ)きますので 和尚「何(なん)のそんな事をするものか、遂(つひ)にソレ両
鬢(びん)がチヤアンと取れました 似多「ハイ、両鬢(びん)や行平(ゆきひら)と替へませ
う 和尚「そりや何(なん)の事じや 似多「土瓶(どびん)や行平(ゆきひら)と替へませう、何(なん)な
り彼(か)なり替へます 和尚「コレコレ、そんな洒落をチヨイチヨイと言
ひなさるな 似多「して和尚様、これは何(なん)でございますナ 和尚「こ
りやア其方(そなた)の結(ゆ)うて居(ゐ)た髷(まげ)じや 似多「ヘエ、エー未(ま)だ初めまし
てお目にかゝります、二六時中(しよつちゆう)頭に居(を)りますのは承知して居(を)
りますが、あなたにお目にかゝるは初めてゞございます、返
事がございませんナ、和尚様、一枚剥板(へぎ)はございますまいか
和尚「ハゝア、剥板(へぎ)があツたら如何(どう)なさる 似多「剥板(へぎ)へこの髷(まげ)を
ば引付(ひつつ)けて、金毘羅(こんぴら)様へ上げて置きますので 和尚「ハゝア、何(なに)
か心願でもあるのじやナ 似多「イエ心願も何(なに)もございませんけ
れども、絵馬堂の賑(にぎや)かしに 和尚「何(なに)を言ひなさるのじや、サア
サア、お前さんも頭髪(あたま)を湿(しめ)してあるかナ 紛郎「ヘエヘエ、チヤンと
もう最前(さいぜん)から担桶(たご)へつけて置きました 和尚「全(まる)で西瓜見たやう
に言うてる仁(ひと)じや、サアサアチヤンと洗はしやれナ 紛郎「ヘエ
私は未(ま)だ悪い事をした覚ゑはございません 和尚「誰(だ)れが悪い事
をしたと云うたのじや 紛郎「イエ今頭を斯(か)うやツて洗ツてます
と、頭が二ツになりました 和尚「なんの頭が二ツになるものか
りますが、あなたにお目にかゝるは初めてゞございます、返
事がございませんナ、和尚様、一枚剥板(へぎ)はございますまいか
和尚「ハゝア、剥板(へぎ)があツたら如何(どう)なさる 似多「剥板(へぎ)へこの髷(まげ)を
ば引付(ひつつ)けて、金毘羅(こんぴら)様へ上げて置きますので 和尚「ハゝア、何(なに)
か心願でもあるのじやナ 似多「イエ心願も何(なに)もございませんけ
れども、絵馬堂の賑(にぎや)かしに 和尚「何(なに)を言ひなさるのじや、サア
サア、お前さんも頭髪(あたま)を湿(しめ)してあるかナ 紛郎「ヘエヘエ、チヤンと
もう最前(さいぜん)から担桶(たご)へつけて置きました 和尚「全(まる)で西瓜見たやう
に言うてる仁(ひと)じや、サアサアチヤンと洗はしやれナ 紛郎「ヘエ
私は未(ま)だ悪い事をした覚ゑはございません 和尚「誰(だ)れが悪い事
をしたと云うたのじや 紛郎「イエ今頭を斯(か)うやツて洗ツてます
と、頭が二ツになりました 和尚「なんの頭が二ツになるものか
紛郎「けれども銅盥(かなだらひ)の中に頭が二ツうつツて居(を)ります 和尚「イエ
一ツは私(わたし)の頭で 紛郎「アゝ坊主(づくにふ)の面(つら)か 和尚「コレ坊主(づくにふ)といふ事が
あるものか、何(なに)を言はしやるのじや、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥
陀仏サアこれで剃れた、
一ツは私(わたし)の頭で 紛郎「アゝ坊主(づくにふ)の面(つら)か 和尚「コレ坊主(づくにふ)といふ事が
あるものか、何(なに)を言はしやるのじや、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥
陀仏サアこれで剃れた、
【語釈】
・ホンに智円筈(はず)ぢや…「ホンに知れん筈(はず)ぢや」の洒落。
・俄(にわか)…俄狂言。素人が、宴席や街頭で即興に演じたこっけいな寸劇。
・土瓶(どびん)や行平(ゆきひら)と替へませう、何(なん)なり彼(か)なり替へます…不詳。あるいは土瓶や行平鍋を持って何かと交換して歩いた行商人の口上であろうか。
・剥板(へぎ)…杉・檜(ひのき)などを薄く削って作った板。
・坊主(づくにふ)…「づくにふ」は僧を意味する隠語。
【解説】
和尚が出家する紛郎兵衛と似多八の髪を剃るくだりです。「こんないい加減な・・・」と呆れるしかない二人のいい加減な出家ですが、それをさせる和尚も随分のんきです。いかにも上方落語らしい、ゆる~い世界です。
