【翻字】
源兵「好し、お前ナ家なら十四五軒向ふから一寸(ちよい)と拳骨拵

へて肩の処へ突張ツて、最初(のツけ)に私(わし)へドーンと行当たり
喜八「ムゝ然(さ)うすると如何(どう)なるね
源兵「スルと乃公(おれ)がナ、コウ気を注(つ)けやアがれ箆棒奴(べらんめえ)、何(な)
故(ぜ)突当りやアがるんだへ、頓痴気野郎めー……と斯(か)
う云ふワ
喜八「フンフン……江戸ツ子やぜお前、お前大阪者やない

源兵「サア大阪者ぢやわいナ、けど大阪言葉で喧嘩するの
は気が利かんよツて
喜八「ムゝ成程、スルと私(わし)ア何と云ふのや
源兵「さうするとお前なア、其様(そない)にポンポンお言ひナ、喧
嘩どすかと、斯(か)う云ふのぢや
喜八「ホー、私(わし)西京(さいきやう)やナ

源兵「然(さ)うや、京と江戸とで喧嘩するのや、人に突当ツて
置きやアがツて、お言ひナもねへもんだへ、此奴(こいつ)を
喫(くら)やアがれ、と突然(いきな)りお前の片面(よこづら)ポカーリと擲(は)る

喜八「ダゞ誰の片面(よこづら)を……
源兵「誰れのツて、お前のやが
喜八「ムー酒の飲める事ぢや、一ツや二ツ擲(いか)れても介意(かまは)ん
併(しか)し右方(みぎ)は擲(いか)んと廃(お)いてや、此様(こない)に瘡(くさ)が出来て居る
よツて、瘡(くさ)から血が出ると阿母(はゝぢやびと)が心配するから、好
いか
源兵「マア可(よ)いわいナ
喜八「さうすると私(わし)如何(どう)しやう
源兵「其処(そこ)で私(わし)の胸倉ソーツと捉(つか)まへ、ソーツと可(い)いか、

デ、痛うすかナ如何(どう)え……
喜八「そんなチヤラチヤラした、お前片面(よこづら)擲(は)られて如何(どう)えな
んて、ゑらい間の抜けた事や、物の言ひやう丈(だ)け換
へてンか
源兵「マア可(よ)いわいナ、ソーツと胸倉捉(つか)まへて居りやア、
さうすると私(わし)がナ、胸倉捉(つか)まへて如何(どう)しやアがるん
だ、生意気な事をしやアがるなへ、と腕首を捉(つか)まへ
て乃公(おら)ア負ひ投げにお前を打付(ぶツつ)けるワ、お前は痛ア
ーいと平太張(へたば)るやらう、ト乃公(おら)ア横腹(よこツぱら)ポーンと蹴る
ワ、するとお前横倒(よこツたふ)しにコロリと反転(ひつくりかへ)るだらう、そ
こで頭へ小便桶(たご)打散(ぶツちやけ)るワ
喜八「乃公(おら)ア最(も)う廃(やめ)るワ、何程(なんぼ)酒が飲みたいからツて、一(いの)
命(ち)が危険(あやう)い、横腹(よこツぱら)蹴られたり頭から小便桶(たご)打散(ぶツちや)けら

れたりして堪るものか
源兵「ヘゝゝ、嘘や嘘や、マア其様(そな)い思うて居イ
喜八「可厭(いや)いナ、其様(そん)な事を思ふのは
源兵「マア何でも可(よ)いワ、掴み合ひの喧嘩さへしたらナ、
彼(あ)の老爺(おやぢ)さん出て来るわい、然(さ)うしたら最(も)うお任せ
申して置きます置きますと云ツて、任せて置いたら酒飲
まして呉れる
喜八「マア一ツ遣らう、けど前に云うとくぜ、片面(よこづら)擲(は)るの
やツたら左辺(ひだりべり)擲(い)ツても返す返すも云うとくよツて、
右辺(みぎべり)瘡(くさ)が出来て居るよツて……
源兵「マア其様(そん)な事は可(よ)いわいナ、サアお出で、裾掀(しりから)げし
い裾掀(しりから)げを……ヤゑらいワ丁度老爺(おやぢ)が此方(こちら)向いてる
処ぢや、サア突当りい

【語釈】
・西京…西の都。特に、東京に対して京都。
・瘡(くさ)…皮膚にできるできもの・湿疹などの総称。
・危険(あやう)い…ルビ不鮮明。

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【解説】
 源兵衛が喜八に偽物の喧嘩の仕方を伝授するくだりです。
 ここでは現行版との間に大きな差異はありません。一番大きな相違点は、本書古形版では互いのセリフを江戸弁と京都弁であると明確に説明している点です。喧嘩らしくするには大阪弁ではダメで、江戸弁が似つかわしいと、当時の噺家が認識していたことが伺われます。

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