丗七
〈交互略言転置格〔ー【原書黒塗】ゴリヤクゲンテンチカク〕〉変化第丗四格(おきかへたるてにはより、たがひにまじへてはぶくさだまり)
これは本書【『言語構造式』33/41参照】の註に『此の格は転置格にて一たび言ひをさめたる事を、又言ひ起すとき、同言のかさなるを交互して略言するなり』といひ置きたるにて、其のおほかたを知るべきものなりとす。さればその事をここに委しく示さむ。たとへば〈舟〔ふね〕ぞ流〔なが〕るる〈五〉〉といふ転置格にて一たび言ひをさめたる事ありとせむに、夫につづけてまた〈舟〔ふね〕の流〔なが〕るる〈五〉に〉といひ起すときは、〈舟〔ふね〕ぞ流〔なが〕るる〈五〉舟〔ふね〕の流〔なが〕るる〈五〉に〉と成るべし。然してこの一つづきを見渡すに、わづかなる中に〈舟〔ふね〕〉といふ体言と〈流〔なが〕るる〈五〉〉といふ用言とが二つ宛(づつ)ありて、煩らはしく拙きいひさまなるから、此の時、交互略言といふしかたをなすにて、それはいひをさめたるかたには〈舟〔ふね〕ぞ〉といふを残し〈流〔なが〕るる〈五〉〉といふを略し、言ひ起せるかたにては〈舟〔ふね〕の〉といふを略し〈流〔なが〕るる〈五〉に〉といふを残して、〈舟〔ふね〕ぞ流〔なが〕るる〈五〉に〉となすなり。かく互(たがひ)にいれ交じへて同言のひとかたを略すからに、これを交互略言格とはいふなりと知るべし。
かかれば此の格になしたるものをただに見れば、本格に違ひたる処あるやうに見ゆべし。さるは爰(ここ)に挙げたるものの〈流〔なが〕るる〈五〉〉といふ活言の(五)即ち続体活なるは、今は上に転置してある〈ぞ〉が【原書は「が」に傍線。誤記として訂正】はじめ下にありし時に、それへつづきたるものなるなり。然るに今また同じ(五)より続くべき助言の〔に〕へつづきたるは、ただ一つの〈流〔なが〕るる〈五〉〉といふ詞がいづれにもつかざるものになりて、語格上にあるまじき事と思はるべし。然れども此の格のしかたなるを知る時は、さるみだりなる事にはあらざるを悟らるべきなり。さればさるしかたなるを示すとて、本書の語例には〈舟〔ふね〕ぞ流〔なが〕るる舟〔ふね〕の流〔なが〕るるに〉といふべきを、〈舟〔ふね〕ぞ流〔なが〕るるに〉といひ、〈舟〔ふね〕や流〔なが〕るる舟〔ふね〕が流〔なが〕るとて〉といふべきを、〈舟〔ふね〕や流〔なが〕るとて〉といひ、〈舟〔ふね〕こそ流〔なが〕るれ舟〔ふね〕が流〔なが〕るれど〉といふべきを、〈舟〔ふね〕こそ流〔なが〕るれど〉といひ、〈舟〔ふね〕こそ流〔なが〕るれ舟〔ふね〕が流〔なが〕るかし〉といふべきを、〈舟〔ふね〕こそ流〔なが〕るかし〉と挙げたるなり。此の格はなほさまざまなるいひかたあるを、先づ右の四つを出して、その類例を示したるなりと知るべし。然るに世には「詞の玉緒」の教へをうけて、さる格なりとも知らず、結びながら続くる格、または結びを転じてつづくる格とやうに言ひ来(きた)れるは、委しからぬ事なりかし。
丗八
〈不定言用格〔フテイゲンヨウカク〕〉変化第丗五格(うかめなをつかふさだまり)
これは形容言に属する不定言のつかひかたなるなり。不定言の基言は〈何〔なに〕〉〈幾〔いく〕〉〈誰〔たれ〕〉の三つなるよしは、本書のはじめにことわりてあるゆゑ【本書上巻40/133「不定言」参照】、用格の処の語例にはその三つにて示すに、「物を定めず言ふ」としてその例には〈何〔なに〕も無〔な〕し〈三〉〉と挙げ、「数を定めずいふ」として其の例には〈幾箇〔いくつ〕も有〔あ〕り〈三〉〉と挙げ、「人を定めず言ふ」として、その例には〈誰〔たれ〕も知〔し〕る〈三〉〉と挙げて、註に『不定言は右の如く、集合助言の〈も〉にて扱ふを常とす』といひ置きたるにて、不定言をそのもちまへ、即ち物・数・人等をうかめていふときのつかひかたには、必らず集合助言の〈も〉が相伴(あひともな)ふものなるを知るべし。
これらを「疑ひことばなり」とせるは、おほかた【原書は「おふかた」。誤記として訂正】の人の信じたる事なるべければ、うるさけれどさはあらぬよしを爰(ここ)に弁(わきま)へ置かむ。たとへばひとつの箱の蓋をとりて、「この中には〈何〔なに〕も無〔な〕し〈三〉〉」といふときの〈何〔なに〕〉に疑ひありやといふに、決してうたがひの意有る事なし。又、物の数多きをさして〈幾箇〔いくつ〕も有〔あ〕り〈三〉〉といへる〈幾箇〔いくつ〕〉にうたがひあるかといふに、さらに疑ひあるべくもあらず。また世によく知られたる事をいふとて、〈誰〔たれ〕も知〔し〕る〈三〉〉といはんに、その〈誰〔たれ〕〉になにの疑ひかある。すこしもうたがふ意なきは人皆しれるならん。これ不定言は〈も〉にて受けたるとき、其のうまれつきを表はして、物と数と人とをさし定めず言ふ詞となる故なりとしるべし。
さればこれを疑ひことばとするには、集合助言の〈も〉を略(はぶ)き、疑問助言の〈か〉に換へてなるものにて、たとへば人ありて、「この硯箱には要用のものなし」といふとき、こなたより聞きとがめて〈何〔なに〕か無〔な〕き〈五〉〉と問ひかくる事ありて、此の時の〈何〔なに〕〉といふ詞は、即ち「その無きといふは墨か筆か」と疑ふ意になるなり。然れどもこれをよく味ひみれば、〈何〔なに〕〉は墨と筆とをさし定めずうかめていふにて、なほ不定言の意は失なはずして、その疑ふ所は〈か〉の助言にのみあるなり。これに准(なぞ)らへて、〈幾箇〔いくつ〕か有〔あ〕る〈五〉〉といひ〈誰〔たれ〕か知〔し〕る〈五〉〉といはむときの、〈幾箇〔いくつ〕〉は一つなりとも二つなりともさし定めずして言ひ、〈誰〔たれ〕〉は甲の人とも乙の人ともさし定めずしていへるが、〈か〉とうけたるにて疑ふ意に成るものなり。かかる転置せる疑問格にて、たとへば〈水〔みづ〕か流〔なが〕るる〈五〉〉といふときの主格なる体言の〈水〔みづ〕〉といへる詞にうたがふ意の無きはもとよりなるを、然(し)かいへば「水か何か」と疑ふ意に成ると同じ事にて、〈何〔なに〕〉〈幾箇〔いくつ〕〉〈誰〔たれ〕〉等は、ただうかめていひたるのみにて疑ふ意は無きを、〈か〉と受けたるにてまたうたがふ詞となりたるなりとしるべし。
然れども常の物名言なる〈水〔みづ〕〉などいへる詞とこの不定言どもとは、おのづから別(わ)かちありて、物事をさし定めず言ふとすれば、その「さし定めぬ」といふ処に幾分かの疑ひを含めるからに、疑問格にする時、不定言どもにうたがひを預けて疑問助言の〈か〉を省略する事あるなり。さるはたとへば常の疑問格にては〈誰〔たれ〕が知〔し〕る〈五〉か〉といひ、転置格にては〈誰〔たれ〕か知〔し〕る〈五〉〉といふべきを略して〈誰〔たれ〕知〔し〕る〈五〉〉といふ類にて、〈何〔なに〕〉〈幾箇〔いくつ〕〉等もまた准(なぞ)らへてしるべく、さるは皆疑問助言の〈か〉を省略して疑ひをもたせたるものにて、不定言にはさるかたよりいへば疑ふ意をも含める故なりとしるべし。
已上の事どもを示すとて、本書【『言語構造式』33/41参照】の註には『「誰が知る〈か〉」と疑問格にしたるものを転置して「誰〈か〉知る」とするとき、不定言の誰に疑ひを持たせて疑問助言の〈か〉を略(はぶ)き、「誰知る」とやうにも言ひ、又、第三助言の〈や〉に換へていふときは、「知るや誰」と転倒していふものとす』といひ置きたるなり。然れどもそのいひやうに尽きぬ処あるゆゑ、爰(ここ)にいふべし。既に示せる如くなるからは、常の疑問格にて〈誰〔たれ〕が知〔し〕る〈五〉か〉といひ、転置格にして〈誰〔たれ〕か知〔し〕る〈五〉〉といひ、又、第二助言にて受けて〈誰〔たれ〕が知〔し〕る〈三〉や〉といふさだまりにて、その〈か〉〈や〉なる助言はいづれも〈誰〔たれ〕〉といへる詞の下にあり。もとよりしかあるは定格にて、殊更にいふまでも無し。然るに転置格を第三助言の〈や〉に換へていふとき、例のしかたにて〈誰〔たれ〕か知〔し〕る〈五〉〉といふを換へて〈誰〔たれ〕や知〔し〕る〈五〉〉となしてよきかといふに、決して然らず。さるは〈か〉は上言より係り〈や〉は下言へ係るといひ置きたる定則は背(そ)むかれねば、疑ひを含めりといふ〈誰〔たれ〕〉を〈や〉の上に置くの理なし。仍(より)て此の時は詞を転倒する事にて、転置格をただにいひ換ふるときは〈誰〔たれ〕や知〔し〕る〈五〉〉と成るものは、転倒して〈知〔し〕る〈五〉や誰〔たれ〕〉といふ例なるなり。ただし然(し)か転倒したるものは実はととのひたる語にあらず。さるは体言にていひ終る整言は無ければなり。「さてはいかにしてさる整はぬものをつかふぞ」となれば、こは略言にて、〈知〔し〕る〈五〉や誰〔たれ〕なる〈五〉〉といふべき〈なる〉を略したるなりとしるべし。
されば上件の事をくりかへしていへば、不定言を疑問する助言どもにて扱ふには、〈か〉と第二助言の〈や〉とは不定言の下に置くべく、第三助言の〈や〉は不定言の上に置くべし。然して或るときは夫等を略していふ事もありといふことを示せるに過ぎざるなり。
さて〈何〔なに〕〉〈幾〔いく〕〉〈誰〔たれ〕〉が転化していろいろなるいひかたに成る事とそのさだまりの大かたとは、不定言の処【本書上巻40/133「不定言」参照】にいひ置きたるを、爰(ここ)にはそのつかひかたを悉く示さまほしけれど、さてはあまりにうるさくなるからに言はず。さるは已上に示せる外にはかはりたる格なければ、准(なぞ)らへてもしらるべければなり。
【補説】
ここで谷は「交互略言転置格(今でいう係り結びの流れ)」「不定言用格(今でいう不定・疑問の語を用いた疑問文)」を説明している。「交互略言転置格」の末尾で本居宣長「詞の玉緒」の「結びながら続くる格、または結びを転じてつづくる格」という、現在の「結びの流れ」「結びの消滅」という用語に通じる説明を「委しからぬ事なりかし」と否定している点は注目される。
以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・体言:活用のない語
・用言:活用(のある)語
・続体活:連体形
・形容言:副詞・感動詞など
・〈三〉:切断活。終止形を指す
・助言:付属語
・物名言:名詞

コメント