【翻字】
茂七「ヘエ 番頭「お前昨夜(ゆうべ)十二時過ぎ
から手紙を認(か)いて居(ゐ)なさツたが其(その)手紙は何所(どこ)へ出しなさ
る手紙ぢやと私(わたし)が尋ねたら、明朝東京へ出します積(つも)りでご
わす、左様か夫(そ)りやア大きにと云うて私(わたし)はお前さんに一礼

述べたぜな 茂七「ムゝヘエ………… 番頭「其(その)認(したゝ)めて有ツた手紙が
今鳥渡(ちよいと)硯箱の抽斗(ひきだし)を開(あ)けたら、矢張(やつぱり)其(その)抽斗(ひきだし)に入れて有ツた
が、夜深更(よるよなか)に書いた手紙が硯箱の抽斗(ひきだし)に入れて置いたら独(ひと)
り東京(とうけい)に行きますか 茂七「ムゝヘエ………… 番頭「可(よ)い加減に人
を馬鹿にして置きなされ、喜助どんお前さんも而(さ)うぢや、私(わし)
や最前雪隠(せつちん)へ這入ツて居(ゐ)たら、何(なん)ぢや怪体(けつたい)な声で歌を謳(うた)う
てやツたが、此頃(このごろ)お前さんは稽古屋入(はい)りをして居(ゐ)るさうぢ
や 喜助「イゝエ滅相な 番頭「イヤ隠しなさる事はない稽古屋
へも楽(たのし)みに行きなさるのは可(よ)いけれども、怪体(けつたい)な声ですか(〇〇)
たん(〇〇)謳(うた)う
てやツたが、実に聞き苦しいもんだ、彼(あ)りやア最前
何(なに)を謳(うた)うてやツたのぢや、かわいがらす、烏なら烏、硝子(がらす)なら
硝子(がらす)と明了(はつきり)謳(うた)うてやツたら何(ど)うぢやがらすツてエな言(こと)は
一向聞き悪(にく)いなア 喜助「アツハゝゝ、彼(あ)りやアがらすで可(よ)い

のです 番頭「何(なん)でぢやい 喜助「貴下(あんた)の仰有(おつしや)るのは硝子(びいどろ)のがら
すか烏のからすの事を仰有(おつしや)るのでせう、私(わたし)の謳(うた)うて居(ゐ)たの
は人に可愛(かわい)がられる事を謳(うた)うて居(を)りましたので、そやよツ
てに、可愛(かわい)がらアすウのえエえエえエ何(なん)ぢやアあゝらア
………… 番頭「馬鹿踊るなエ、戸外(かど)に人が集(たか)ツて居(ゐ)なさる、あた見(みつ)
ともない 喜助「誰方(どなた)も鳥渡(ちよつと)此方(こちら)へお這入り 番頭「阿房(あほ)云はん
せ、藤七どん

【語釈】

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【解説】 
 二人の丁稚に引き続いて、番頭が二人の手代を叱るくだりです。
 故・桂米朝による現行版「百年目」ではもう一人、本を読む手代を叱くだりがありますが、本書古形版にはありません。また、稽古屋に通う手代を叱るくだりでは、現行版が浄瑠璃の稽古へ行くこと自体を叱るのに対し、本書古形版は、浄瑠璃ではなく小唄あるいは端唄の稽古らしく、また、稽古屋に通うこと自体は認めていて、その謡いぶりが変だと叱っていて、叱られた手代の方も、現行版では恐縮するだけなのに対し、本書古形版では調子に乗って踊り出しており、内容にかなりの相違があります。

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