り
〈備格助言〔ビカクヂヨゲン〕〉(そなへごとにつかふてには)
備格助言は助体言三別のひとつにして、是が言語を構造する第一着手の助言なるなり。詞を組み立つるには先づ備言とて其のしたごしらへなるものを製して、さて整言とて其のしあげなるものを造る事なるが、これは其の備言に入用なる助言なり。分けて基格助言・間格助言の二つとす。
ぬ
〈基格助言〔キカクヂヨゲン〕〉(もとのさだまりのてには)
基格助言は備言のうちにて整言なる基格といふものを組み立つるとき入用なる備言をつくる助言にして、それに主格助言・賓格助言の二つありて、また賓格助言は分けて奪格助言・与格助言の二つとするものとす。左の如し。
る
〈主格助言〔シユカクヂヨゲン〕〉(ぬしになるさだまりのてには)〈が〉 〈同第二助言〉〈の〉
右の(が)をもて造りたる備言は言語の主になるものにて、いかなる言ひさまにても此主格の無き詞つかひは決してあらざるなり。また作用言といふ名あるも、もとこの主格の作用なるより号(なづ)けたるにて、それより自他のわかちあるなども皆これを目的にして定めたるものとす。されば言語中にていといと緊要なる勤めをなすものをつくる助言なりと知るべし。かくて整言を続体格といふしかたにする事あり。さる時は此の主格の助言なる(が)をもとのままには置かれぬわけありて、これにかはるものが即ち第二助言の(の)なるなり。其処に示すを見てしるべし【本書下巻32/155「続体格」参照】。
を
〈賓格助言〔ヒンカクヂヨゲン〕〉(あひてになるさだまりのてには)-〈奪格助言〔ダツカクヂヨゲン〕〉(ぬしのうばふさだまりのてには)〈を(遠)〉-〈与格助言〔ヨカクヂヨゲン〕〉(ぬしのあたふるさだまりのてには)〈に(仁)〉
これは、前の主格なるぬしに対して賓格とてあひてになる備言をつくる助言にして、そのあひてになるものをば主が奪ふさだまりにするは(を)の助言にて成り、主が与ふるさだまりにするは(に)の助言にて成るものとす。さればここに奪格・与格なる文字をあてたるは主格より及ぼしたる名にて、その自体より言へば〔うばはるるさだまり〕〔あたへらるるさだまり〕といはねばならず、文字は〈被奪格〉〈被与格〉などあつべきなれど、簡につきてさは号(なづ)けざりしなり。さるは穏当ならぬやうなれど、主格をむねにしていへば然(し)か号(なづ)けて妨げ無ければ也としるべし。
わ
〈間格助言〔カンカクヂヨゲン〕〉(はさむさだまりのてには)
これは備格助言の二品なるひとつにして、其の基格助言のかたは詞を組み立つるに必らず入用なるものを造る助言なるを、この間格助言はそれとは違ひてその組み立てたる基格のうちへさしはさむべきものを造る助言なりとす。しかしてこれには第一言より第六言までの六品あるなり。次に示すを見るべし。
か
〈第一間格助言〉〈を(越)〉 〈第二間格助言〉〈に(丹)〉
この二品は基格のうちなる奪格助言の(を)・与格助言の(に)に同じければ、先づは紛らはしきものなりとす。この両様を見わけやすき為に、本書には(を(遠))を(を(越))、(に(仁))を(に(丹))と書きかへて出したり。即ち爰(ここ)に出せるが如し。然れどもこは別字にあらねば、実用にはかく書きわくるには及ばず。次の第三言より第五言までのも同じ事にて、それぞれ書きわけてはあれどもただ見やすき為にしたるなれば、此格にはこれとさし定めず、いづれなりとも自在につかひてよろしきなりと知るべし。さて同じ(を)にても奪格助言なるあり、又ここの第一助言なるあり。まして(に)は与格助言よりして、ここの第二助言、また次々の第三・第四・第五助言まで五品あるが皆同じ文字なればいといと紛らはしきやうなれど、言語を構造する格にひきあてて見れば其差別は判然とわかるものなる事は、備言の処・間言格の所に示せるを見て知るべき也【備言は本書下巻15/155・間言格は同26/155参照】。
よ
〈第三間格助言〉〈に(尓)〉 〈同次助言〉〈に(尓)て〉
この第三間格助言なる(に(尓))は、同次助言なる(に(尓)て)とも言ひかへらるるものなり。これが与格の(に(仁))と違へるはもとよりにて、又ここの間格なる第二言の(に(丹))とも違へるもの也と知るべし。
た
〈第四間格助言〉〈に{尓}〉 〈同次助言〉〈へ〉【{尓}は(尓)と字母は同じで崩しの程度が強い】
この第四間格助言なる(に{尓})は同次助言なる(へ)ともいひ換へらるるものにて、これも前條までの(に(仁))(に(丹))(に(尓))とは異なるものなりとす。ただし此事を委しくいへば先づ与格の(に(仁))は別に置きて、第一言よりこの第四言までの(に(丹))(に(尓))(に{尓})はよく似たる処につかふものにて甚だ紛らはしきが如し。それも(に(尓))(に{尓})は其の次言の(に(尓)て)(へ)にいひかへてこころみれば、おほかたは弁(わきま)へらるべし。然るに(に(丹))は何とも言ひかへられぬものなれども、中には(に(尓)て)(へ)などといひかへらるるやうに思はれて定めがたきもあり。また(に(尓))(に{尓})は或るつかひかたにてはいづれも(に(尓)て)とも(へ)ともいひかへられて、第三・第四の間格言をかねたるものあり。かかるはこの(に(丹))(に(尓))(に{尓})はもとひとつなるが、ただ聊(いささ)かのつかひかたよりして右の三様にわかる也と知るべし。
れ
〈第五間格助言〉〈に[尓]〉 〈同次助言〉〈と〉【[尓]は(尓){尓}と字母は同じで崩しの程度がさらに強い】
この第五間格助言なる(に[尓])は同次助言(と)ともいひかへらるるものにて、これも与格の(に)と別なるはもとよりなる上に、またここの第二・第三・第四なる(に(丹))(に(尓))(に{尓})とも異なるものなりとす。さるは此の助言にてつくりたる間格言を置かざれば意をつくす事能はざる作用言をつかふ時にのみ用ゐる特別なるものなれば、自余のものに紛らはしき事なき也と知るべし。
そ
〈第六間格助言〉〈より〉〈まで〉〈から〉〈ほど〉〈ゆゑ〉〈すら〉〈゜ばかり〉〈゜ながら〉
この第六間格助言は本書に挙げたる八品なりと先づ定むべし。即ち爰(ここ)に出せるが如し。右の外にもなほ一つ二つはあるべく思はるれどとみにもおもひ得ねば、常につかひ馴れたる八品を先づ挙げ置きたる也としるべし。さて此の助言どもの意味はそれぞれ別にて、(より)(まで)は数多ある事・連続したる事などを何〈より〉何〈まで〉とやうに区別して言ふ時に相対(あひむか)へてつかふをもとにして、或るときは〈より〉とのみ言ひ〈まで〉とばかりもいふもの也とす。(から)は(より)によく似たる一種のものにて、いづれを用ゐても妨げ無き事あるもの也。(ほど)は事物のおほかたを何ほどと示すにつかふ助言にて、(ゆゑ)はひとつの事物に関係して或る作用の起るとき「何〈ゆゑ〉に何となる」とやうにその事物を示すにつかふ助言也。(すら)は此の次に示す集合の第二・第三助言なる(さへ)(だに)によく似たるものにて、この三助言のつかひかたはいと紛らはしきものなり。集合助言のつかひかたをいふ処にて示すを見るべし【本書57/133「集合助言」参照】。
(ばかり)は(ほど)に通ひまた此の次に示す分別の第二助言なる(のみ)にも通へば、これをわかつに〈ほどばかり〉〈のみばかり〉といひ習へり。いづれにしてももとは〈はかる〉と言ふ詞より出でたる助言なりとしるべし。(ながら)は俗に(まま)といふ処に用ゐる助言なりとす。さて此の(ながら)と上の(ばかり)との二つへ゜印をつけたるは、すべて八品挙げたるうちにて外の六品より見れば、この二品はつかひやうにすこし異なる処あるを示せる也。其の異なるにも(ながら)のかたは格別にて、作用言の続用活を受くるなどは、いといちしるき違ひなりとす。此等の事も皆つかひかたを示す処に委しくいふを見るべし【本書下巻26/155「間言格」参照】。
【補説】
ここで谷は第二の助体言である備格助言を扱っている。谷はそれを二分して基格助言(今でいう格助詞)と備格助言(今でいう格助詞と副助詞)とし、それぞれ語ではなく用法ごとに命名・分類している。従って同じ語が用法ごとに区分され命名されている。本書「緒言」において「然(し)かせざれば語学上の理に叶はざる処あるによりての所為にて、其等が殊に己の骨折(ほねをり)たるもの」と谷が断った意味がここで明らかになっている。本書の特色であるが、一方できわめて煩雑である。「此の助言にてつくりたる間格言を置かざれば意をつくす事能はざる作用言をつかふ時にのみ用ゐる特別なるもの」とあるように、これらは個々の具体的な動詞の意味の違いに基づく区別である。
以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・助体言:助詞
・助言:付属語
・続体格:連体形終止法
・作用言:動詞
・続用活:連用形

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