七
〈指示言〔シシゲン〕〉(さしな)
指示言は一つづきの言語にて、前に言ひ置きたる事を後に指示する詞なりとす。然して其のなりたちは数量名言の如く〈本言〉〈附言〉よりなるものにして、本言は〈彼〔あ〕〉〈彼〔か〕〉〈其〔そ〕〉〈此〔こ〕〉の四つにて、これに附言の(れ)を添へて(あれ)(かれ)(それ)(これ)となるが全言なる也。此の全言は形容言の如くもつかへど、先づ物名言の扱ひにするが普通なるなり。さるは助言の(が)(を)(に)(の)などにて受けて(あれが)(かれを)(それに)(これの)といふ類にてしるべし。
然るにまた本言よりもこの助言どもに受(うく)る事あり。然れども先づ(あ)(か)は狭くして(そ)(こ)は広きが如く、又は広狭いり交じりたるが如し。さるはここに挙げたる四つの助言にていはんに、全言はいづれにても受くれど、本言よりすれば(が)は(あ)(か)(こ)を受けず(そ)をのみ受けて(そが)といひ、(を)は(あ)(か)を受けざれども(そ)(こ)を受けて(そを)(こを)といひ、(に)は(あ)(か)(そ)(こ)ともにうけざれども、(の)はまた皆を受けて(あの)(かの)(その)(この)ともいふ類にてしるべし。さて(の)と受けたるものは、もと物名言の処に示せる連合の第四言にすべきものの半体、即ち上言を連合助言の(の)にてうけたるものなれば、その実は下言をつけて〈彼〔あ〕の山〔やま〕〉〈彼〔か〕の人〔ひと〕〉〈其〔そ〕の事〔こと〕〉〈此〔こ〕の物〔もの〕〉とやうに言はざれば語をなさぬものなる也。然るを今世普通の漢字のよみかたに、〈其〉は(その)〈此〉は(この)と読まするはあたらぬ事にて、(の)は助言なるを知らざるなるべし。ただし漢字を訓ずるは別なるものにて、己は〈其〉〈此〉を本言の(そ)(こ)にあたるものとしたれども、読方にて〈其〉を(それ)とも(その)とも、〈此〉を(これ)とも(この)ともよませ、或は〈其〔そ〕も〉〈此〔こ〕は〉など傍仮字して書きて、ここにいふさだめに叶ひたるもあり。また「万葉集」には〈此〉の字を書きたるに(この)とも(かの)ともよむべき処あるなど、すべて(あ)(か)(そ)(こ)が本言にて漢字は借りたるなれば、泥(なづ)むべからぬものと知るべし。
かくてその本言より〈処〔こ〕〉へつづくるに、(あ)(か)は補言の(し)を入れ、(そ)(こ)はそのままにつづけて、〈あし処〔こ〕〉〈かし処〔こ〕〉〈そ処〔こ〕〉〈こ処〔こ〕〉といひ、又連合の第四言のしかたにて〈方〔かた〕〉といふへつづけて(あのかた)(かのかた)(そのかた)(このかた)といふべきを、(のか)の約(つづま)りは(な)となるよりして、(あなた)(かなた)(そなた)(こなた)とつづめて言へり。また助言の(は)(も)にて全言を受くるはもとよりなるが、また本言をも受くる事なるを、(は)のかたは(あは)(かは)(そは)(こは)といへど、(も)のかたは、(そも)(こも)といひて(あも)(かも)とはいはぬかと思はる。ただし(かも)のかたは(かくも)に対(むか)へて(かもかくも)といへれば、もしはさもいはるるにや。されどこれは又(かにかくに)ともいはれて普通ならぬ例なれば、なほさはいはれぬかたなるべし。
さて此の四つの本言は(あ)(か)(そ)(こ)の対格とて、(あ)(か)(そ)の三つはいづれも(こ)の一つの対するものにて、全言もてこれをいはんに(あれ)と(これ)とを対(むか)ひ合せて(あれこれ)といふ如くに(かれこれ)(それこれ)も一対に言ふ詞なる也としるべし。然して其の語意をいへば(こ)に対して(あ)(か)は遠くむかひ、(そ)は近くむかへるなり。又遠くむかへる方には親疎ありて、(あ)は親しきに言ひ(か)は疎きにいふなり。此等の意味はただ然(し)かいへるのみにては解し難かるべけれど、それぞれに対(むか)へて言ひ試みれば、おのづからにさる意なる事の悟らるべし。それも遠近のかたはややたしかなれども親疎のかたはかすかなれば、判然しがたからんと思ふのみ。
さてここに又(そ)(こ)より転化せる指示言のある事を言はむ。さるは(そ)は佐行音なるからその通音中にうつして(さ)といふあり。また同じ事にて(し)となるには、補言の(か)を添へて(しか)といふあり。又(こ)は加行音なるからその通音にうつして(か)となるに、補言の(く)を添へて(かく)と言へるありて、已上(さ)(しか)(かく)の三言は本言の(そ)(こ)より転化したるひとつの指示言にて、あらゆる作用言・形状言へ続用するものなりとす。それは〈さ言〔い〕ふ〉〈しか為〔す〕る〉〈かく清〔きよ〕し〉など、なほさまざま言はるるにて知るべし。さればこれが続用する方より良行変格活の(あり)といふ詞へつづけて〈さあり〉〈しかあり〉〈かくあり〉となる、上の二つは(あ)を略(はぶ)き、下の一つは(くあ【原書は「あく」。誤記として訂正】)を約(つづ)めて(か)となるを、直ちに(ら)(り)(る)(れ)と活用する本言のやうにして、(さら)(さり)(さる)(され)・(しから)(しかり)(しかる)(しかれ)・(かから)(かかり)(かかる)(かかれ)といふ用言なる指示言は出来たり。
又(かく)と(さ)とはひとつの助言なる(て)にて受けて、(かくて)(さて)と言ふなり。此の(て)は助体言のうちなる間格第三次助言の(にて)といへる(て)の類にて、助用言なる竟言の(て)とは違ひ、活用せざる一格のもの也としるべし。この転化せる指示言即ち(かか)(さ)(しか)の三つが活用する事を、本書にはそれより線を引きて『これより良行変格活へはたらきて用言となる』と誌したるなり【谷千生著『言語構造式』5/41参照】。
さてここに因(ちなみ)にいひ置かん、今世の手紙の文に前文を受けて〈右様〔みぎやう〕〉〈右之通〔みぎのとほり〕〉など書き、後文をさして〈左之如〔さのごとく〕〉〈左之通〔さのとほり〕〉とやうに書き習へるは指示言に似たれども、もと〈左右〉といふ詞にてわけたるにて指示言にてはなし。然るにそれにたぐひたるやうにて〈左様候得者〔さやうさうらへば〕〉といへるありて、〈左様〉たるから後文をさせるものかとおもふにさは無くて、必ず前文を受けたるものなるはいかなるわけかといふに、こは上に示せる転化よりなれる(さ)といふ詞に字音の〈左〔さ〕〉を借りたるものにて、是は全くの指示言なりと知るべし。また、かの形容言のうちには此指示言より出でたるものありて、〈即〔すなはち〕〉〈故〔かるがゆゑに〕〉などの類なるが、(すなはち)は〈其〔そ〕の直〔ただ〕ち〉といふ意にて、(かるがゆゑに)は〈斯〔かか〕るが故〔ゆゑ〕に〉といふ意なるなり。又(かるがゆゑ)といふうちの(るがゆゑ)の四文字を反切法の三重かへしにして(れ)と約(つづ)めて(かれ)とすといへる事あり。此の事のあたれりや否やは知らざれども、(かれ)を古言なりとして「古訓古事記」にも〈故〉を然(し)かよませたれば、ついでに初学の為に知らせ置くのみ。かかる類をあなぐり索(もと)めばなほ幾等も言ふ事はあるべけれど、うるさければ誌さず。
【補説】

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