〈物名言〔ブツメイゲン〕〉(ものな)-〈単称言〔タンシヨウゲン〕〉(ひとへな)-〈複称言〔フクシヨウゲン〕〉(かさねな)

 是は体言三品のひとつにして、単称言・複称言と二つにわかるものとす。さて単称言と言ふはたとへば〈舟〔ふね〕〉〈筏〔いかだ〕〉〈山〔やま〕〉〈河〔かは〕〉〈鶯〔うぐひす〕〉〈蛙〔かはず〕〉の類なる、なほかぎりも無き物の名をさせるなり。かくて是に属するものは〈上〔かみ〕〉〈中〔なか〕〉〈下〔しも〕〉〈本〔もと〕〉〈末〔すゑ〕〉の類なる、物の部分をさして言ふ詞にて、これ等は独立(ひとりた)ちてつかはるるものにはあらねど、なほ此の物名言のうちにかぞふるものなりとす。さてかく挙げたる類は其物の元来の名にて、他言を交じへずひとつづきなるものなれば、是を単称言即ち(ひとへな)とは言ふなりと知るべし。然るにこの単称言を二つかさねて成る複称言と言ふものありて、其の一つを連合言と言ひ、今一つを併列言と言ふなり。次々に挙ぐるを見るべし。

〈連合言〔レンガフゲン〕〉(あはせな)-〈第一言〉-〈第二言〉-〈第三言〉-〈第四言〉

 連合言は単称言を二つあはせて一物と名とするするものなるが、其れを主客の二言に分くる事にて、其の二つあはせて上になるを客言とし、下になるを主言とするなり。かくて一つづきになりたる詞は、其の下言のかた即ち主言となるものの名と成るなりと知るべし。然して夫を四品にわかつ事にて、たとへば〈河舟〔かはふね〕〉と言ふ類を第一言とし〈館舟〔やかたぶね〕〉といふ類を第二言とし〈舟館〔ふなやかた〕〉と言ふ類を第三言とし〈河〔かは〕の舟〔ふね〕〉と言ふ類を第四言とするなり。かくわくるは、単称言を連合するにつきて四つのかはりある故なりとす。さるは、かさぬる詞のもとの唱へに変化の無きもの、即ち(かは)といひ(ふね)と言ふを、あはせて(かはふね)ともとの唱へのままにつづけ呼ぶ類なるを、第一言とするなりと知るべし。
 さて詞をかさぬるに上言の尾音は下言へ称(とな)へ送るものなるによりて是を送称音〔ソウシヨウイン〕といひ、下言の首音は上言を称へ迎ふるものなるによりて是を迎称音〔カフシヨウイン〕と言ふものぞと先づ覚ゆべし。かくて第二言・第三言は其の送迎の両音に変化あるものにて、即ち(やかた)と言ふを上言とし(ふね)といふを下言とするとき、迎称音の(ふ)を(ぶ)と濁りて(やかたぶね)と言ふ類なるを第二言とし、これをば迎称濁音格〔カフシヨウダクインカク〕即ち〔むかへてとなへをにごるさだまり〕ともいふものとし、又(ふね)と言ふを上言とし(やかた)といふを下言とするとき、送称音の奈行第四音なる(ね)を同行第一音の(な)に転(うつ)して(ふなやかた)と言ふ類なるを第三言とし、これをば送称転音格〔ソウシヨウテンインカク〕即ち(おくりてとなへをうつすさだまり)ともいふものとするなり。かくてまた上言下言の間へ連合助言の(の)を入れていふもの即ち(かはのふね)といふ類なるを第四言とはするなりと知るべし。
 さてはじめに体言は動かずといひ置きつるを今爰(ここ)の第二言・第三言にておもへば、第二言は迎称音の濁るものにてすこし動けるに似たり。況や第三言は送称音を転(うつ)すものにて、全く動けるに非ずやとも難ずべきが如し。然れどもこは用言類が其の断続によりて活用する如く定格ありて動くものならねば、やや紛らはしきやうなれども右等の変化をばうちまかせて動くとはいはざるなり。これを物に擬(なぞ)らへていはば、かの天然物の単体なるが復体になるとき即ち物のかさなるとき、其の連合する双方の面が平坦なれば直ちに重なるやうなる理にて第一言となり、其の上になる物の一方が凸なれば其れを受くる下になる物の一方が凹にならねばならぬやうなる理にて第二言となり、下になる物の一方が凹なれば其れに向ふ上になる物の一方が凸ならねばならぬやうなる理にて第三言となり、双方の面の平坦凸凹なるにもかかはらず其の間へ粘着物をつけて合するやうなる理にて第四言となるなりなど言ひてあるべし。さて第一言は下言の首音が濁音にならぬものにありて、濁音になるものなればおほかた第二言になるなり。然るに上に挙たる例のやうに、濁りもせらるるものをさはせで、なほ(かはふね)と清(す)みていふ類なるはいと寡きものなり。されば第二言は甚だ多くして首音の濁音になるものは皆これになるといひてもよろしきが如し。第三言もまた寡からず。然れども第二言の如くは多からざるなり。第四言はいと広くして、上の三言になれるものもいひかへては皆この第四言になるなりとしるべし。
 此の連合言の四品につきてなほいはむに、同じ唱への詞にて其の物が違へば格も異なる事あり。さるは土と槌とは同じ唱へなれども、土のかたは第一言にて〈真土〔まつち〕〉〈壁土〔かべつち〕〉といひ、槌のかたは第二言にて〈小槌〔こづち〕〉〈鉄槌〔かなづち〕〉といへる類なり。送称音の濁音なるにもかかはらず、第二言にして濁音の重なるものになれるあり。〈菅笠〔すががさ〕〉〈旅人〔たびびと〕〉〈水瓶〔みづがめ〕〉〈鍋蓋〔なべぶた〕〉などの如し。然るに単称言にして濁音のかさなるといふは無き事なれば、連合言にするときも下言の首音に次げるものが濁音なるときはそれを第二言にはせざるものにて、たとへば第一言にて〈青鷺〔あをさぎ〕〉〈玉椿〔たまつばき〕〉とはいへども、これを第二言にして(あをざぎ)(たまづばき)とは言はざるにて知るべし。
 又、第三言は五十音中にていかなる転(うつ)りをなすかといへば、第二音を転じていふは(つき)の(き)を第三音の(く)にうつして〈月夜〔つくよ〕〉といひ、(たち)の(ち)を第四音の(て)にうつして〈帯刀〔たてはき〕〉といひ、(き)を第五音の(こ)に転(うつ)して〈木蔭〔こかげ〕〉といふ類とし、第三音をうつしていふは(まゆ)の(ゆ)を第五音の(よ)に転(うつ)して〈黛〔まよがき〕〉といふ類とし、第四音を転していふは(いね)の(ね)を第一音の(な)にうつして〈稲穂〔いなぼ〕〉といひ、(もえ)の(え)を第五音の(よ)に転(うつ)して〈萌黄〔もよぎ〕〉といふ類とし、第五音をうつしていふは(しろ)の(ろ)を第一音の(ら)に転(うつ)して〈白鷺〔しらさぎ〕〉といふ類とする事にて、先づ已上七例あるなりと知るべし。然れども此格とても定まりて然(し)かするものにあらず。さるはたとへば(しらさぎ)といへるに類(たぐ)ひて〈白籏〔しらはた〕〉とはいへども、〈白鼠〔しろねずみ〕〉〈白瓜〔しろうり〕〉などは(しらねずみ)(しらうり)とは言はざる類のあるにて知るべし。又第二言と第三言とは相兼ていへるものもある事にて、上に挙げたるうちにも(かなづち)(すががさ)(まよがき)(いなぼ)(もよぎ)など言へるは即ちそれなるなり。また既にも言ひ置ける如く、然(し)かせる類の変化を罷めて間へ(の)を入れていへば皆第四言に成る事なるを、其のうちに(たてはき)(まよがき)(もよぎ)といふ三つが〈刀〔たち〕の帯〔はき〕〉〈眉〔まゆ〕の搔〔かき〕〉〈萌〔もえ〕の黄〔き〕〉とやうに言はれざるは何ゆゑぞと言ふに、さは(はき)(かき)(もえ)なる三言がもとよりの体言ならずして用言を言ひ居(す)ゑて用体言といへるにしたるものなればなり。用体言の事は作用言の処にいへるを見て知るべし。
 又、第四言なる連合助言の(の)を連合第二助言の(が)に転(うつ)していふもをりをりある事にて、さるはたとへば(うめのえ)といふべきを〈梅〔うめ〕が枝〔え〕〉といひ、(あめのした)といふべきを〈天〔あめ〕が下〔した〕〉といふ類、なほ幾等もあるにて知るべし。さてこの第四言は上言・下言に変化の無きが先づの例なれど、又時としては第三言を兼て〈木〔こ〕の間〔ま〕〉といひ、或るは第二言・第三言ともに兼て〈天〔あま〕の河〔がは〕〉と言へるもあり、また間にはさみたる(の)をさへ第三言の格にし(な)と転(うつ)して、(めのしり)(てのそこ)といふべきを〈睠〔まなじり〕〉〈掌〔たなぞこ〕〉といふ類もある事なりと知るべし。
 かくてこの連合言は已上に示したる如く、先づ上下の二言より成るがはじめにて、夫にまた一言も二言も添へて三言以上にする事もあり。たとへば〈小舟〔をぶね〕〉といふ連合言が〈蜑〔あま〕〉といふ一言を冠(かむ)りて(あまをぶね)となり、〈丸木〔まろき〕〉といふ連合言が〈橋〔はし〕〉と言ふ一言を踏みて(まろきばし)と成る類なりとす。この例にて稀には〈五百重波〔いほへなみ〕〉〈五百代小田〔いほしろをだ〕〉とやうに四言・五言にしたるもあるなり。況や第四言の格にて(の)を入れて言へば幾等も重ねていはるるものにて、それは〈秋〔あき〕の田〔た〕の仮庵〔かりほ〕の庵〔いほ〕の苫〔とま〕〉とさへかさねたるがあるにて知るべし。
 又、単称言とここの連合言とを其の詞の長短または漢字をあてたる字数等にかかはりて弁別はしがたきよしを言はむに、たとへば〈小簾〔をす〕〉〈田井〔たゐ〕〉の如きは纔(わずか)に二言なれども連合言にて、〈鶯〔うぐひす〕〉〈時鳥〔ほととぎす〕〉の如きは四音・五音なれども単称言なり。又〈輦〔てぐるま〕〉〈磑〔いしうす〕〉の如きは一字なれども連合言にして、〈王余魚〔きす〕〉〈栄螺子〔さざえ〕〉の如きは三字なれども単称言なり。また〈筆〔ふで〕〉〈硯〔すずり〕〉〈机〔つくゑ〕〉の如きは単称言のやうにおもはるれども、もと〈文手〔ふみて〕〉〈墨摺〔すみすり〕〉〈杯居〔つきすゑ〕〉といふより出たる約言・略語なれば、その実は連合言なり。さてもかかる類はなほ幾等もあれどさる事もありと心得るまでにて、あまりに泥(なづ)むべからず。さるは物名言の語原を探知するなどは語学のひとつにしてあしき事にはあらねども、言語の構造法にとりてはそれが緊要の事とも無ければ穿鑿に過(すぐ)るはわろし。もし強ひてさるかたに陥らば、「〈車〔くるま〕は〈転〔ころ〕び回〔ま〕ひ〉の転言・略語なり」などのみ言ふべくなりて、果(はて)は「五十音の一音毎に皆意味ありて万物悉皆の名は出来たるなり」と主張する類にも成ぬべし。さは吾(わが)語学の横道にて好もしからぬ事なれば、聊(いささ)かここにことわり置くのみ。

〈併列言〔ヘイレツゲン〕〉(ならべな)-〈第一言〉-〈第二言〉

 併列言は複称言のひとつなるが、其の単称言を重ねたる処は連合言に似たれども夫(それ)とは違ひ、一物の名と成るに非らずしてなほ二物の名をならべ言へるものなりと知るべし。是には第一言・第二言の二品ありて、たとへばその第一言は〈山河〔やまかは〕〉という類の如し。是は即ち〈山〔やま〕〉と〈河〔かは〕〉とを併列して称したるなり。其の第二言は、第一言にいふと同じ事なれども、これはその並らぶる詞を併列助言の(と)に受けて言ふにて、即ち〈山〔やま〕と河〔かは〕と〉といふ類の如し。かくて此の第二言のかたは下言につく(と)を略(はぶ)きて〈山〔やま〕と河〔かは〕〉とやうにいふものとす。しかして是も単称言をのみならべていふものに非ずして連合言をも併列する事なるは、〈端山繁山〔はやましげやま〕〉といひ〈大舟小舟〔おほぶねをぶね〕〉などいふ類にて、なほ三言以上の連合言をも併列していふべく、又二言を併列するのみならず三言或るは四・五言をも併列する事自在なるものと知るべし。さてもこの併列言のかたは已上の如くにて別に言ふべき事もなけれど、ただ紛らはしからんは、爰(ここ)の第一言と連合言の第一言とが時としては混ずるやうなるを差別する事にてあるべし。然れども爰の第一言にしていふものを連合言にする事は寡かるべく、又たまたまはありても其の第一言にするはまた寡ければ、先づ紛るる事は多からざらん。さる外は連合言のかたが第二言または第三言に変化するゆゑにその差別が見えて紛らはしからず。さるはたとへば(やまかは)といふは併列言にして(やまがは)といふは連合言なる事は、その下言が変化して迎称音が濁れるからに差別し易きが如し。よし又連合言の第一言とこの併列言の第一言とが全く同じ詞にて出来たるもののあるにもせよ、夫は前後の言ひ続けにて弁別すべければ、思ひ惑はれて決し難きものは無き事なりと知るべし。

〈仮借言〔カシヤクゲン〕〉(かりな)

 この仮借言は別にひとつの詞のあるには非ず、即ち本書【谷千生著『言語構造式』3/41参照】にはここの前の両條に解ける連合言の四品と併列言の二品との語例より系を引きたるを見ても知るべく、其等が皆仮借言に成る也としるべし。さても物名といふはいはゆる単称がもとにて連合も出来たる事なるが、ここにはさる順序はいはずして其の二つをあはせてこれを〈実名〔ジツメイ〕〉といふべし。さるはそれぞれの物に負はせたる実の名なればなり。然るに其の或る実名を取りて別なる或るものの名に用ゐるを〈借名〔シヤクメイ〕〉といふ。これが即ち爰(ここ)にいへる仮借言なりと知るべし。かくて仮借するに実名の単称を取れば其の名を扱ふにつきて原物と紛(まぎら)はしき故に、多分は複称より取るものとす。此のさだめよりなるものは〈人名〔ジンメイ〕〉〈地名〔チメイ〕〉または〈器物〔キブツ〕の銘〔メイ〕〉あるひは〈事物〔ジブツ〕の異名〔イメイ〕〉の類皆それにて、おほかたは其の原物に或る別物が因縁あるよりして名を仮る事とはなれる也。ここに其の語例を示さば、本書に連合の第二言なるを取りて〈山河〔やまがは〕〉といふを挙げ苗字と誌したる如き、即ち今世の人の姓氏といふものに仮り用ひたるにて、(やまがは)とは唱ふれども山の事にも河の事にも非(あ)らざる借名なる事を知るべし。
 さればこの例にて或る器物が其の原物の形ちに似たるより仮りたるは、連合の第一言にて〈鶴觜〔つるはし〕〉といひ第二言にて〈鳶口〔とびぐち〕〉といへるあり。又因縁によりたるは〈稲〔いね〕の子〔こ〕〉にもあらざれどそれによりて生育する虫をば連合の第二言と第三言とを兼ねたるものにて〈蝗〔いなご〕〉といふあり。又是も形ちの似たるにて或る植物の花のさまよりして連合の第四言にて〈虎〔とら〕の尾〔を〕〉といへるがあり。また此の第四言の(の)を(が)に転じたるものにて言はば、鼠の異名を〈娵〔よめ〕が君〔きみ〕〉といへるなどがあるにて知るべし。さて複称のうちにても併列言を取れるは寡けれど、それも第一言にては鯛の骨また烏賊の体よりいづるものにて〈鍬鎌〔くはかま〕〉〈鳶烏〔とびからす〕〉といへる類あり。又第二言にては物の甚しく違へる事を〈雪〔ゆき〕と炭〔すみ〕〉といひ道程の遠近あるを〈弓〔ゆみ〕と弦〔つる〕〉といふ類、まれまれにはある事なり。さてもこの仮借言には単称言を取らぬといふが先づの例なれども、往昔の人名にはなほ其れをとりて〈猿〔さる〕〉〈鮪〔しび〕〉などいへるあり。又今世にも人の苗氏には〈関〔せき〕〉〈森〔もり〕〉といひ己が姓の〈谷〔たに〕〉などもあれば、単称は仮借にならずと一概にはいひがたきを知るべし。なほさまざまにとりなしたる物もあるべけれど、上にいへることどもに准(なぞ)らへても知るべければくだくだしくはいはず。

【補説】
 ここで谷は名詞について考察している。
 「複称言(複合名詞)」について、連濁に代表される音韻変化の有無や連合助言(格助詞)「の」の使用などにより、4分類している。また、物名言の音節数と漢字表記との関係、語源考証とその意味についても触れている。
 「併列言」は「複称言のように見えるがあくまで並列しているだけで単称言それぞれの意味を残しているもの(複合名詞)」であり、「仮借言」は本来その単語が指す意味対象を離れ、それに関係する他のものを指す場合の物名言(名詞)である。
 「併列言」「仮借言」は単語の分類ではなく用法上の用語である。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語。但し厳密ではない)。
・物名言:名詞
・連合言:複合名詞
・迎称濁音格:連濁
・連合助言:連体格(用法の格)助詞
・断続:活用変化
・併列助言:並列(を示す格)助詞

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