【翻字】
此処(こゝ)でこの由(よし)を皆(みな)に申しますると、皆(みん)なは酒を
飲んで其処(そこ)等をば忽々(そこそこ)に取片付(とりかたづ)け帰ツて仕舞ひました 六方「サ
ア八方、これからお前と二人で身体(からだ)を拵(こしら)へてからに葬式に立
たう 八方「立つのは可(い)いが、何(なに)かエ六方、葬式に立ツて御経を
上げる事を知ツてるか 六方「そりやア好(い)いがな、先方(むかふ)へ行ツた
らドガチヤガ経で 八方「ドガチヤガ経ツて如何(どん)な事を言ふのじ
や 六方「何(なん)なと瞞着(ごまか)して置いたらそれで可(い)いのだ、乃公(おれ)が住持
になツて行く依(よ)ツて、お前は番僧になれ 八方「そりや何(ど)うもい
かんなア、同(おんな)じやうに斯(か)うやツてこの寺へ奉公に住込(すみこ)んで、

お前が住持で乃公(おれ)が番僧なんて、何(ど)うも割が悪いじやアない
か、抽籤(くじびき)でもしやうか 六方「乃公(おれ)が上坊主(じやうばうず)でお前が下坊主(かすばうず)にな
ツて居(ゐ)ても、礼物(れいもつ)は二ツに分(わ)ツたらゴテゴテあるまい 八方「イ
ヤそれなら結構 六方「法衣(ころも)を出せ 八方「何(ど)の法衣(ころも)を 六方「あの緋の
法衣(ころも)を 八方「じやアお前緋の法衣(ころも)を着るのか 六方「ムゝ然(さ)うじや
 八方「緋の法衣(ころも)は私(わし)が着て行くとしやう 六方「阿呆(あはう)言へ、供(とも)が緋の衣(ころも)を着る奴があるものか、坊主ツてものは緋の法衣(ころも)を着る
と何(なん)となしに位が見える、坊主と炭団(たどん)は赤うなツたら手が触(さ)
へられぬといふ位なものじや、お前は墨染の法衣(ころも)を着て行
け 八方「さうして何(ど)うする 六方「さうしてお前は曲録を担(かた)げて、
さうして傘を持ツて行くのじや 八方「そんなに持たれやアせぬ
ぜ 六方「マア其処(そこ)を何(ど)うなとして持ツて行きんかエ 八方「してお
前は 六方「乃公(おら)ア手空(てぶら)で行くわ 八方「叶はぬなア何(ど)うも 六方「マア呟(ぼや)

くなエ………ムゝ、それで好(い)いそれで好(い)い 八方「これで好(い)いか」 と差掛(さしかけ)
傘の柄(え)の所へ曲録を通して、其奴(そいつ)を担(かた)げた八方、六方は緋の
法衣(ころも)をばチヤと着けまして 「サア行かう」 と二人は寺を出
てやツて参りましたが、下村(したむら)の万屋金兵衛の戸外(おもて)へ来ますと
忌札(いみふだ)が貼ツてあります

【語釈】
・番僧…住持(寺の長。住職)に従う役僧。
・私(わし)が着て行く……原文「私(わし)が来て行く」。誤植は明らかであり、訂正した。
・坊主と炭団(たどん)は赤うなツたら手が触(?)へられぬ……ルビ不鮮明。
・曲録……僧が法事のときに用いる椅子。
・差掛(さしかけ)傘…従者が後ろから主人に差し掛ける長柄の傘。
・忌札(いみふだ)…身内を亡くした人の家の玄関に貼る「忌中」と書いた札(忌中札)を指すか。

前頁  目次  次頁

【解説】
 六方こと紛郎兵衛は、八方こと似多八に指図しながら、要領を得た葬式の段取りをしていきます。知恵者の六方と粗暴な八方の対比が良い味を出しています。


イメージ 1