十三
〈形状言〔ケイジヤウゲン〕〉(ありさまごと)
〈尋常本言 清〔きよ〕〉 〈履辞本言 空〔むな〕〉〈履言〔し〕〉
〈別格履言 け〉〈活言 二 く 三 し 五 き 六 けれ〉
〈受言 さ〈体言になる〉 げ〈(に)と第二畢言にて受く〉 み〈続用する〉 け〈将言にて受く〉 が〈良行四段活になる〉 か〈良行変格活になる〉〉
形状言は用言三品のひとつにして、これは作用言を(しわざごと)といふに対(むか)へて(ありさまごと)といふにて、即ちそのかたちとしわざとに附きたるありさまをいふの詞なりとす。然してこれも作用言の如く本言と活言とによりてなりたつものなり。然れども其の活言は作用言のやうにさまざまなるがあるにはあらで、ただ加行音と佐行音とが交りてなれる一つの活用言あるのみなり。それは先づはじめに加行第三音なる(く)を置き、次に佐行第二音なる(し)を置き、其の次に加行第二音なる(き)を置き、又その次に加行第四音の(け)に助活言の(れ)を添へてなれる(けれ)をおき(く・し・き・けれ)と活用するものとす。さて本言には二種ありて、其の一つは作用言と同じく〈尋常本言〔ジンジヤウホンゲン〕〉(つねのもとごと)と言ひ、語例はたとへば(清〔きよ〕)といふ類なるが、この類はおほかた反対の意をもちて相むかへるもの多く、そはたとへば(浅〔あさ〕・深〔ふか〕)(早〔はや〕・晩〔おそ〕)(遠〔とほ〕・近〔ちか〕)(長〔なが〕・短〔みじか〕)等の如くなほさまざまあり。されど皆対ありと限るにはあらず、即ちはじめに挙げたる(清〔きよ〕)の類にて(無〔な〕・円〔まろ〕)等の如く対なきものもあれど、対あるものの如く多からず。
かくて爰(ここ)に挙げたる類を見わたして按(おも)ふに、この本言の語尾となる音は五十連音の第一言か第五音かに限りたるが如し。然れども稀には(憂〔う〕・旧〔ふる〕・危〔あやふ〕)の如き第三音なるも、(茂〔しげ〕・いぶせ・うたて)の如き第四音なるも有る事なり。またこれには対あるが多きにつきては、ただ二対なるのみにあらで、五味を(甘〔あま〕・辛〔から〕・酸〔す〕・苦〔にが〕・鹹〔しほはゆ〕)といひ、五色を(赤〔あか〕・青〔あを〕・白〔しろ〕・黒〔くろ〕)といふは、反対とはいひがたけれどなほ対のうちにして、しかも多対なるなり。ただし色のうちにて(黄〔き〕)のみ爰(ここ)の本言ならず、(黄〔き〕なり・黄〔き〕なる)と作用言に成りて対をなせるは、たとへば(無〔な〕・円〔まろ〕)は対なしといへども、それに対しては(有〔あ〕り・有〔あ〕る)(廉〔かど〕あり・廉〔かど〕ある)といふ作用言ありて(無〔な〕く・無〔な〕き)(円〔まろ〕く・円〔まろ〕き)と相むかへる類なるなり。かかるは畢竟(ありさま)即ち物の形容は一定せざるものにて、其の一定せざるは二様已上かはりたる対あるゆゑなれば、この本言どもにて同類中に対なきは必らず他類に対ある事なりと知るべきなり。
さて今一つは〈履辞本言〔リジホンゲン〕〉(〈し〉をふむもとごと〕)と言ひて、これには〈履言〔リゲン〕〉(ふまへごと)と号〔なづ〕くる(し)といふ詞ありて、この本言は必らずそれを履(ふ)むものとす。語例はたとへば(空〔むな〕)といふ類にて、これにも(久〔ひさ〕・恠〔あや〕・甚〔はなはだ〕)等なほ多し。即ちそれらが履言の(し)をふみて(空〔むな〕し・久〔ひさ〕し・恠〔あや〕し・甚〔はなはだ〕し)と成り、さて尋常本言と同格なる用をなすもの也。然るにこれは対あるものすくなくして、いと稀に(賑〔にぎは〕・寂〔さび〕)などがあるばかりの事也。又、爰(ここ)のある本言なる(悪〔あ〕・親〔した〕)などに対して、尋常本言の方に(善〔よ〕・疎〔うと〕)と相むかへるものあるなどもまた多からず。かくて作用言の続用言にもこの履辞本言になるものありて、(恋〔こ〕ひ・侘〔わ〕び・忙〔いそ〕が・悩〔なや〕ま)等の如し。これにつきては本書なる用言比較表の末の処【『言語構造式』38/41参照】に『さて作用言の続用言より成る用体言と字音言と常の体言と(中略)これに形状言の尋常本言を加へて、夫等を重畳すれば形状言の履辞本言と成る事を心得置くべし』といひ置きつる例を爰(ここ)に挙ぐべし。さるは作用言の続用言は直ちに(し)をふみて爰の本言になるのみならず、それを重畳して(狎〔な〕れ狎〔な〕れ・好〔す〕き好〔ず〕き)といひ、又、常の体言にては(物々〔ものもの〕・事々〔ことごと〕)といひ、字音にては(美々〔びび〕・騒々〔さうざう〕)と言ひ、爰(ここ)の尋常本言にては(長々〔ながなが〕・弱々〔よわよわ〕)といふ類は皆、然(し)か重畳したるより(し)を履(ふ)みて爰の本言に成るなりとしるべし。
已上にて本言と活言との事をひとわたり解き終りたれば、それを続けて全くの形状言といふものにして見すれば、尋常の本言の(清〔きよ〕)を活言の(く・し・き・けれ)へつづけては(清〔きよ〕く・清〔きよ〕し・清〔きよ〕き・清〔きよ〕けれ)となり、履辞本言の(空〔むな〕)が履言の〔し〕を踏みたる(空〔むな〕し)を同じく活言の(く・し・き・けれ)へつづけては(空〔むな〕しく・空〔むな〕し・空〔むな〕しき・空〔むな〕しけれ)となるが如し。又、重畳したるものも同じ事にて、(狎〔な〕れ狎〔な〕れしく・狎〔な〕れ狎〔な〕れしき)(物々〔ものもの〕しく・物々〔ものもの〕しき)(美々〔びび〕しく・美々〔びび〕しき)(長々〔ながなが〕しく・長々〔ながなが〕しき)となる類なれば、余は准(なぞ)らへて知るべし。
然るに爰(ここ)に人の疑ふべきものあらむ。さるは履辞本言の(し)を踏みたるものより活言の(し)へつづくる時は、たとへば(空〔むな〕しし)といはねばならぬやうに思はるるを、さはなくてただ(空〔むな〕し)と挙げたるはいかなる故ぞと疑ふなるべし。実に然り。然れどもこれはもと履言の(し)と活言の(し)とが重なるを厭ひ、一つを略(はぶ)きていひたるにて、さる例は数量名言にて(よろづ)と言へる本言の尾音なる(づ)と附言の(つ)とを重ねて(よろづつ)といひては唱へのよからぬによりて、その一つを略(はぶ)きていふからに、本言のままに言ふ時も(よろづ)といひ、附言をつけていふべき時にも(よろづ)といふと同じ事にて、爰(ここ)のも履辞を踏みたる本言のままにいふ時も(空〔むな〕し)といひ、活言の(し)をつけていふべき時にも(空〔むな〕し)と言ふなり。即ちここに挙げたるものの傍のしるしに、履辞なるは(し【傍線白抜き】)とし、活言なるは(し【傍線黒】)とし、それを合せていふものを約(つづ)めて一つ略(はぶ)きたるは(し【傍線白抜き+黒】)としたる心じらひを見るべし。この事を本書には『此本言より切断活へ係るとき、履言と活言とを約(つづ)めて只〔し〕といふ例とす』と示し置きたるなり【『言語構造式』17/41参照】。さて前條の第三格中なる第四不言にて(まじく・まじ・まじき・まじけれ)と活用する処は全く爰(ここ)の履辞の(し)と同じ事なれば、なほここの例にて活言の(し)にて受くるとき(まじし)といふべきを、さは言はず(まじ)とのみ言ふなりと知るべし。かくて其の断続格は(く)が(二)(し)が(三)(き)が(五)(けれ)が(六)なるなり。
さて又これにも助用言にて受くる事と希求する事とは無き故に(一・四・七)は入用ならざるなりと知るべし。ただし助用言にては受けざれども、ただ一つ続用活の(く)より(て)と受くるものありて、その(て)は竟言の(二)なる(て)によく似てはあれど、是は指示言の処に(かくて)(さて)といふ事のあるを挙げ置きたると、間格なる第三次助言に(にて)とあるものと間格第七助言の(と)を(て)と受けて(とて)といふ事のあるとを示し置きつるが、其等の(て)と同じ事にて、竟言の(て)にはあらぬ、活用せざる一格のものなりと知るべし。
さていまだ示しては無けれど、相動将格助言の(ば)はすべての作用言の(一)を受くる例なるを、この形状言にては(二)なる(く)をうけて(くば)といふものとす。又、反動将格助言の(とも)はすべての作用言の(四)を受くる例なるを、これもこの形状言にては(二)なる(く)をうけて(くとも)といふものとす。かかるは(一)も(二)も(四)も同じ続用活のうちなれば、相動・反動ともに将格助言は用言の続用活のうちをあれこれと受けわくる定まりなりと見てあるべし。又、序(ついで)にいひ置かん。前條なる助用言第一格中の不言の(二)なる(ず)も、ここの(く)とよく似たるものにて、活用せざる一格の(て)相動将格助言の(ば)反動将格助言の(とも)にて受けて(ずて)(ずば)(ずとも)といふ事なるを知り置くべし。
かくてこの形状言には既に示せる如く履辞本言といふがありて(し)といへる履言を踏む事ある外に、なほ〈別格履言〔ベツカクリゲン〕〉(ことなるふまへごと)といふ(け)なるものありて、これは尋常本言よりも履辞本言の(し)をふみたる物よりも踏むものにて、たとへば(清〔きよ〕)も(空〔むな〕し)もこの(け)をふみて(清〔きよ〕け)(空〔むな〕しけ)となるが如し。さてしかなりたる上は、それが又(く・し・き・けれ)の活言へはたらき行きて(清〔きよ〕けく・清〔きよ〕けき)(空〔むな〕しけく・空〔むな〕しけき)となる類なる也。但しこの別格履言は形状言なる尋常・履辞の両本言どもが皆必らず踏むといふ定まりにはあらず。中には(け)を踏みては言ひ難きものもある事なり。然るにまたそれらの定まりとは異にして(長閑〔のど〕か・遥〔はる〕か・静〔しづ〕か・平〔たひら〕か)などいへる(か)を踏める形容言どもは、その履言なる(か)をここの別格履言なる(け)に転ずればまた爰の格になり(く・し・き・けれ)と活用して(長閑〔のど〕けく・長閑〔のど〕けき)(遥〔はる〕けく・遥〔はる〕けき)(静〔しづ〕けく・静〔しづ〕けき)(平〔たひら〕けく・平〔たひら〕けき)とやうにはたらくなり。
又、甚だ稀(ま)れなる事なれども、常の体言よりこの履言を踏みて同じ活用になるは(露〔つゆ〕)といふ詞が(け)をふみてさて(露〔つゆ〕けく・露〔つゆ〕けき)と成るが如き、特別なるものもあることなるを知るべし。
【補説】
ここで谷は形状言(今でいう形容詞)を扱っている。形状言には「一つの活用言あるのみなり」として、ク活用とシク活用の別については、シク活用を「今一つは履辞本言と言ひて、これには履言と号くる(し)といふ詞ありて、この本言は必らずそれを履むものとす」と説明、つまり差異はあっても下位分類にすぎないとしている。
注目すべきは「なり」に関する次の記述である。「(黄なり・黄なる)と作用言に成りて対をなせる」。谷は現在形容動詞として分類される「状態・感情を表す体言+なり」を作用言(今でいう動詞)と考えていた。この「なり」についてこれ以上の説明はないが、助用言(今でいう)第三格の第二畢言(今でいう完了の助動詞)「なり」の記述から、「に+あり」の約言(省略形)と考えていたと推測される。
後半では形状言(今でいう形容詞)の履言「し」が切断格で略言されること、助体言(今でいう助詞)の「ば・て・と」への接続が切断格(今でいう終止形)でなく続用活(今でいう連用形)でなされること、別格履言〈け〉について説明している。最初の点については現在、ク活用とシク活用として処理されており、最後の点は主に上古のク語法として説明されている。
以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
後半では形状言(今でいう形容詞)の履言「し」が切断格で略言されること、助体言(今でいう助詞)の「ば・て・と」への接続が切断格(今でいう終止形)でなく続用活(今でいう連用形)でなされること、別格履言〈け〉について説明している。最初の点については現在、ク活用とシク活用として処理されており、最後の点は主に上古のク語法として説明されている。
以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。

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