十五
〈整言〔セイゲン〕〉(ととのへごと)

 爰(ここ)に挙ぐるものを整言と名付けしは、前條のしたごしらへなる備言を用ゐ、それにしあげのわざを加へ整頓せしめて、即ち言語ができあがりになりたりといふ意にて然(し)か号(なづ)けたるなりと知るべし。さてそのなりたちは、備言と作用言とにて成るものとす。左の如し。

整言基格
  ―自動格―〈主格備言―作用言 自動言切断活〉
    ―自被動格―〈主格備言 与格備言―作用言 自被動言切断活〉
    ―自使動格―〈主格備言 与格備言―作用言 自使動言切断活〉
  ―他動格―〈主格備言 奪格備言―作用言 他動言切断活〉
    ―他被動格―〈主格備言 奪格備言 与格備言―作用言 他被動言切断活〉
    ―他使動格―〈主格備言 奪格備言 与格備言―作用言 他使動言切断活〉

 整言の基格は右の如く、基格備言を作用言の六種にて受けて成るものにて、それは先づ自動格・他動格の二つに別るるものなるが、その自動格は備言の主格を直ちに作用言の自動言にて受けて成り、他動格は備言の主格の下へ今一つ、備言の奪格を加へたるものを作用言の他動言にて受けて成るものとし、又、此の二格より別れて被動格二つと使動格二つとになるものとす。さて然(し)か二つづつに成るわけは、作用言の被動言・使動言の所にていひ置きつる如く、もと此の両言は自動言・他動言のいづれよりも来たるものなれば、其の原言なる自他の字を冠らせてその来たる処を別(わ)かてば各二言づつになる故、ここの格も又二つづつに成るなりとしるべし。さればその自動格より別れて成るものは、自動格にならひて先づ備言の主格を置き、その下へ今一つ備言の与格を加へたるものを作用言の自被動言にて受けてなるものを自被動格とし、自使動言にて受けてなるものを自使動格とし、又、他動格より別れてなるものは【原書は「もは」。「の」の脱と見て補う】、他動格にならひて先づ備言の主格と奪格とをかさね置き、その下へ今一つ備言の与格を加へたるものを作用言の他被動言にて受けて成るものを他被動格とし、他使動言にて受けて成るものを他使動格とする事にて、已上の六格を整言の〈基格〔キカク〕〉(もとのさだまり)とはいふなりと知るべし。
 さてそれ等の格へそれぞれ実物をあてて示せば、即ち本書【『言語構造式』19/41参照】に挙げたるものにて、自動格は〈舟〔ふね〕が流〔なが〕る〈三〉〉といふ類(たぐ)ひ、他動格は〈水〔みづ〕が舟〔ふね〕を流〔なが〕す〈三〉〉といふ類(たぐ)ひ、自被動格は〈水〔みづ〕が舟〔ふね〕に流〔なが〕れらる〈三〉〉といふ類(たぐ)ひ、自使動格は〈水〔みづ〕が舟〔ふね〕に流〔なが〕れさす〈三〉〉といふ類(たぐ)ひ、他被動格は〈舟〔ふね〕が身〔み〕を水〔みづ〕に流〔なが〕さる〈三〉〉といふ類(たぐ)ひ、他使動格は〈舟〔ふね〕が身〔み〕を水〔みづ〕に流〔なが〕さす〈三〉〉といふ類なりと知るべし。これをその備言と作用言との意につきて悉(ことごと)しくいへば、主になる舟といふものが自体の(流るる)といふ動きをなすをば自動格といひ、主になる水といふものが客になる他体の舟といふものの権利を奪ひてその他体を(流す)といふ動きをなすをば他動格といひ、主になる水といふものが客になる他体の舟といふものに権利を与へて、その他体よりいへば自らする動きよりきたる(流れらる)といふ他にせらるる事か、(流れさす)といふ他にせさする事かの動きをなすをば自被動格・自使動格といひ、主になる舟といふものにして先づ客に比すべき身といふものの権利を奪ひたるものが、今一つ別の客になる他体の水といふものに権利を与へて、その他体よりいへばまた他なる主よりする動きより来たる(流さる)といふ主のせらるる事か、(流さす)といふ主のせさする事かの動きをなすをば他被動格・他使動格といふなり。
 さて此事は初学にはすこしく悟りがたきかたもあるべけれど、よく心をひそめていくかへりも読み味ひなば、やがて明(あきら)かに弁(わきま)へられて、世に完全なる定めも見えざる詞の自他の事は、作用言なる自・他・被・使の四言を解きたる処【本書上巻89/133「自動言・他動言」同96/133「被動言・使動言」参照】と此の処とにて、惑はんふしも無くたしかに心得らるるやうになりぬべきものぞかし。
 さても本書には他被動格・他使動格の処に〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕に流〔なが〕さる〈三〉/さす〈三〉〉と挙げて、その奪格なる〈身〔み〕を〉といふ事を略したれば、これを怪しむ人もあらん。よりてことわり置かむ。もとより然(し)か略したるが本格にはあらず。こはその主格なる舟よりいへば、奪格なる身といふものは全くの他体にはあらざるゆゑに、これを略しても聞(きこ)ゆるからさる格もままあるより、その略格にて示せるなり。然れどもたとへば自被動格にて〈人〔ひと〕が舟〔ふね〕を水〔みづ〕に流〔なが〕さる〈三〉〉といふ如きは、その奪格なる「舟を」といふを略(はぶ)く事は決してならざるものなるは、主なる人と客なる舟とは全く他体なる故なるなり。されば主となり客となるものが全くの他体ならぬとき略(はぶ)きていふ事もあれど、そはなほ言外にこもりてあるものにて、此の格は必らず奪格を備へざれば語をなさぬものなりと心得てあるべし。
 又、已上に挙げたる整言の実例どもの作用言の傍に(三)の字を附したるは、これぞ作用言の断続格を示す処【本書上巻75/133「作用言」参照】にて約束し置きたる、数量字をもて断続の名称にあてたる、其の切断活にあたるものにて、此の基格整言は既に挙げ置きたる如く、その作用言を必らず切断活にすべきものなるから、即ち(三)の字を附し〈流〔なが〕る〈三〉〉〈流〔なが〕す〈三〉〉〈流〔なが〕れらる〈三〉〉〈流〔なが〕れさす〈三〉〉〈流〔なが〕さる〈三〉〉〈流〔なが〕さす〈三〉〉と誌して、みな切断活なる事を知らしめたるなりとしるべし。
 さてかく簡短なる六格の整言が煩雑かぎりもなき千言万語のいひつづけのもとをなすものなれば、これを基格といふ事にて、それが然(し)か煩雑なるものになり行くにも、又、規則あるをば〈変化格〔ヘンクワカク〕〉(かはるさだまり)といひて、それは助言の略称と備言の転置と間言の挿入と助体言中の整格助言の扱ひ等によりて成るものなること、次條より解き起(おこ)すを見るべし。

【補説】
 ここで谷は「整言」について説明している。「基格整言」は、述語となる動詞の自・他と被・使の組み合わせにより6種類に分類され、それぞれ文の基本的な形、「基格」であるとしている。「基格整言」はただ主語と述語が単純に結合されるだけであり、活用形も「〈三〉切断活(終止形)」に限られ、形容詞も助動詞も一切加わらない。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・作用言:動詞
・切断活:終止形
・断続格:活用
・助言:付属語
・助体言:助詞

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