【翻字】
さて是(こ)れは徳川御三家の一なる前(さき)の中
納言水府公、御微行(おしのび)にて僅かお供は早見藤作(とうさく)上村兵十郎
外(ほか)二三人の近習をお伴(つ)れ遊ばして、お越しに成りました

る処は東海道は掛川の駅でございます、其(その)出尽端(ではづれ)に一軒
の茶店がございまして、それも藁屋にて表は葭簀(よしず)にて囲
ひ、チヨイと煮売(にうり)も致すと見えて、一ぜんめしの看版を
懸け、宅(うち)には年の頃六十三四とも思はれます老爺(ぢい)さんが
茶釜の下を吹きつけて居(を)ります、処へ戸外(おもて)より 〇「アー
老爺(おやぢ)座敷は空(あ)いて居(を)るか 老爺「ハイ空(あ)いてござります、何(どう)
卒(ぞ)彼処(あれ)へお通り下されませ 〇「我(わが)君様 君公「オゝ藤作 〇「
彼(あ)れなる席へ 君公「オゝ…… 老爺「ハイお茶を召上(めしあが)りませ、
唯今お煙草盆を差上(さしあ)げます 〇「老爺(ぢゞい)御中食(おちうじき)の拵へを致し
呉(く)れへ 君公「ハイ畏まりましてござります、直(すぐ)にお熱いの
を炊いてお上げ申します 〇「オゝ左様致せ、早く致し呉
れへ 老爺「ハイハイ畏まりましてございます 君公「藤作 〇
「ハゝツ 君公「何(な)にか臭(あし)きかをりが致すではないか 〇「ハア

左様にござります……アーコリヤ老爺(ぢゞい)老爺(ぢゞい) 老爺「ハイお呼
び遊ばしませ何(なん)ぞ御用でござりますか 〇「老爺(ぢゞい)怪(け)しから
ん悪(あ)しき臭気(にほひ)が致す、早く臭気(かをり)の致さぬやうに致せ 老爺
「ハイ対方(むかふ)に肥料桶(こえつぼ)がござりますので、誠にお気の毒さま
でござります 〇「ナニ下肥桶(こえつぼ)か 老爺「ハイ左様でござりま
す 〇「老爺(ぢゞい)早速何処(どこ)へか取片付(とりかたづ)けを致せ 老爺「ハイ旦那様
あの桶(おけ)は地中(ぢべた)へ埋め込んでござりますゆゑ、中々容易(ちよつと)の
ことで只今取片付(とりかたづ)けると云ふ訳には参りませぬ、何卒(どうぞ)些(しば)
時(ら)く御辛抱を下さりませ、ツイ其処(そこ)が私(わたく)しの本宅(おもや)でござ
りますゆゑ、本宅(おもや)へ参りまして屏風を借りて参ります、
そして其(その)屏風にて其処(そこ)を囲ひますれば、悪(あ)しき臭気(かをり)は少
々防げませうほどに、チヨイとお待ち下さりませ 〇「ム
ゝ左様か、然らば早く左様に致せ 老爺「ハイハイ畏まりま

してござります、直(すぐ)行ツて参ります

【語釈】
・前(さき)の中納言水府公…水戸光圀(1628-1701)。常陸水戸藩第二代藩主。後年、いわゆる「水戸黄門」として脚色され、歌舞伎・講談・映画・TVドラマ等で広く親しまれた。「水府」は「水戸 (みと:現在の茨城県水戸市)」 の異称。
・中食(ちうじき)…一日二食の頃,朝食と夕食との間にとった軽い食事。後には昼食をさす。
・肥料桶(こえつぼ)…便所にすえて大小便をためる壺。

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【解説】
 「雁風呂」の話の舞台は、講談本『水戸黄門記』(1902)では「日坂(今の掛川市日坂)」とされ、『講談十八番』(1905)では「岡崎」とされています。本書では「掛川」とあり、東海道の宿場としては25・38・26と、舞台が全て異なっています。「黄門漫遊記」自体もともとフィクションですから、場所はどこでも良かったのでしょう。
 本書では、松に雁の絵が登場する段取りが凝っています。場末の汚い茶店に入った黄門様が、臭い匂いに困り、家来が茶店の老爺に苦情を言った結果、絵の描いてある屏風が出てきます。『水戸黄門記』では唐紙に、『講談十八番』では衝立に描かれている絵ですが、ともに最初から店の中に置かれています。本書では老爺が本宅からわざわざ運び込んでくる趣向になっています。

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