緒言

一 此(この)書は吾(わが)日本言語の普通法を示すを専一としたるものなれば、高尚なる古語・雅語の事にも鄙野なる俚語・俗言の事にも説き及ばず。譬へば「人の往来すべき道路を真直に進み行くべし。眺望よき山路にも倚るべからず。況(いはん)や足を運ぶに懶(ものう)き海道などは避けて歩行せよ」と教ふるが如きものなる事を知るべし。

一 高尚なる事に及ばじとするからに、古言の通略延約等を説かず。鄙野なる事に及ばじとするからに、俗語の転訛音便等をも説かざるなり。それらの事は別にいふべし。

一 語例を挙ぐるにはなるべく多端にわたらじと力(つと)めたり。依(より)て巻中に出す処のものは始(はじめ)より終(をはり)まで、体言は「舟〔ふね〕」用言は「流〔なが〕る」の二言を以てせり。但し止むを得ずして他言を用ゐる事あるも、其等に因縁ある語類をもてせり。是吾が日本語格の変化を示すに最も善き一方便なるを見出したればなり。

一 初学を導くには宜しく引証の多端なるを避くべし。故に語例を挙ぐるにわざと古歌・古文章を採らざるなり。但しこはすこしく遺憾なるかたもあれば、やがてこれが徴証めくものを書かんとす。其(その)時は慥かなる例を引きて、此の組たてかたは古(いにし)への語法に背かざるものなる事を示すべし。

一 此の書を見む人の注意すべきは巻中すべての論旨が「事理〔ことのこころ〕」「物法〔くみたてかた〕」の二つにわかりてある事なり。物法とは何ぞ。さは物につきたる法にして、言語にとりては組織法即ち「くみたてかた」是なり。事理とは何ぞ。さは事につきたる理にして、いはゆる語意即ち「ことのこころ」是なり。而して其の「ことのこころ」なるものは、称呼のひとつひとつに備はりてあるものなる事は人の知れるが如し。また組織法は、格法上にて種々の分類ある称呼を採り集め、それを組たてて言語となす手つづきなりとす。此の二つの区別を知らざれば言語を構造する本意を悟り得る事難きなりと知るべし。但し事理・物法の委しきことは、語学事物理法論といふものを著はすべければそれにつきて見るべし。

一 此書の名目どもの立てかたは、是までの語学書類にいへる処とは異なるもの多くして、中には徒らに煩雑をきはめたるが如く見ゆるも無きにはあらざるべし。然れども言語の組織を精密に分析する名目なれば、止む事を得ずして然るなりと知るべし。

一 是迄の名目と異なるものが多きのみならず、世人の耳には聞き馴れてこともなしと思ふべき名目をわざわざ改めたるがありて、さるは人の尤(とが)むべきものなれども、然(し)かせざれば語学上の理に叶はざる処あるによりての所為にて、其等が殊に己の骨折(ほねをり)たるものなれば、さるこころして読みてよ。

一 是迄の語学書どもに一わたりは説き得たるやうに見ゆれど実は委しからぬ説なるにて、語格の真理を知る為には妨害となるも少なからず。されどそれをよしとする人、世には多かるべし。されば己が新案にてたとへば「用言断続の名目にてこれまで「将然言」「已然言」といひしを廃して、それは「続用言」「続体言」の「第二言」或るは「第三言」といふべし」「「係り結び」といへるを止めて「助言転置格」といふべし」など、猶その外なる事にも聞き馴れざるいひざまあるに驚き、いまだ其よしあしをも味ひ見ずしてこれを擯斥せられんかとの懸念あり。請ふ、取るも捨るもよく見て後にせられん事を。

一 前題の如く此書は言語の真理をなるべく精細に説かむとしたるより、おのづから煩はしきかたになりて初学の理会しがたかるべき処多かるべし。すべてかかる入組(いりくみ)たる事をいへるものは人の悟りがてにするが常なれば、然(し)か煩はしきまでにいひたるにも飽かずして、今ひと際くはしき問答体なるものを俗言にて書かむとさへおもひ居れば、此書を見て隔靴掻痒の思ひある人はそれがなるを待てよかし。
著者述