【翻字】
所へさして一人(にん)の男でございます

「ヘエお頼(たの)申しますお頼(たの)申します」何(ど)うも奥は調子を外してドシドシ踊
ツて居(を)りますから、幾らお頼(たの)申しますと言ツても、耳に入る
どころではございません 男「ヘエお頼(たの)申します、お頼(たの)申しま
す 六方「アゝ鳥渡(ちよいと)待ち鳥渡(ちよいと)待ち、オイチヨイとお松坊(まつばう)、三味線止(や)めて
太鼓チヨイと待ち、誰(だ)れか表でお頼(たの)申しますツて案内の声が
するぜ 男「ヘエお頼(たの)申します」 六方も八方もドロドロに酔ツ
て居(を)りますから 八方「ダゞ誰(だ)れじや何奴(どいつ)じや 男「エー私(わたくし)は下村(したむら)
の万屋金兵衛から参りました 八方「ナ何(なん)だ、万屋金兵衛、イヤ
和尚の不在(るす)中を幸ひ、村の若い奴を寄せて酒飲んで居(ゐ)る依(よ)ツ
て、苦情でも言ひに来をツたナ、言草(いひぐさ)があるなら此方(こつち)へ上(あが)れ
ヨーウ 男「イエ何(ど)う致しまして、然(さ)ういふ訳じやアございま
せん 八方「じやアナゝ何(なに)しに来た 男「エー金兵衛が死去いたし
ました 八方「ナゝ何(なん)だ、趣向したツて何(なに)の 男「イエ趣向じやア

ございません、死去いたしましたので 八方「死去とは何(なん)じやエ
 男「エー金兵衛昨夜落入(をちい)りましたので 八方「何処(どこ)へ落ちたのじ
や 男「イエ死にましたので 八方「アゝ死(ごね)たのか、斃(くたば)りをツたか、
オイ六方 六方「ムゝン 八方「万屋の金兵衛が死(ごね)たと言うてナ、若
い奴が知らせに来よツた 六方「コレ、そんな顱巻(はちまき)をした儘(まゝ)物(もの)
を言ふ奴があるものか、肩を入れぬかエ、尻掲(しりから)げなんぞして
イヤ乃公(おれ)が行く乃公(おれ)が行く、乃公(おれ)が行ツて挨拶をしやう」 六方はチヤ
ンと法衣(ころも)を着けまして、殊勝らしくそれへさして衣紋(ゑもん)を繕ひ
出て参りました 六方「ハイ、ハイ、お前さんは 男「ヘエ、エー
私(わたくし)は下村(したむら)の万屋金兵衛方(かた)から参りましてございますが 六方「ハ
イ 男「金兵衛が昨夜死去いたしましたので 六方「ハイ、ハイ、 
金兵衛殿が終(つひ)にはようなかツたので、それはそれは 男「エー今日(こんにち)正午刻時(しやうこゝのつどき)に葬式を出(いだ)したうございますので、何(ど)うか御苦労さ

まながら葬式にお立ちを願ひたうございます 六方「ハイハイ、ハ
イ、左様か、ムゝ金兵衛殿が御死去なすツたので、 今日(こんにち)正午(しやうこゝ
刻(のつ)にお葬式を、ハイ、ハイ、アゝ早速立ちまするから、承知
したと宜しくお伝へ下され、ハイ、ハイ 男「何卒(どうぞ)宜しうお願
ひ申します 八方「帰ツたら精進物は何(ど)うもならぬで、仕上(しあげ)は魚(ぎよ)
類で成るだけ御馳走して置けと言うて呉れ、乃公(おら)ア住職の代
理に立ツてやるから、誰(だ)れだと思ふ、乃公(おら)ア斯(か)う見えても、
京都本山から来て居(ゐ)る紫野(むらさきの)大徳寺一休の弟で半休といふ者じ
や 男「ヘエヘエ、有難う存じまする、イヤ左様に伝へまする
八方「早う帰(ゐ)ね早う帰(ゐ)ね…オイチヨイと乙にやツたナ、すると何(なに) 
やな六方 六方「ナニ(なに)が 八方「相寺(あひでら)の浄道寺へ誰(だ)れか知らしにやらに
やアならんナ 六方「馬鹿言ふなエ、知らしにやツてからに先方(むかふ)
から礼物(れいもつ)が来た時に半分出さにやアならぬ、そんな馬鹿な事

があるものか、お前と乃公(おれ)と二人で行かう 八方「併(しか)し皆(みん)な酒飲
んでる人を如何(どう)するエ 六方「一(ひ)ト先(ま)づ帰すことにしやうじやア
ないかエ、急に葬式が取れた依(よ)ツて、其処(そこ)にあるだけ皆(みん)な飲
んだり喫(く)ツたりしたら、一(ひ)ト先(ま)づ皆(みん)な引取(ひきと)ツて下さいと言ツ
て帰しいナ」

【語釈】
・幸ひ…原文「辛(さいは)ひ」。誤植は明らかであり、訂正した。
・言草(いひぐさ)…言い分。
・斃(くたば)りをツたか…原文「斃(くたば)りをツか」。誤植と思われるので、訂正した。
・顱巻(はちまき)…漢字ルビともに不鮮明。「顱(ろ)」は「かしら。こうべ。あたま」。
・?(??)を言ふ…漢字ルビともに判読不能(右画像中央下の字)。或いは「物」か。

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・帰(ゐ)ね…漢字ルビともに不鮮明。

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【解説】
 酒宴の最中、檀家の者が葬式を頼みに来ます。八方こと似多八が乱暴に相手するのを制して、六方こと紛郎兵衛は、うまく相手を信用させて帰します。和尚の言いつけ通り相寺に知らせようと言う八方を制して、六方は自分たちだけで礼物を独り占めしようというくだりです。
 八方の乱暴さと六方の悪賢さの対照が鮮やかです。


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