【翻字】
君公「藤作藤作 〇「ハゝツ 君公「彼(あ)れなる
君公「藤作藤作 〇「ハゝツ 君公「彼(あ)れなる
町人これへ呼べ 〇「ハゝツ、こりやこりや其処(それ)に居(を)る町人
、我(わが)君様がお召しだ、これへ参れ △「ヘエ……久七何(なん)の
御用であらう、お前も一緒に来て、ヘエ何(なに)か御用でござ
りますか 君公「町人此(この)屏風の画(ゑ)は巧(よ)く描(か)いてあるか △「ヘ
エ土佐将監光定先生は名人でござりますやうに存じます、
ナア久七 久七「ヘエ旦那様此(この)松に鳫(かり)の画(ゑ)は私(わたくし)共の眼で見ま
しても宜しき様に存じますが、何(な)にも知らぬ唐変木の眼
で見る時は松には鶴を描(か)く筈ぢやに、松に鳫とは馬鹿な
画師(ゑし)ぢや抔(など)と云ふ、其奴(そやつ)こそ馬鹿ですナア 〇「コリヤ町
人控へ居(を)れ、是(こ)れに御座るは誰様(どなた)だと思ふ、勿体なくも
水戸光圀公なるぞ、控へ控へ控へ居(を)らう △「ハ
ツハツ……久七お前横手から饒舌(しやべ)るさかいに 君公「藤作待
て待て、コリヤコリヤ町人苦しうない、近う進め、可(よ)い可(よ)い
、我(わが)君様がお召しだ、これへ参れ △「ヘエ……久七何(なん)の
御用であらう、お前も一緒に来て、ヘエ何(なに)か御用でござ
りますか 君公「町人此(この)屏風の画(ゑ)は巧(よ)く描(か)いてあるか △「ヘ
エ土佐将監光定先生は名人でござりますやうに存じます、
ナア久七 久七「ヘエ旦那様此(この)松に鳫(かり)の画(ゑ)は私(わたくし)共の眼で見ま
しても宜しき様に存じますが、何(な)にも知らぬ唐変木の眼
で見る時は松には鶴を描(か)く筈ぢやに、松に鳫とは馬鹿な
画師(ゑし)ぢや抔(など)と云ふ、其奴(そやつ)こそ馬鹿ですナア 〇「コリヤ町
人控へ居(を)れ、是(こ)れに御座るは誰様(どなた)だと思ふ、勿体なくも
水戸光圀公なるぞ、控へ控へ控へ居(を)らう △「ハ
ツハツ……久七お前横手から饒舌(しやべ)るさかいに 君公「藤作待
て待て、コリヤコリヤ町人苦しうない、近う進め、可(よ)い可(よ)い
これへ参れ △「ヘエー…… 君公「可(よ)い可(よ)いズツと是(こ)れへ参
れ △「ヘエー 君公「此(この)画(ゑ)は余程巧手(よい)と申したが、余は心懸
けなきゆゑ、其方(そのはう)此(この)画(ゑ)の由来(いはれ)を存じて居(を)らば申し聞かせ
て呉れよ △「ヘイ私(わたく)しも詳しき事は存じませぬが、只存
知(ぢ)て居(を)ります丈(だ)けを申し上げますでござります、此(この)屏風
の片方(かたし)には函館の城が描(か)きてござります、ヘエそれ御覧
遊ばしませ、この松の下に柴の落ちてござります処が描(か)
いてござりますのは、鳫が常盤(ときは)とか申す国から秋に我(わが)日(ひの)
本(もと)へ参ります際(とき)、口にて柴を咥(くは)へて参ります、途中にて
羽翼(はがひ)をば休め、また起(た)つ際(とき)はその柴を咥(くは)へて、
漸(やうや)く此(この)函館の松の樹に来(きた)り、茲(こゝ)で柴を捨て、来た鳫は彼(あ)
方(ちら)此方(こちら)へと別れて起(た)ち退(の)いて仕舞ひます、翌年の春と成
れ △「ヘエー 君公「此(この)画(ゑ)は余程巧手(よい)と申したが、余は心懸
けなきゆゑ、其方(そのはう)此(この)画(ゑ)の由来(いはれ)を存じて居(を)らば申し聞かせ
て呉れよ △「ヘイ私(わたく)しも詳しき事は存じませぬが、只存
知(ぢ)て居(を)ります丈(だ)けを申し上げますでござります、此(この)屏風
の片方(かたし)には函館の城が描(か)きてござります、ヘエそれ御覧
遊ばしませ、この松の下に柴の落ちてござります処が描(か)
いてござりますのは、鳫が常盤(ときは)とか申す国から秋に我(わが)日(ひの)
本(もと)へ参ります際(とき)、口にて柴を咥(くは)へて参ります、途中にて
羽翼(はがひ)をば休め、また起(た)つ際(とき)はその柴を咥(くは)へて、
漸(やうや)く此(この)函館の松の樹に来(きた)り、茲(こゝ)で柴を捨て、来た鳫は彼(あ)
方(ちら)此方(こちら)へと別れて起(た)ち退(の)いて仕舞ひます、翌年の春と成
りますと、花の咲くのを跡に致しまして、此(この)函館の松に
帰り、各自(めいめい)来た時咥(くは)へて参ツた柴を咥(くは)へ常盤(ときは)の国へ帰り
ます、燕はまた鳫の帰る頃に日本(こちら)へ参ります、鳫の帰る
のと燕が来ますのと丁度行違(ゆきちが)ひに成ります、仍(そこ)で燕の便
り鳫の文(ふみ)と申してござります、此(この)鳫が常盤へ帰りました
跡に柴がまだ沢山残ツてござります、其(その)残ツた柴を一(ひと)ツ所に
集め旅の難渋な人へ施行(ほどこし)の為(た)め、此(この)柴で湯を沸かし風呂
へ入れて遣(や)ります、これは死亡(しん)だ鳫への吊慰(とむらひ)の為(ため)に致し
ます、仍(そこ)でこれを鳫風呂(がんぶろ)と申すさうでござります、此(この)
鳫風呂の画(ゑ)には紀貫之の古歌が添ふてござります、常盤な
る国へ帰らんかりがねの、羽(は)がひやすめん函館の松」と、
帰り、各自(めいめい)来た時咥(くは)へて参ツた柴を咥(くは)へ常盤(ときは)の国へ帰り
ます、燕はまた鳫の帰る頃に日本(こちら)へ参ります、鳫の帰る
のと燕が来ますのと丁度行違(ゆきちが)ひに成ります、仍(そこ)で燕の便
り鳫の文(ふみ)と申してござります、此(この)鳫が常盤へ帰りました
跡に柴がまだ沢山残ツてござります、其(その)残ツた柴を一(ひと)ツ所に
集め旅の難渋な人へ施行(ほどこし)の為(た)め、此(この)柴で湯を沸かし風呂
へ入れて遣(や)ります、これは死亡(しん)だ鳫への吊慰(とむらひ)の為(ため)に致し
ます、仍(そこ)でこれを鳫風呂(がんぶろ)と申すさうでござります、此(この)
鳫風呂の画(ゑ)には紀貫之の古歌が添ふてござります、常盤な
る国へ帰らんかりがねの、羽(は)がひやすめん函館の松」と、
ヘエ旦那様鳫風呂のお話はマア大略(ざつと)斯様(こん)なものでござ
ります
ります
【語釈】
・片方(かたし)…二つあるもののうちの一つ。片方。
・吊慰(とむらひ)…「吊」は「弔」の俗字。
・紀貫之の古歌…不詳。『水戸黄門記』には古歌は登場せず、『講談十八番』には「古今集」の歌として「常盤なる国から来たる雁がねのしばしやすらふ函館の松」とある。
・国へ帰らん…原文「国へ帰かん」。誤植は明らかで、訂正した。
・国へ帰らん…原文「国へ帰かん」。誤植は明らかで、訂正した。
【解説】
黄門は町人を呼び、屏風の絵について聞きます。町人は、雁風呂の絵であると、その由来を語ります。
町人が引用する古歌は、調べても出典がわかりません。『水戸黄門記』にはないし、『講談十八番』に引かれる歌とは細部が異なり、作者・出典の情報も整合しません。恐らくは偽作でしょう。
