【翻字】
番頭
は白鼠のやうでございますが、至ツて大の泥溝(どぶ)鼠でござ
います、店(うち)では此(この)番頭を次兵衛と申しまするがお茶屋へ遊
びに参りますると、お茶屋では番頭さんとも次兵衛さんと
も申しません、只次(つぎ)さん次(つぎ)さんと云ふのが通名(とほりな)と成ツてござ
います、家(うち)をば出て四五間(けん)参りますると路次(ろじ)から一人(にん)飛ん
で出ましたは男芸者所謂(いはゆる)幇間(たいこもち)です、鳥渡(ちよいと)鼠の千筋の着物に
黒の羽織八分(ぶ)の紋を背(せなか)に一ツ附けまして、赤い献上の帯を
締め天窓(あたま)は坊主でピカピカと光らせ電気灯のやうなお頭(つむ)
です 男「次(つぎ)さんマア先刻から貴公(だんな)を…………幾度(いくたび)かお店の戸外(かど)

をば彼方此方(あちこち)通りました、モウ芸妓(こどもしゆ)さんが未(ま)だか未(ま)だかと云
ふので実に私(わたし)は責められまして困ツて居(を)りますので」 番頭
の次兵衛は目瞬(めはし)を致しまして 次兵「横たはれ横たはれ、横町へ曲(まが)
れと云ふに 男「実に貴家(あんた)の戸外(かど)を何偏(なんべん)通ツたか知れません
 次兵「判ツて居(ゐ)るわいな、お前が店(うち)の戸外(かど)を一偏通ツてやツ
た時に、私(わし)ア眼で知らして居(ゐ)るのぢや 男「貴公(あんた)眼で知らして
居(ゐ)やはツても、家外(そと)から判りやアしません、大約(おほかた)七八度も通
りました 次兵「お前が通常の風なら宜(よ)いけれども誰が見た
かて幇間(たいこもち)とほか見えん体躯(からだ)ぢや、夫(そ)れに空手(てぶら)でも通る事か、
八百屋の荷を掲(かた)げて通ツたり、終(しまひ)にやア小便桶(たご)を掲(かた)げて通
り、土台気がさして店(うち)を出る事が出来やアせん、據(よんどころ)なう罪
咎(とが)もない店の者を片端(かたつぱし)から叱り倒して出て来たんぢや、デ
船は何所(どこ)に繋(つな)いで有る

【語釈】
・白鼠…主家に忠実に勤める使用人。特に、番頭のこと。
・泥溝(どぶ)鼠…主家の金品をかすめたり、主家に不利益なことをたくらんだりする番頭や雇い人。黒鼠。
・四五間(けん)…約7~9m。
・千筋…非常に細かい縞柄。せんすじ。
・八分(ぶ)…約3cm。
・献上…「献上博多」の略。博多織の帯地の上等なもので、中央に独鈷形の文様が織り出してある。
・困ツて居(を)りますので」…原文に」はない。「番頭の」以下は地の文であるので、補った。
・目瞬(めはし)…ここでは「目配せ」の意か。「瞬」は「またたく/またたき」の意。
・横たはれ…不詳。ここでは「通りを行かずに横に寄れ/入れ」との意か。

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【解説】
 店を出た番頭が幇間と会話するくだりです。
 幇間を叱るくだりは現行版と大差はありません。大きく違うのは、本書古形版が噺家の語りとして、番頭が店の金を着服してお茶屋遊びをしていることを説明している点です。これは故・桂米朝等による現行版にはありません。

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