丗三
〈助言転置格〔ヂヨゲンテンチカク〕〉変化第丗格(てにはをおきかふるさだまり)
此の格は既に示せる決定格の(ぞ)と疑問格の(か)との居所を転置する格なりとす。さて然(し)か転置するは何の為ぞといへば、常の決定格・疑問格、即ち既に示せるものにては、その決定し疑問する処は、その格の整言総体へかかるものにて、たとへば〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕に流〔なが〕さるるぞ/か〉といへば、舟が水に流さるる【原書は「流さゝる】。誤記として訂正】事を、或ひは決定し或ひは疑問するものなるを、此の格にては、その決定し疑問する事が整言の総体へかからずして、整言中の或る語へのみかかる時に、そのかかる処の語の下へ、作用言を受けて居る〈ぞ〉〈か〉を置き換ふる格なるなり。さるはたとへば、〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉ぞ/か〉といふ格にて、今は総体を決定し、あるは疑問する事を止めて、〈舟〔ふね〕が〉といへる主格か、あるは〈水〔みづ〕に〉といへる与格かを決定し、疑問したしと思はば、即ちその主格か与格かの【原書は「かと」。誤記として訂正】下へ、作用言を受けて居る〈ぞ〉〈か〉をまはして、〈舟〔ふね〕ぞ/か水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉〉といひ、〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕にぞ/か流〔なが〕さるる〈五〉〉といふ類に転置するものなり。かかれば然(し)か転置したるあとは、もと〈ぞ〉〈か〉へつづきたる【原書は「つづきる」。脱字として補う】(五)、即ち続体活なる作用言が残るものなりとしるべし。〈ぞ〉〈か〉を分けて語例を示すべし。
オ
さて右の如く転置するにつきては、その転置しての〈そ〉〈か〉の置きかたは本書【『言語構造式』31/41参照】の注に『此の格にて〈ぞ〉〈か〉を転置しての置き処は、集合助言の〈も〉・分別助言の〈は〉、また間称助言の〈し〉〈しも〉の置き処と同じくして、只相動格なる〈ば(者)〉〈ば(波)〉を受くるものを増すのみなり』といひ置きたるにて知るべし。さるはその〈も〉〈は〉〈し〉〈しも〉にて受くるしかたは、それぞれの処にて示し置きたる如く、整言中の備言どもをうくる事なるが、その中に主格のみはその助言の〈が〉を略(はぶ)きて之(こ)れにかはり、作用言の直接に続用したるものにはさむ等、すべて同じければなり。
されば語例は本書に挙げたるものにて〈ぞ〉のかたにていへば、一には〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉ぞ〉といふを、〈舟〔ふね〕ぞ水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉〉、又〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕にぞ流〔なが〕さるる〈五〉〉といひ、二には〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れ〈二〉下る〈五〉ぞ〉と云ふを、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れぞ下る〈五〉〉といひ、三には〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れば/るればぞ筏〔いかだ〕も下〔くだ〕らん/る〉といふ類なり。この三に挙げたるが、即ち註にいへる、相動格なる〈ば(者)〉〈ば(波)〉を受けたるものにて、これのみは〈も〉〈は〉〈し〉〈しも〉にて受くる格に無きもの也と知るべし。
〔か〕につきていふも又同じ事にて、一には〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉か〉といふを、〈舟〔ふね〕か水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉〉、又〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕にか流〔なが〕さるる【原書は「流さゝる】。誤記として訂正】〈五〉〉といひ、二には〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れ下る〈五〉か〉といふを、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れ〈二〉か下る〈五〉〉といひ、三には〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れば/るれば筏〔いかだ〕も下〔くだ〕らん/るか〉といふを、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れば/るればか筏〔いかだ〕も下〔くだ〕らん/る〉といふ類なるなり。余は准(なぞ)らへて知るべし。
さて本書には此両格に註して『此の〈ぞ〉〈か〉は上言より係る』と云ひ置きたるはいかにといふに、上にもいへる如く、〈ぞ〉〈か〉はその決定し疑問すべき詞の下へ転置するものなるから、主格の下へ置けばその主格より係り、奪格・与格等の下へ置けばその奪格・与格より係りて、決定し疑問するものなればなりとしるべし。然るに疑問助言の〈か〉は、転置したる後に変換する事あり。その変換したるものが助体言の所に疑問助言の第三助言として挙げたる(や)なるなり。この〈や〉に変換するは何の為ぞといへば、〈か〉は上言より係りてそれを疑問するものなるを、これは下言へ係りてそれを疑問する事に成るなり。その語例を挙ぐれば、これも本書に出せる〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉か〉と云ふを、〈舟〔ふね〕や水〔みづ〕に流〔なが〕さるる〈五〉〉、又〈舟〔ふね〕が水〔みづ〕にや流〔なが〕さるる〈五〉〉といひ、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れ〈二〉下る〈五〉か〉と云ふを、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れ〈二〉や下る〈五〉〉といひ、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れば/るれば筏〔いかだ〕も下〔くだ〕らん/るか〉といふを、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕れば/るればや筏〔いかだ〕も下〔くだ〕らん/る〉といふ類なり。されば本書には此の格に註して『此の〈や〉は下言へ係る』といひ置きたるなりとしるべし。
さて疑問格にはさるわかちあることなるから、いま簡短なるものにてその意を示さば、たとへば〈水〔みづ〕が流〔なが〕るる〈五〉か【原書は「流〔なが〕る〈五〉か」。誤記として訂正】〉と云ふ疑問格は整言の総体をうたがひたるにて、即ち水の流るる事を疑ひたるなり。然るにそれを助言転置格にして、〈水〔みづ〕か流〔なが〕るる〈五〉〉といへば、〈か〉は上言なる〈水〔みづ〕〉といへる詞より係るさだまりにて、流るる事はうたがはず、それは水か何かと疑ふ也。然るにまたその〈か〉を〈や〉【原書は「や」に傍線なし。脱として補う】に変換して、〈水〔みづ〕や流〔なが〕るる〈五〉〉といへば、〈や〉【原書は「や」に傍線なし。脱として補う】は下言なる〈流るる〉といへる詞へ係るさだまりにて、水はうたがはず、それが流るるか流れぬかと疑ふ也。さればうたがひの係る処にかく三つのわきためあるを心得置くべし。
【補説】
ここで谷は「助言転置格(今でいう係り結び)」を説明している。本書を翻字する契機となった説である。谷は転置説の核心を次のように示す。「決定し疑問する事が整言の総体へかからずして、整言中の或る語へのみかかる時に、そのかかる処の語の下へ、作用言を受けて居る〈ぞ〉〈か〉を置き換ふ」。
谷の助言転置説は、「や」が活用語の終止形に接続する点に弱点があり、「や」「か」ともに連体形結びである事実と整合的に説明するために、「か」の初源性・「や」の第二義性を前提としなければならなかった。その一方で、「か」と「や」に「うたがひの係る処」の相違があるとの指摘は、疑問の係助詞が複数存在する事実と、両者の接続が違う事実に対する一つの合理的説明ともなっており、注目される。


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