【翻字】
 似多「ハゝア、此処(こゝ)等にチヨイチヨイと茶店があるナ 紛郎「ムゝ
こりやア手向山(たむけやま)の八幡(まん)様(さん)、この度は幣も取敢(とりあへ)ず手向山(たむけやま)、紅葉
のにしき神のまにまにといふ菅公の詠まれた御歌(おうた)がある、こ
れは四月堂、これは三月堂、これは二月堂の観音さんぢや
 似多「アゝ立派なものぢやナ、此処(こゝ)に在るのはこりやア何(なん)ぢや
エ 紛郎「それはその空井戸ぢやが、二月になると、その井戸に
水が湧くといふ、若狭からこれへ水が通ふ若狭の呼水(よびみづ)と云う

て 似多「ハゝア、奈良の水取(みづとり)といふのはこれか 紛郎「然(さ)うぢや
 似多「してこの杉は大きな杉ぢやナ、この杉には何(なに)か謂(いは)れがあ
るかエ 紛郎「こりやア良弁杉(りやうべんすぎ)と云ふて、往昔(むかし)小児(せうに)が鷲に攫(さら)はれ
て、この杉の樹へ落(おと)された、その子をば出家にして育てたが
これが良弁(りやうべん)僧正と云ツて、東大寺の開山(かいさん)になツたのぢや 似多「
ハゝア、ゑらいものやなア 紛郎「サアお出(い)で………これは大仏の
鐘ぢや 似多「ムゝウ成程大仏に大きい鐘ぢやナ 紛郎「悪い洒落や
なア、ソレ、これは大仏のわらび餅といふ名物ぢや、これが
大仏殿 似多「途方もない大きなものぢやなア 紛郎「下から斯(か)う見
て居(ゐ)ると小さいやうぢやけれども、花瓶(くわき)にさしてある蓮の葉
が直径(さしわたし)一間ある 似多「ヘエー、チヨイと見ると小さう見えるが
なかなか大きなものぢやなア 紛郎「ソレ、この竹で寸を当(あた)るや
うにチヤンとしてある、往昔(むかし)この大仏様のお目が落ちたことが

あるさうだ 似多「ハゝア、すると大仏様は眇目(???)になツたのか
 紛郎「その時にその目を元の通りに嵌(は)めにやアならぬといふの
で、広く入札をした事がある、さうしたら皆(みん)な出て来て、マ
ア五百両呉れとか千両呉れとか八百両呉れとかと、何(なに)しろこ
れを嵌(は)めやうと言うには、仰山な人数(にんず)が要(い)るから、大勢の人
でなければその目を嵌(は)める事は出来ぬ、さうすると此処(こゝ)へ父(おや)
子(こ)二人(ふたり)が出て来て、その五百両なり八百両なりは寄附をしま
せうといふ、一文も要(い)らない、私等(わたしら)が直(すぐ)に目を嵌(は)めて進(あ)げま
せうと申込(まをしこ)んだ、如何(どん)な事をするだらう、彼(か)れ此(こ)れ千両もか
ゝらうといふ仕事をば、見れば身薄(みうす)い服装(なり)をした奴が、寄附
の出来るといふやうな男でもないが、如何(どう)為(し)をるだらうと見
て居ると、腰に大きな鉄鎚(かなづち)をば一本穿(さ)して、大きな釘をば口
に咥(くは)へて、父子(おやこ)二人(ふたり)は足場もなく這上(はひあが)ツて、目の中へ這入ツ

て仕舞ツた、暫(しばら)くすると二人(ふたり)は目をば担いで、チヤンと其処(そこ)
へ嵌(は)めて、前の穴の所へさしてカンカンと打ツて仕舞ツた、
すると皆(みん)な大勢それを見て居(ゐ)た者は、彼奴(あいつ)這入ることは這入
ツたが出るのは何処(どこ)から出るだらうと見てゐると、中々怜(り)
悧(こう)な奴で、煙草を二三服喫(の)む間(あひだ)に、這入ツた父子(おやこ)の二人(ふたり)は、
鼻の穴から這(は)うて出た、ナア、それで今に言うたものぢや、
怜悧(りこう)な人は目から鼻に抜けると 似多「ハゝア、そりや真実(ほんま)かエ
 紛郎「嘘や 似多「冗談(うだうだ)言ふなエ 

【語釈】
・菅公の詠まれた御歌(おうた)…百人一首二十四番の歌。
・大仏に大きい鐘ぢやナ…原文「大仏に多きい鐘ぢやナ」。誤植と思われ、訂正した。「大分(だいぶ)に大きい鐘」の洒落。
・一間…約1.8m。
・眇目…ルビ不鮮明。あるいは「かため」か。「片目」の意。
・身薄(みうす)い…ルビ不鮮明。

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【解説】
 紛郎兵衛、似多八の二人は東大寺にやって来、大仏殿で紛郎兵衛は、かつて大仏様の目の修理をした父子の話を似多八に聞かせるくだりです。
 この小話は、現行の上方落語「鹿政談」のマクラに使われています。本書では、父子は報酬を辞退し、父子ともに鼻から抜け出ますが、故・桂米朝や故・桂文枝による現行版では、報酬を十両要求し、鼻から抜け出るのは子だけです。また、現行版では演者が小話として客に直接語る形であり、嘘であることは示唆する程度ですが、本書は話中の人物同士の会話として演じ、嘘であることを明言しています。話の概要は同じですが、語り方や細部は変更されています。

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