廿八【原書にはない。目録により補記】
〈願望格〔グハンマウカク〕〉変化第廿三格(ねがふさだまり)
この格は助体言の雑類助言の処に願望助言として出せる(なん)(ね)(ばや)(もが)(しが)(がに)の六つにて整言を受けて成るものとす。語例どもは本書【『言語構造式』29/41参照】に出せる〈水〔みづ〕よ舟〔ふね〕を流さ〈一〉なん/ね〉〈舟〔ふね〕を流〔なが〕さ〈一〉ばや〉〈流〔なが〕るる舟〔ふね〕もが〉〈舟〔ふね〕の流〔なが〕れ〈二〉しが〉〈舟〔ふね〕が/の流〔なが〕る〈四〉/るる〈五〉がに〉といふ類の如し。
〈なん〉は世に「願ひのなん」といへるものにて、作用言の(一)を受くるなり。〈ね〉は一種のものにて、これも作用言の(一)を受くれど、その作用言は自・他・被・使の四言いづれよりも受くるものとはおもはれず。さるは此の〈ね〉をつかひたるは万葉集の歌などに多く見えて、今世にはあまりつかはざる古言なり。しかしてこの〈ね〉にて受けたる作用言の古歌どもに見えたるは、被・使両動言を示せる処に、他動言を佐行四段活にしたるものが崇敬言に成るといひ置きたるものなり。されば皆〈さね〉とつづきたるもののみを見るなり。此の詞なほこの崇敬言ならぬものをも受くるにや、よく考ふべし。〈ばや〉は本書に『是れは他動格なる相動将然格の前置言を〈や〉と受けて成る』といひ置きたるものにて、然(し)か受くればおのづから願ふ意に成るなりと知るべし。さて〈もが〉〈しが〉【原書は「しが」に傍線なし。脱として補う】は一対なる願ひ詞の助言にして、〈もが〉は体言を受け〈しが〉は作用言の〈二〉を受くるさだまりなり。然(し)かして此の二つを感慨助言の〈な〉にて受くれば〈もがな〉〈しがな〉と成るなり。然るを世には其の〈も〉〈し〉の補言を引放(ひきはな)ちて〈がな〉となるものを「願ひの詞なり」と思へるは、いみじき誤りなりかし。〈がに〉は古格にては作用言の(四)をうけ、尋常格にては(五)を受くるなり。又、此〈がに〉を古くは〈がね〉ともいひたる事あるを心得置くべし。
已上は本書に願望助言として出し置きつるものをつかひたる願望格なり。此外には古く〈乞〔こ〕ひ好〔この〕む〉などの〈こ〉を佐行下二段に活(はたら)かして(こせ・こす・こする・こすれ・こせよ)としたる願望する助言ありしとおぼしくて(こせ〈一〉ぬ)と(一)より不言の〈ぬ〉にて受けたるもの、(こす〈四〉な)と(四)より禁止言の〈な〉にて受けたるもの等あり。然るにこれにたぐひたる(こそ)といふ願ひの助言ありて、そは決定第二助言の(こそ)とは異なるものなるは誰も知れれど、又いかなるなりたちなるかを知れる人無し。仍(より)て按ずるに、こは(こせよ)の〈せよ〉を約(つづ)めて〈そ〉としたるにて、其の(こせよ)は願望する助言のうちにて、しかも(七)なる希求活にあたれるから願ふ意のいよいよ深くなりて、願望する処に用ゐるによろしければ、しばしばつかふままに終(つひ)には約(つづま)りて(こそ)とは成れりしならむ。(こする・こすれ)とつかひたる例は無けれど、(こせ・こす)と(こせよ)の約言の(こそ)とをつかふさまにて、然(し)か活用せる助言のありし事を知るべきなり。
又、助用言の第二将言の〈六〉なる(ましか)を相動已然格にして(ましかば)といへば、それを受くるにまた(まし)にて応ずる事なるは通例なるを、その応ずる(まし)を略(はぶ)きて(ましかば)と留まりたる歌には、また、願望する意なるが多し。さるは其の略(はぶ)きたる詞を(うれしからまし)(よからまし)などとあつれば聞(きこ)ゆるにて知るべし。これらが他言より変化し来(きた)りて願望する意に成れるなり。かかる類なほあるべし。
廿九
〈間称助言格〔カンシヤウヂヨゲンカク〕〉変化第廿四格(はさみでにはをつかふさだまり)
此の格は助体言の雑類助言の処に間称助言として出せる(し)(しも)の二つを整言中へさしはさむ格にて、語例は本書【『言語構造式』29/41参照】に出せる〈舟〔ふね〕し/しも流〔なが〕る〉〈水〔みづ〕が舟〔ふね〕をし/しも流〔なが〕す〉〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕にし/しも流〔なが〕さる〉〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れし/しも下〔くだ〕る〉といふ類の如し。しかして本書に『此の〈し〉〈しも〉の置き処は集合・分別両助言の置きかたと同じ事にて、只整言を重畳せざるものに用ゐるなり』といひ置きたるにて、そのつかひかたを知るべし。即ち第一のは主格助言の〈が〉を略(はぶ)きて(し・しも)に換へたるもの、第二のは奪格を受けたるもの、その第三のは与格をうけたるもの、第四のは作用言の直接に続用したる間にはさめるものにて、かの相動・反動の両格なる(も)(は)の置きかたと全く同じきなり。ただしその両格は必らず整言を重畳して成るものなれど、これは然らざれば、ことわりたるなりとしるべし。
さて此の(し・しも)は世に「やすめ詞」といひて、語中へさしはさみて調べを優美ならしむる為のものなりと言ひ来りたれど、よく思へば(し・しも)の〈し〉は佐行第二音にして、さし加ふるの意味を含みたる音なるより、おのづからさる意をもちて此の間称助言は事をいひ添ふる処に用ゐるべきものなれば、まづは〈さへ〉と例釈して聞(きこ)ゆる処の外は、みだりに置くべからざるものなりと知りてよろしかるべし。
ついでにことわり置かむ、此の(し・しも)は作用言へかかるが主意なれば、ここに示したる語例の如きがその定格にはあれど、又、間接に体言をへだてて作用言へかかる事もありて、譬へば第二・第三の置きかたを換へて〈水〔みづ〕し/しも舟〔ふね〕を流〔なが〕す〉〈舟〔ふね〕し/しも水〔みづ〕に流〔なが〕さる〉とやうに、〈舟〔ふね〕を〉〈水〔みづ〕に〉といへる体言を隔てて〈流〔なが〕す〉〈流〔なが〕さる〉の作用言へかかる事のあるを知り置くべし。
丗
〈重畳竟言格〔チヨウデフキヤウゲンカク〕〉変化第廿五格(かさねでにはをつかふさだまり)
この格は助体言の雑類助言の処に重畳竟言として出せる(つつ)といへる助言のつかひかたなり。語例は本書【『言語構造式』29/41参照】に〈舟〔ふね〕漕〔こ〕がれつ流〔なが〕れつす〉といふべきを、〈舟〔ふね〕が漕〔こ〕がれつつ流〔なが〕る〉といふとやうに挙げたるにて、先づ知るべし。
〈つ〉は竟言、即ち(て・つ・つる・つれ・てよ)と活用せるものの(三)、即ち切断活なるを重畳して〈つつ〉とすれば続用せるものになるは、たとへば〈見〔み〕る〈三〉〉〈聞〔き〕く〈三〉〉といへる切断活の詞も重畳して、〈見〔み〕る見〔み〕る〉〈聞〔き〕く聞〔き〕く〉といへば続用するものに成る如くにて、〈つつ〉はいつも続用する詞なりと知るべし。されば歌にて〈つつ〉と留まりたるは、上へかへりて続くべき用言あるか、さらずばその続くべき用言を略したるにて、たとへば〈流〔なが〕れつつあり〉といふべき〈あり〉を略(はぶ)きたるなり。然(し)かして其の詞のもとは〈流〔なが〕れつ流〔なが〕れつあり〉といふ意なる事を知るべし。
かくてこの〈つつ〉は実は体言ならずして用言の重畳せるものなれども、一種特別なるものにて、世には〈てには〉といひ習へる助体言のつらにかぞふるものなるから、それに随ひたる事なるは既にもいへるが如し。
【補説】
ここで谷は「願望格(今でいう「願望の終助詞」を使う構文)」「間称助言格(今でいう副助詞「し」を使う構文)」「重畳竟言格(今でいう副助詞「つつ」を使う構文)」を扱っている。

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