丗四
〈別称言転置格〔ベツシヤウゲンテンチカク〕〉変化第丗一格(おきかへたるてにはをことなるとなへにするさだまり)

 此の格は助体言の雑類助言の処に挙げたる転置格別称助言とせる(なん)のつかひかたなるなり。さればこの助言を挙げたる所に決定助言の(そ)を助言転置格といへるしかたにしたる上にてのみ、その(そ)にかはるものにて、こは転置したる(そ)の別称なりと見て妨げなしといひ置きたるにてつかひかたは知るべく、本書【『言語構造式』32/41参照】の語例に、〈舟〔ふね〕そ流〔なが〕るる〉といふを、〈舟〔ふね〕なん流〔なが〕るる〉といふものとしたるにて明らかなるべし。

丗五
〈略言転置格〔リヤクゲンテンチカク〕〉変化第丗二格(ことばをはぶきててにはをおきかふるさだまり)

 此の格は普(あまね)く世にとり扱ふものにて、助体言の決定助言より線をひきて、第二言として挙げたる(こそ)といふ助言のなりたちを表はす格なるなり。
 さればそのよしを示さむに、反動已然格の語例に〈舟〔ふね〕が流〔なが〕るれ〈六〉ども{前置言}筏〔いかだ〕は流〔なが〕れ〈一〉ず〈三〉{後置言}〉と挙げたるものをもてせむ。爰(ここ)にひとつの妙用をなせるは、指示言の〈こ〉と〈そ〉と対(むか)へるものを前後両置言に配りわけていふの一格なり。ただし只に〈こ〉また〈そ〉とのみいひては聞きつかぬやうなれば、仮に〈れ〉の補言をつけたる〈これ〉〈それ〉にて示せば、語例に出せるものは〈舟〔ふね〕がこれ流〔なが〕るれ〈六〉ども{前置言}筏〔いかだ〕はそれ流〔なが〕れ〈一〉【原書は〈二〉。誤記として訂正】ず〈三〉{後置言}〉といふ一格と成る。かくて〈これ〉といへば〈それ〉といへるかたは略言にして、いはでも聞(きこ)ゆるものなるから、ここに前置言とする〈舟〔ふね〕がこれ流〔なが〕るれども〉といへば、後置言とする〈筏〔いかだ〕はそれ流〔なが〕れず〉といふかたは、言はでも聞(きこ)ゆべし。よしすこし聞(きこ)えぬかたありとするも、其の聞(きこ)えぬものは〈筏〔いかだ〕〉といふ詞なるから、それを〈外〔ほか〕の物〔もの〕〉といふに換へて〈外〔ほか〕の物〔もの〕はそれ流〔なが〕れず〉とやうにいふものとすれば、うつなく言外にて聞(きこ)ゆべし。されば前よりの詞つづきによりては〈筏〔いかだ〕〉といふ事の必らずしも聞(きこ)えざるにはあらざる事を知るべし。かかるは〈舟〔ふね〕がこれ〉といふにて〈外〔ほか〕の物〔もの〕はそれ〉といふが聞(きこ)え、〈流〔なが〕るれども〉といふにて〈流〔なが〕れず〉といふが聞(きこ)ゆる語格の妙用なるぞかし。
 さて反動格の処にて、〈ども〉は略(はぶ)きて助言無しにもいふとの事は、既に示し置けり。さればここにいへる一格なる、前置言を助言なしの格となし、後置言をば決定格とすれば、〈舟〔ふね〕がこれ流〔なが〕るれ〈六〉筏〔いかだ〕はそれ流〔なが〕れ〈一〉ぬ〈五〉そ〉と成るべし。此の時〈そ〉を転置格にして前置言の主格の下に置き、後置言は例の言外に聞(きこ)ゆるままに略(はぶ)くべし。然るに〈これ〉といへるは、只聞き易き為にしたるなれば、もとの〈こ〉にかへしたるを〈そ〉が冠りて、転置する規則のままに主格の〈が〉にかはれば、〈舟〔ふね〕こそ流〔なが〕るれ〈六〉〉となるが、人のつかひなれたる〈こそ〉の格なるなり。これを本書【『言語構造式』32/41参照】の語例には、〈舟〔ふね〕が流〔なが〕るれ〈六〉{前置言}筏〔いかだ〕は流〔なが〕れ〈一〉ぬ〈五〉そ{後置言}〉といふべきを、〈舟〔ふね〕こそ流〔なが〕るれ〉といふとやうに示して、註に『助言無しの反動已然格をば決定格にしたる〈そ〉を前置言へ転置して、第二決定助言の〈こそ〉にすれば、後置言は略(はぶ)かれておのづから聞(きこ)ゆるものと成る』といひ置きたるなり。かかれば〈こそ〉といふ助言をつかひたる詞は、実は反動已然格の上半体にして、その下半体は言外に聞(きこ)ゆるやうにしたてたるものなる事をしるべし。かくて歌などにたまたま、その下半体の詞をいはざれば意の通らぬやうなる事のあるときは、先づ一たびはここの格にてそれを略(はぶ)き置きて、更にその略(はぶ)きたる事をいひ添ふるしかたも有ることなるを心得置くべし。
 さてこの〈こそ〉が反動格より出たりといふよしは、已上に論じたる如くなれば、人も諾(うべな)ふべしとはおもへども、なほうけがはぬひともあらん。よりて今ひとつの証拠を挙ぐべし。さるは〈こそ〉といふ助言は、分別助言の〈は〉へつづけて〈こそは〉といふ事はあれども、これを集合助言の〈も〉へつづけて〈こそも〉とは決していはざるにて、相動格に伴ふべきものにてはなく、その反動格に伴へるものなるをしりて、ここに論じたる事どもの、ただ杜撰に出たる事ならぬを知るべし。

丗六
〈随伴助言転置格〔ズヰハンヂヨゲンテンチカク〕〉変化第丗三格(おきかへたるてにはがほかのことばをともなふさだまり)

 此の格は助体言の雑類助言の処に転置格随伴助言として出せる(もぞ)(もや)(もこそ)といへる三つの助言のつかひかたなるなり。此の格はほぼ其処【本書上巻70/133「転置格随伴助言」参照】に言ひ置きつる如くにて、助言転置格にて成れるものは〈そ〉〈か〉〈や〉〈こそ〉の四つなるを、その中にて〈そ〉〈や〉〈こそ〉の三つは将言の〈む〉〈め〉の変換せる〈も〉を上に頂きて、伴ひて転置するものにて、しかすれば即ち〈もぞ〉〈もや〉〈もこそ〉となるなりとしるべし。
 いで其のよしを委(くはし)く示さむ。助用言の将言は〈ん〉〈め〉と出したれど、その〈ん〉は実は〈む〉の転音なる事は、其の処に示し置きたるが如し。されば爰(ここ)には〈ん〉をその本の〈む〉にかへして、将言をば〈む〉〈め〉としてとり扱ふなりとしるべし。さて整言の将然格といふは、たとへば〈水〔みづ〕が流〔なが〕れ〈一〉む〈三〉〉といへる類とす。しかしてこれを決定格にすれば、〈水〔みづ〕が流〔なが〕れ〈一〉む〈五〉ぞ〉と成る。かくて此の〈ぞ〉を転置格にせんとする時に、上にある〈む〉を頂きたるままにて随伴して行かんとす。然れどもそのままにては唱ふる音調の悪(あ)しきゆゑ、〈む〉をその同音の〈も〉に変換して伴ひ行くなり。然るにその伴ひ行きたるあとを、そのままただ〈流〔なが〕れ〈一〉〉と活言の(一)なる〈れ〉にていひとめては置かれぬから、それを〈五〉なる〈るる〉にして、伴ひ行かれたる〈む〉の(五)なるにかはれば、〈水〔みづ〕もぞ流〔なが〕るる〈五〉〉と成るが此の格のしかたなるなり。〈もや〉にてするも准(なぞ)らへて知るべし。〈こそ〉にてするは、先づ常の格にて〈水〔みづ〕こそ流〔なが〕れ〈一〉め〈六〉〉といふとき、これもその〈め〉を同音の〈も〉にかへて伴ひ行かせて、残る〈流〔なが〕れ〈一〉〉の(一)なる〈れ〉を、(六)なる〈るれ〉にして〈め〉の(六)なるにかはれば、〈水〔みづ〕もこそ流〔なが〕るれ〈六〉〉となるなり。これを本書【『言語構造式』32/41参照】の語例には〈舟〔ふね〕ぞ流〔なが〕れ〈一〉む〈五〉〉といふべきを、〈舟〔ふね〕もぞ流〔なが〕るる〈五〉〉といひ、〈舟〔ふね〕や流〔なが〕れむ〈五〉〉といふべきを、〈舟〔ふね〕もや流〔なが〕るる〈五〉〉と言ひ、〈舟〔ふね〕こそ流〔なが〕れ〈一〉め〈六〉〉といふべきを、〈舟〔ふね〕もこそ流〔なが〕るれ〈六〉〉といふやうに挙げたるなりと知るべし。
 さても同じ転置格の中にて〈か〉よりするもの、即ち〈もか〉といへる格の無きはいかにといふに、〈ぞ〉〈か〉〈や〉〈こそ〉の中にて、〈ぞ〉〈こそ〉の二つはその上言より係りて決定するものとは既に示したる事なれども、またよく思へばすこしは下言へ関係するかたも有るならん。さるは然(し)か上言より係る格のあるのみにて、下言へ係るいひかへたる格のなければなり。されば爰(ここ)の格にても、〈もぞ〉〈もこそ〉といひかくれば下言へ関係して、ただ〈流〔なが〕るる〈五〉〉〈流〔なが〕るれ〈六〉〉といひたるが〈流〔なが〕れ〈一〉む〉〈流〔なが〕れ〈一〉め〉と聞(きこ)ゆる格にはなるなりと思はる。然るに上言より係る〈か〉は、下言へ係るときにはいひかへたる〈や〉ありて、其の格実に判然たりといふべし。されば爰(ここ)の格に〈もや〉と下言へ係る格あるからは、下言に関係なき〈か〉はそれに与(あづか)らぬなりとは思はる。これにて〈もか〉といふ格の無き事をさとるべし。
 さても已上に論じたる如くなれば、此の格にていへるものは、その整言の終りに将言類を扱ひてなきも皆将然格にて、いまだ然らぬかたよりいふ詞づかひなりと知るべし。さるを今世には〈水〔みづ〕もぞ流〔なが〕れ〈一〉む〈五〉〉または〈水〔みづ〕もこそ流〔なが〕れ〈一〉め〈六〉〉とやうにいへるものをまま見る事あるは、語格を知らぬ非事なり。ただし世くだりての歌にはさるいひなしなるもあるめれど、それはわろきなれば、習ふべきものにはあらずかし。
 さて又、この格によく似て集合助言の〈も〉を〈そ〉〈こそ〉〈や〉にて受けたるものあり。それらとこれとを紛らかすべからず。

【補説】
 ここで谷は「別称言転置格(今でいう係助詞「なむ」による係り結び)」「略言転置格(今でいう係助詞「こそ」による係り結び)」「随伴助言転置格(「もぞ」「もや」「もこそ」による係り結び)」を説明している。
 注意すべきは「随伴助言転置格」である。説明の最後に「この格によく似て集合助言の〈も〉を〈そ〉〈こそ〉〈や〉にて受けたるものあり。それらとこれとを紛らかすべからず」とあり、谷は「もぞ」「もや」「もこそ」に二種類あるとしている。谷は前者を「その整言の終りに将言類を扱ひてなきも皆将然格にて、いまだ然らぬかたよりいふ詞づかひなり」とし、随伴助言転置格は単に未来の事態を予想する構文であるとしている。
 なお、本書上巻決定助言」の【補説】でも触れたが、決定助言「そ」の濁点表記は翻字上苦慮する所である。基本は「ぞ」と濁点を付したが、上巻「ま 決定助言」から「ゆ 転置格随伴助言」と、ここの下巻「丗二 決定格 疑問格」から「丗六 随伴助言転置格」だけは、原著者の表記通りに「そ」「ぞ」を翻字し分けたので、注意されたい。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・助体言:助詞
・助言:付属語
・〈六〉:続体第二活。已然形を指す
・〈一〉:続用第二活。未然形を指す
・〈三〉:切断活。終止形を指す
・〈二〉:続用活。連用形を指す
・〈五〉:続体活。連体形を指す
・将言:推量(系)の助動詞
・助用言:助動詞
・活言:活用語尾

4132