【翻字】
若旦那「阿呆(あほ)云へ左様(さう)ぢや無いわい彼(あ)
の伯母貴は婦女(をなご)でこそあれ男優りぢや予(わし)を預(あづか)つて帰(いな)うと云ふのは先(む)
若旦那「阿呆(あほ)云へ左様(さう)ぢや無いわい彼(あ)
の伯母貴は婦女(をなご)でこそあれ男優りぢや予(わし)を預(あづか)つて帰(いな)うと云ふのは先(む)
方(かふ)の宅(うち)に醜面(ぶきりやう)の娘がある俗に人(にん)三化(ばけ)七と云ふて人間が三分化物(ばけもの)が七
分と云ふんぞ、モウ奇天烈奇体変的(へんてこ)な面相(かほ)ぢや嫁入(よめいり)さゝうと云(いつ)たから
つて何(なん)人も貰人(もらひて)が無いと云ふ格別(よほど)の醜婦(ぶきりやう)だ、けども仍(そこ)が親の情(なさけ)だ矢張(やはり)それ相応の情夫(をとこ)を持たして遣り度(たい)と云ふ伯母貴の量見で伴(つれ)て帰(いん)で其(そ)
の醜面(ぶさいく)な娘と夫婦(めをと)に仕様と云ふやうな話であらう、ウン左様(さう)か 丁稚「
何云ふて居(ゐ)なさる其様(そん)な旨い事がおますもんか夫(それ)ならば格別(よほど)宜(よ)いの
ですけども過日(このあひだ)博労した牛が一寸(ちよつと)手荒いよつて彼(あ)れを伴(つ)れて畠に放(ほふり)
出したら能(よ)い加減に角で腹部(はら)を破られて死没(ごね)るやらうと言ふてはり
ました 若旦那「伯母貴ア恰(まる)で鬼見たやうな量見だナ、愈々(いよいよ)左様(さう)か 丁稚「
然(さ)うしたら兵庫の旦那様が被仰(おつしや)いますには其様(そん)な事をすると見る眼
がいぢらしいよつて夫(それ)よりか予(わし)の宅(うち)へ伴(つれ)て帰らうと被仰(おつしや)いました
若旦那「フーム成程流石(さすが)は伯父貴は伯父貴だけだ亦(また)男子(をとこ)の量見は違ふ
たもんぢやナ、予(わし)をば兵庫へ伴(つれ)て帰つて北風とか何(なん)とか云ふ立派な処
分と云ふんぞ、モウ奇天烈奇体変的(へんてこ)な面相(かほ)ぢや嫁入(よめいり)さゝうと云(いつ)たから
つて何(なん)人も貰人(もらひて)が無いと云ふ格別(よほど)の醜婦(ぶきりやう)だ、けども仍(そこ)が親の情(なさけ)だ矢張(やはり)それ相応の情夫(をとこ)を持たして遣り度(たい)と云ふ伯母貴の量見で伴(つれ)て帰(いん)で其(そ)
の醜面(ぶさいく)な娘と夫婦(めをと)に仕様と云ふやうな話であらう、ウン左様(さう)か 丁稚「
何云ふて居(ゐ)なさる其様(そん)な旨い事がおますもんか夫(それ)ならば格別(よほど)宜(よ)いの
ですけども過日(このあひだ)博労した牛が一寸(ちよつと)手荒いよつて彼(あ)れを伴(つ)れて畠に放(ほふり)
出したら能(よ)い加減に角で腹部(はら)を破られて死没(ごね)るやらうと言ふてはり
ました 若旦那「伯母貴ア恰(まる)で鬼見たやうな量見だナ、愈々(いよいよ)左様(さう)か 丁稚「
然(さ)うしたら兵庫の旦那様が被仰(おつしや)いますには其様(そん)な事をすると見る眼
がいぢらしいよつて夫(それ)よりか予(わし)の宅(うち)へ伴(つれ)て帰らうと被仰(おつしや)いました
若旦那「フーム成程流石(さすが)は伯父貴は伯父貴だけだ亦(また)男子(をとこ)の量見は違ふ
たもんぢやナ、予(わし)をば兵庫へ伴(つれ)て帰つて北風とか何(なん)とか云ふ立派な処
へお手代奉公にでも当分入(い)れて置かうと云ふ伯父貴の量見だ 丁稚「其(そ)
様(んな)んならゑらい宜しう御座いますけれども然(そ)やおまへん 若旦那「如何(どう)
しやうと云ふてた伯父貴は 丁稚「和田の明神さんの直(す)ぐ前に一艘破(やぶ)
壊(れ)掛(かゝ)つた船が御座います、其(その)船に貴君(あなた)を乗せて一寸(ちよい)と風が荒吹(あらぶ)く日に
沖へ指してドーツと突出(つきだ)して置けば其(その)暴風のために船が転倒(ひつくりかへ)つたら
鮝魚(ふか)の餌食にでもなるだらうと 若旦那「恰(まる)で三荘(しやう)太夫の親類(しんせき)見たやう
な奴許(ばか)り寄(より)アがつたんだ愈々(いよいよ)それに談(はなし)が極(きま)つたのか
様(んな)んならゑらい宜しう御座いますけれども然(そ)やおまへん 若旦那「如何(どう)
しやうと云ふてた伯父貴は 丁稚「和田の明神さんの直(す)ぐ前に一艘破(やぶ)
壊(れ)掛(かゝ)つた船が御座います、其(その)船に貴君(あなた)を乗せて一寸(ちよい)と風が荒吹(あらぶ)く日に
沖へ指してドーツと突出(つきだ)して置けば其(その)暴風のために船が転倒(ひつくりかへ)つたら
鮝魚(ふか)の餌食にでもなるだらうと 若旦那「恰(まる)で三荘(しやう)太夫の親類(しんせき)見たやう
な奴許(ばか)り寄(より)アがつたんだ愈々(いよいよ)それに談(はなし)が極(きま)つたのか
【語釈】
・博労…牛馬の売買や周旋をする人。「博労した牛」は「博労を通じて手に入れた牛」との意か。
・いぢらしい…何ともあわれでかわいそうなさま。
・北風…兵庫の旧家北風家。江戸時代、海運業等で栄えた。
・和田の明神さん…和田神社(今の神戸市兵庫区)。
・鮝魚(ふか)…漢字不鮮明。
・三荘(しやう)太夫の親類(しんせき)…漢字ルビ共に不鮮明。「三荘太夫」は長者の没落伝説で、説経浄瑠璃などの語物文芸として近世以前から語られていた安寿と厨子王の物語。ここではそれに登場する丹後由良の長者で、安寿と厨子王を酷使して苦しめる山荘太夫を指す。
【解説】
丁稚から親族会議の様子を聞き、若旦那はさまざまに自分への処置を想像しますが、丁稚が話す内容は遥かに厳しいものばかりであったというくだりです。現行形「立ち切れ線香」は本書の古形版をほぼそのまま踏襲しています。
