十一
〈被動言〔ヒドウゲン〕〉(せらるるうごきな) 〈使動言〔シドウゲン〕〉(せさするうごきな) 〈第一格〉〈第二格〉
作用言に自他ある事は前條に示せるが如し。然るに其の自動言・他動言ともに又一転して〈被動言〔ヒドウゲン〕〉(せらるるうごきな)〈使動言〔シドウゲン〕〉(せさするうごきな)といふ二つのものに成る事を知るべし。さるは自動言はその主格がひとりおのづから〈なる〉の詞にして、他動言はその主格が或る賓格にかかりてわざと〈なす〉の詞なり。然るに作用言はかく二言に別(わ)かるにとどまらず、此の二言よりしてなほまた二言づつに別れて、其の主格が或る賓格の動きにつきて自動よりは〈ならるる〉〈ならする〉の意なる詞となり、他動よりは〈なさるる〉〈なさする〉の意なる詞となりて、すべては四言になるものとす。さてその被動言は良行下二段活なる(れ・る・るる・るれ・れよ)とうつり、使動言は佐行下二段活なる(せ・す・する・すれ・せよ)とうつりてなるものなるが、それにうつる定まりは作用言三十二品の活言なるすべての(一)、即ち続用第二活を原活履言にして佐・良両行の下二段活にうつるものなるが、それに二格ありて四段活と変格活の半分とを合せたるものを第一格とし、変格活の半分と一段活・中二段活・下二段活とを合せたるものを第二格とするものなる事左の如し。
ハ
〈第一格〉
〈原活履言 四段活 かーさーた-はーまーら 変格活 なーら〉
被動言 れ る るる るれ れよ 使動言 せ す する すれ せよ
被動言 れ る るる るれ れよ 使動言 せ す する すれ せよ
右は右は四段活すべての(一)即ち(か・さ・た・は・ま・ら)、変格活・奈・良両行の(一)即ち(な・ら)とを合せたる八音より直ちに佐・良両行の下二段活にうつりて被動・使動のわかるものにて、たとへば加行四段活の本言なる(引〔ひ〕)がその活言の(一)なる(か)を履(ふ)みて(引〔ひ〕か)となるより良行下二段活にうつして(引〔ひ〕かれ・引〔ひ〕かる・引〔ひ〕かるる・引〔ひ〕かるれ・引〔ひ〕かれよ)といひ、奈行変格活の本言なる(往〔い〕)がその活言の(一)なる(な)を履(ふ)みて(往〔い〕な)となるよりこれも同活にうつして(往〔い〕なれ・往〔い〕なる・往〔い〕なるる・往〔い〕なるれ・往〔い〕なれよ)といへば被動格となり、又、この二つより佐行下二段格にうつして(引〔ひ〕かせ・引〔ひ〕かす・引〔ひ〕かする・引〔ひ〕かすれ・引〔ひ〕かせよ)といひ、(往〔い〕なせ・往〔い〕なす・往〔い〕なする・往〔い〕なすれ・往〔い〕なせよ)と言へば使動言に成る類なりとす。さればこの外なる四段活の(さ・た・は・ま・ら)また変格活の(ら)等もそれぞれの本言より履みて佐良両行の下二段活にうつせば被動言・使動言になる事は准(なぞ)らへて知るべし。
二
〈第二格〉
〈原活履言 変格活 こーせ 一段活 きーにーひーみーいーゐ 中二段活 きーちーひーみーいーり 下二段活 えーけーせーてーねーへーめーえ(江)ーれーゑ〉〈転活冠言 ら さ〉
被動言 れ る るる るれ れよ 使動言 せ す する すれ せよ
被動言 れ る るる るれ れよ 使動言 せ す する すれ せよ
右は変格活、加・佐両行の(一)、即ち(こ・せ)と一段活・中二段活・下二段活すべての(一)、即ち(き・に・ひ・み・い・ゐ)(き・ち・ひ・み・い・り)(え・け・せ・て・ね・へ・め・え(江)・れ・ゑ)と合せたる二十四音より、これは第一格とは違ひて〈転活冠言〔テンクワツクワンゲン〕〉(うつるはたらきのかむりごと)とて、良行下二段活は五十連音より見て其の第一音なる(ら)を冠言として(られ・らる・らるる・らるれ・られよ)となるものと、佐行下二段活はこれも五十連音より見て其の第一音なる(さ)を冠言として(させ・さす・さする・さすれ・させよ)となるものとへうつりて被動・使動のわかるものにて、たとへば加行変格活の本言なる(来)がその活言の(一)なる(こ)を履みたるを虚辞本言の例にまかせて(来〔こ〕)とし、冠言良行下二段活にうつし(来〔こ〕られ・来〔こ〕らる・来〔こ〕らるる・来〔こ〕らるれ・来〔こ〕られよ)と言ひ、加行一段活なる(着)の本言がその活言の(一)なる(き)を履(ふ)みたるをこれも虚辞本言の例にて(着〔き〕)とし、同じ活(はたら)きにして(着〔き〕られ・着〔き〕らる・着〔き〕らるる・着〔き〕らるれ・着〔き〕られよ)といひ、加行中二段活なる(起〔お〕)の本言がその活言の(一)なる(き)を履みて(起〔お〕き)となるより同じ活(はたら)きにして(起〔お〕きられ・起〔お〕きらる・起〔お〕きらるる・起〔お〕きらるれ・起〔お〕きられよ)と言ひ、阿行下二段活なる(得)の本言がその活言の(一)なる(え)を履(ふ)みたるをこれも又虚辞本言の例にして(得〔え〕)とし、同じ活きにして(得〔え〕られ・得〔え〕らる・得〔え〕らるる・得〔え〕らるれ・得〔え〕られよ)といへば被動言となり、又、この四つより冠言佐行下二段活にうつし(来〔こ〕させ・来〔こ〕さす・来〔こ〕さする・来〔こ〕さすれ・来〔こ〕させよ)といひ(着〔き〕させ・着〔き〕さす・着〔き〕さする・着〔き〕さすれ・着〔き〕させよ)と言ひ(起〔お〕きさせ・起〔お〕きさす・起〔お〕きさする・起〔お〕きさすれ・起〔お〕きさせよ)といひ(得〔え〕させ・得〔え〕さす・得〔え〕さする・得〔え〕さすれ・得〔え〕させよ)と言へば使動言に成る類なりとす。されば此の外なる佐行変格活の(せ)一段活の(に・ひ・み・い・ゐ)中二段活の(ち・ひ・み・い・り)下二段活の(け・せ・て・ね・へ・め・え(江)・れ・ゑ)等もそれぞれの本言より履(ふ)みて冠言ある佐・良両行の下二段活にうつせば被動言・使動言になる事は准(なぞ)らへて知るべし。
さて又ことわり置かん、作用言には自動言・他動言の別ちあるにも拘(かか)はらず、その(一)よりして爰(ここ)の第一格・第二格にて被動言・使動言になるさだまりなるゆゑに、然(し)かなりたる上のものにも区別をつけざるべからず。依(より)て本書【『言語構造式』14/41参照】には『此両言は自他の字を冠(かむ)らせて其原言の来たる処を別(わ)かつべし』といひ置(おき)たる意にて、自動言をもとにて出来たるここの両言は自の字を冠らせて自被動言・自使動言と言ひ、また他動言をもとにて出来たるには他の字を冠らせて他被動言・他使動言といふべきなり。さるはたとへば自動・他動をわくる処の第二格にて(流〔なが〕れ・流〔なが〕るる)といふは自動言にて(流〔なが〕し・流〔なが〕す)といふは他動言なるを、いづれも爰(ここ)の両言にして(流〔なが〕れられ・流〔なが〕れらるる)となるを自被動言といひ(流〔なが〕れさせ・流〔なが〕れさする)となるを自使動言といひ、又(流〔なが〕され・流〔なが〕さるる)となるを他被動言と言ひ(流〔なが〕させ・流〔なが〕さする)となるを他使動言と言ふ類なりと知るべし。
かくて又、別に心得べき事あり。それは被動言が一転して〈能動言〔ノウドウゲン〕〉(あたふうごきな)といふものになり、また被動言・使動言が一転して〈崇敬言〔ソウケイゲン〕〉(うやまふうごきな)といふものになる事なり。先づその被動言が能動言と崇敬言とになる事より示さんには、たとへば加行四段活なる(引〔ひ〕か)より良行下二段活にうつして(引〔ひ〕かれ・引〔ひ〕かるる)といへば即ち既に示せる被動言にて、(車〔くるま〕が人〔ひと〕に引〔ひ〕かるる)など言ひて車が人の為に然(し)かせらるる詞なるなり。然るにこれを一転して(此の車〔くるま〕は一人〔ひとり〕して引〔ひ〕かるる)とやうにいへば、車の大きからざるからに一人して引からるるといふ意味になりて、或る物が或るわざをしあたふ詞なる能動言となり、又、再転して(姫君〔ひめぎみ〕が文車〔ふぐるま〕を手づから引〔ひ〕かるる)とやうにいへば、姫君が文車を引きたまふをうやまひて言ふ意味になりて、或る物がする或るわざを他よりうやまひあがめていふ詞なる崇敬言となるなり。されば同じ(引〔ひ〕かるる)といふ詞にても、そのもちまへなる被動言になるがはじめにて、一転しては能動言となり、再転して崇敬言となるに准(なぞ)らへて、いかなる被動言も皆この例にて二転する事を知るべきなり。
さて使動言が崇敬言になる事はそのいひざまのいと狭きものにて、たとへばこれも(引〔ひ〕か)より佐行下二段にうつして(引〔ひ〕かせ・引〔ひ〕かする)といへば即ち既に示せる使動言にて、(母〔はは〕が女〔むすめ〕に琴〔こと〕を引〔ひ〕かせて)などいひて、母が女に然(し)かせさする詞なるなり。然るにこれを一転して(姫君〔ひめぎみ〕が琴〔こと〕を引〔ひ〕かせたまふ)とやうにいへば姫君の琴引きたまふをうやまひていへるにて、即ち崇敬言になれるなり。然るにこれは(せ)なる続用活より(たまふ)といふへつづくる例のみにて、切断活の(す)続体活の(する)などを崇敬言にする例は先づ無きが如し。是れ「狭し」といひたるわけなるぞかし。さあれば、もしこれは崇敬言には非ざるかとも思はるれど(何々〔なになに〕せさせたまふ)とやうにいふ(せ)は佐行下二段活の(二)なることもとよりなれば、これを何とか号(なづ)けん。然(し)か言ひたる詞づかひにして使動言ならぬ事のいと著名なるからは、これを崇敬言なりといふより外は、又、名づくる処無きを知るべし。
かくて爰(ここ)にことわり置くべきは、佐行下二段活なるもの、即ちここの使動言が一転して崇敬言と成るにたぐひては、自他をわくる條の第三格にて自動言の原活履言より佐行四段活にうつして他動言となすしかたと全く同じしかたにて、これは他動言を佐行四段活にしたるものが崇敬言となる事なり。その例を示さば、即ち彼の條なるしかたにて加行四段活の(引〔ひ〕き・引〔ひ〕く)といふ他動言より其の原活中の(か)を履言にして佐行四段活にうつし(引〔ひ〕かし・引〔ひ〕かす)といへば、他人が引くことをなすをばうやまひて言ふにて、即ち崇敬言になれるなり。余は准(なぞ)らへて知るべし。こは按(おも)ふに、他動言を佐行にうつせばその下二段活なるにも四段活なるにもかかはらず崇敬言になるなりと思はる。ただし使動言を転じてなるものには自動言よりなるもあるは、転活冠言の(さ)におのづから他動なる意のこもる故なるべし。
さてついでに示し置かん。この被動言・使動言には自動言よりも他動言よりも成る事なるは既に示せるが如し。然るに其れ等が一たびここの使動言になりたるものを二たび被動言にうつす事も有る事なり。さるはたとへば其もとが第一格よりなるものは、(引〔ひ〕)の本言が加行四段活なる(一)の(か)を履みて使動言になりたる(引〔ひ〕かせ・引〔ひ〕かする)という活(はたら)きの(せ)は、即ち(一)にて第二格中の下二段活なる履言のうちなれば、定例の如くそれを履みて冠言ある良行下二段活にうつり(引〔ひ〕かせられ・引〔ひ〕かせらるる)と言へば被動言になるが如し。又其のもとが第二格より成るものも同じ事にて、それはたとへば(着)の本言が加行一段活なる(一)の(き)を虚辞本言の例にて履(ふ)みて使動言になりたる(着〔き〕させ・着〔き〕さする)といふ活(はたらき)の(せ)は、(さ)を冠(かむ)りてあるにもかかはらず、即ちこれも(一)にて第二格中の下二段活の履言のうちなるは同じ事なれば、これを定例に履み、又活用も同じものにうつりて(着〔き〕させられ・着〔き〕させらるる)といへば被動言なるが如し。此等の事の委しきわけはなほ整言の処にていふを見て知るべし【本書下巻19/155「整言」参照】。
さても前條の自動言・他動言のこと、又此の條の被動言・使動言のことにつきてはなほ言はまほしき事多けれども、いちいちそれをいへばあまりくだくだしくなりて、初学の為にはかへりて紛らはしかるべければ略しぬ。
【補説】
ここで谷は被動言と使動言(今でいう助動詞「る・らる」のついた動詞と助動詞「す・さす」のついた動詞)を扱っている。谷は助用言(今でいう助動詞)に「る・らる」「す・さす・しむ」を認めておらず、作用言(今でいう動詞)の中の問題として考えている。被動言・使動言を二格に分けているが、今では第一格は動詞の未然形に「る」「す」の付いたもの、第二格は「らる」「さす」の付いたものに相当する。能動言・崇敬言は「る・らる」「す・さす」の受身・尊敬の用法に当たる。谷は「る」「す」を活言(今でいう活用語尾)と考え、原活履言は動詞の未然形活用語尾、転活冠言は「らる」「さす」の「ら」「さ」に相当する。


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