右の目録は、本書なる「言語構造式」の原図を少し換へて出せり。捜索の目録を兼ねて、言語組織の順序をして一目瞭然たらしむる為なり。然して上巻の分類図よりも此の組織図のかたの換へたる処多きは、もと本書は目録のやうにして聊(いささ)か註を加へたるものなるが、今は此の下巻にて委しく説かむとするからに、註どもは不用になりたれば、それを略(はぶ)きて見易きやうに書き換へたるなり。然るに此書の本文は本書の註によりて説きたるものゆゑ、此目録とは違へるやうなる処あれど、妨げなきなりと知るべし。本書、即ち「言語構造式」を持たぬ人の為に爰(ここ)にことわり置く。
さて緒言にもいへる如く、此書は己が一異見より成れるものなれば、人の聞き尤(とが)むべき名目どもの多き中に、此下巻は殊に新案のかた多ければ、ふと見ては妥当ならぬが如き名目のありがちなれば、或ひは人の厭ふにも至らん事を恐るるなり。然れどもそれが己の世に得意をもとめて誇らんとする所なれば、希(ねがは)くばさる心して読みてよかし。さてさはいふものの、なほたちかへりて思ひみるに、いかにすとも此書にて世の賛成を得ん事は、かたしとも難かるべし。依(より)ては早晩これに徴証し、昔より今世にわたり大かたの人のゆるせる歌・文章どもの誤謬あるを論(あげ)つらひて、己が此(この)「詞の組たて」にいふ所は僻説のみにはあらざるよしをはやく人に知らせてんと思ふは、吾(わが)日本語学の廃(すた)れはてたるを嘆きて、おふけなくもそれ救はんとする真心なるぞかし。
【補説】
ここは目録であるが、末尾の文章は下巻の緒言にあたる。本書は『言語構造式』の注釈書であり、上巻が言語の分類図であるのに対し、下巻が言語の構造図であると両巻の位置付けを確認している。独自の新しい文法用語を多く使用していることについて「いかにすとも此書にて世の賛成を得ん事はかたしとも難かるべし」と悲観する一方で「それが己の世に得意をもとめて誇らんとする所」と並々ならぬ自負を披瀝している。「依ては早晩これに徴証し、昔より今世にわたり大かたの人のゆるせる歌・文章どもの誤謬あるを論つらひて、己が此詞の組たてにいふ所は僻説のみにはあらざるよしをはやく人に知らせてん」と、本書の所説の実証を企図していたことが分かる。その書は実現せず、本書の刊行は谷の没後であった。





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