言語構造式註解【『言語構造式』は1884年(明治17年)刊の谷による小冊子】
詞の組たて下巻
谷 千生著

〈言語組織三格〔ゲンギヨソシヨクサンカク〕〉(ことばのくみたてかたのみつのさだまり)

 詞の組たてかたを論ずるにつきたては、其の手つづきに三格ある事を先づ心得べし。但し(ことばのくみたてかたのみつのさだまり)といへば、上巻に声音を元素に擬(なぞ)らへ称呼を天然物になぞらへ言語を構造品に擬(なぞ)らへて言ひたる事あるによく似たるゆゑ、見む人「その事なり」とな思ひ混(ま)がへそ。爰(ここ)にいへるは、其のうちなる構造品に擬(なぞ)らへたる言語の組織には、それを三格にわかちて示すべき事あるなりと知るべし。さるは先(まづ)第一に、言語を構造するにつきて其の準備にあつるもの、即ち(したごしらへ)なるものあるを備言といひ、第二にそのしたごしらへよりしあげて整頓せるもの、即ち(できあがり)なるものを整言といひ、第三にそのできあがりたるを応用するもの、即ち(いひつづけ)なるものありて、この時はさまざまに言ひ換へねばならぬものなれば、これを変化言といふなり。さて已上の如くにわかちて論ずるからに、これをば言語を組織するてつづきの三格とは言ふなりかし。されば次條より此の三格をわけて説きはじむるを見るべし。

十四
〈備言〔ビゲン〕〉(そなへごと)

 爰(ここ)に挙ぐるものを備言と名付けしは、言語のしたごしらへをなして備へて置くといふ意もあり、又それぞれの定格をもち備へたりといふ意もあるより、然(し)か号(なづ)けたるなりと知るべし。さてそのなりたちを言へば、先づ或る物名言を上に置き、其の下に備格助言どもを添へて、それぞれの備言となすものなる事、左の如し。

備言〈物名言 備格助言〉
 ―基格言〈物名言 基格助言〉
     ―△主格言〈物名言 主格助言〉
         ―賓格言〈物名言 賓格助言〉
            ―△奪格言〈物名言 奪格助言〉
            ―△与格言〈物名言 与格助言〉
 ―△間格言〈物名言 間格助言〉
     ―△間格第一言〈物名言 間格第一助言〉
     ―△間格第二言〈物名言 間格第二助言〉
     ―△間格第三言〈物名言 間格第三助言〉―△間格第三次言〈物名言 間格第三次助言〉
     ―△間格第四言〈物名言 間格第四助言〉―△間格第四次言〈物名言 間格第四次助言〉
     ―△間格第五言〈物名言 間格第五助言〉―△間格第五次言〈物名言 間格第五次助言〉
     ―△間格第六言〈物名言 間格第六助言類〉

 備言は右の如く、物名言を備格助言にて受けて成るものにて、それが先づ基格言・間格言と別れ、その基格言は主格言・賓客言と別れ、その賓格言は奪格言・与格言と別るるものとし、又、間格言は第一言より第六言までに別れ、その第三言・第四言・第五言には各次言あるものとす。さればすべては△印つけたる十二品なるなり。但し間格第六言はその助言が一つならねば、助言のかはりたるが幾品かあるなりと知るべし。
 さて已上の格をそれぞれ実物にあてて示せば、即ち本書【『言語構造式』18/41参照】に挙げたるものにて、基格言なる主格言は〈水〔みづ〕が〉、奪格言は〈舟〔ふね〕を〉、与格言は〈水〔みづ〕に〉といふ類(たぐ)ひ、又、間格言なる第一言は〈河〔かは〕を〉、第二言は〈河〔かは〕に(丹)〉、第三言は〈河〔かは〕に(尓)〉、第三次言は〈河〔かは〕に(尓)て〉、第四言は〈河〔かは〕に{尓}〉、第四次言は〈河〔かは〕へ〉、第五言は〈橋〔はし〕に[尓]〉、第五次言は〈橋〔はし〕と〉、第六言は〈河〔かは〕より〉〈河〔かは〕まで〉〈河〔かは〕から〉〈河〔かは〕ほど〉〈河〔かは〕ゆゑ〉〈河〔かは〕すら〉〈河〔かは〕ばかり〉〈河〔かは〕ながら〉といふ類ひなるなり。但しここに挙げたるものは、その物名言を皆単称言にしたり。然(し)かあるは、もと簡短なるを取りたるなれば、実用にあたりては複称言をもてする事あるも、もとよりなりと知るべし。かかればこの備言は、単称なるにも複称なるにもかかはらず、すべての物名言を取りて上に置き、其の下を備格助言にて受けて成るものにて、これが即ち言語を組織する三格のはじめなる準備にあたるものなるなりとしるべし。されば称呼をわけたる体言三品のうちなる物名言は、ここなる備言といふものにしたる上ならでは言語にならぬものぞといふ事を、確定して心に覚え置くをよろしとす。
 さてその備言どものそれぞれの持(もち)まへをいへば、基格言(もとのさだまりごと)といふは、次條の整言、即ち基言といふものを作るに入用なる備言なるなり。是れが別れて成る主格言(ぬしになるさだまりごと)といふは、その整言中の主格となるものにて、いかなる整言といへども此の備言を置かざるものは無き事にて、これなくては何事もことばをなさざるほどの要用なるものなるなりと知るべし。かくてそれに対する賓格言(あひてになるさだまりごと)といふは、主格の相手になる賓格にて、それが二つに別れたる、その一つなる奪格言(ぬしのうばふさだまりごと)といふは、即ち主格となるものがその相手にする処の此の奪格になるものの権利を奪ひて、その動きを己がままにするものとし、今一つなる与格言(ぬしのあたふるさだまりごと)と言ふは、これは主格となる物が同じくその相手にする処の此の与格となる物に己が権利を与へて、その動きをこれに任(まか)するものとす。此の二つは整言のおもむきによりてつかふものにて、主格の如くすべてにわたりて置かねばならぬものには非ざるなり。然れども其の組み立てかたよりいへば、与格言・奪格言の二つもまた入用なる処には無くてはならぬものにて、主格言に次(つぎ)て要用なるもの也と知るべし。
 さて間格言(はさむさだまりごと)といふは、基格言の如く整言を作るに必らず入用のものとは無くて、これはただ其の組み立ての都合によりて、整言中へさしはさみて置くまでのものなるなり。さればもしは之れを置かざるも妨げ無くて、さるは基格言が整言の基格を作るに必らず入用にて、もし之れを置かざれば語を成さぬものと成る類には非(あ)らざる也と知るべし。然してそれには第一言より第六言まで六品ある上に、次言といへるも三品あり。また第六言には本書に挙げたるすら八品ありて、なほ其余にもありげなれば、すべては二十品前後はあるべきなり。又、この間格言どものかたちをただに見たる処にては、第一言は奪格言と同じく、第二言・第三言・第四言・第五言の四品は与格言と同じくして、甚だ紛らはしきやうなれど、其の実は区別あきらかなるものなるなり。又、第二言より第五言までの四品の差別をいへば、第二言の助言は之れを言ひ換ふる事のならぬものとし、第三言・第四言・第五言の助言どもは、之れをそれぞれの次助言に言ひ換ふる事のなるものとするは、間格助言の処に言ひ置けるが如き違ひあるなり。その語例は間言格の処に挙げて示すを見よ。かくて第六言どものそれぞれ意の違ふ事も、これ又、間格助言の処にいへるを見るべし【本書上巻55/133「第六間格助言」参照】。さればこの間格言どもは、整言の処にてはいまだ入用ならずして、それを応用するもの、即ち基格整言を変化せしむるに入用なる備言なりと知るべし。

【補説】
 「目録」の最後で下巻を「言語の構造図」を示すと位置付けた谷は、ここの「言語組織三品」において「言語構造」が「備言」「整言」「変化言」の三品から組織されるとしている。谷の言う「備言」「整言」「変化言」は簡明な説明が難しいが、「備言」は「文節の生成(但し述部を除く)」、「整言」は「文の生成(但し用言のみによる終止形終止に限る)」、「変化言」は「生成された文の変成」と考えてよいかと思う。「備言」は具体的には物名言(今でいう名詞)に助言(今でいう助詞)がつくことで様々になされると谷は説明している。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・声音:音韻
・称呼:単語
・物名言:名詞
・助言:付属語
・体言:活用のない語

4118