丗九
〈指示言用格〔シジゲンヨウカク〕〉変化第丗六格(さしなをつかふさだまり)

 これは形容言に属する指示言のつかひかたなるなり。指示言の本言は〈彼〔あ〕〉〈彼〔か〕〉〈其〔そ〕〉〈此〔こ〕〉の四言にして、これに附言の〈れ〉を添ふれば〈あれ〉〈かれ〉〈それ〉〈これ〉となり、〈そ〉の通音なる〈し〉に補言の〈か〉の添ひて〈しか〉となりしを良行変格にはたらかして〈然〔しか〕り〉〈然〔しか〕る〉となる等の事は、其の処にいへるにて知りたるべし。さてこれがつかひかたの語例は、本書【『言語構造式』34/41参照】に〈水〔みづ〕が流〔なが〕る然〔しか〕るに其〔そ〕れを汲〔く〕む/堰〔せ〕く〉と挙げて、註に『右の造言なる〈然るに〉は、整言の〈水〔みづ〕が流〔なが〕る〉といへる総てを指示せる也。〈其〔そ〕れを汲〔く〕む〉といふ時の〈其れ〉は、備言の〈水〔みづ〕〉を指示せるなり。〈其〔れ〕を堰〔せ〕く〉と言ふ時の〈其れ〉は、作用言の〈流〔なが〕る〉といふを指示せる也と知るべし』といひ置きたるにて、おほかたはさとられぬべし。
 指示言といふは、ひとたび言ひ表はしてある前言をさし示す詞なり。前言をさし示すといへば、その前言を今さし示すとてつかひたる指示言の処へ再び取り出すと同じ事なり。されば西洋の語学いり来(きた)りての後は、かなたの名づけかたによりてこれを代名詞と呼ぶ事になれり。それ悪しきにはあらねど、代名詞といへばただに物の代名に成るべきを、さはなくて必らず前言ありてそれをさす場合にあらざれば代名の役を勤めざるものなるから、指示言といふかた穏当なりとして、かく名づけたるなりと知るべし。
 されば〈水〔みづ〕が流〔なが〕る然〔しか〕るに〉といへる〈然〔しか〕る〉は、前言を指示せるなれば、〈水〔みづ〕が流〔なが〕るるに〉といふと同じ事なるなり。又〈其〔そ〕れを〉といへるも同じく前言を指示せるなれど、その前言は〈水〔みづ〕が流〔なが〕る〉といふ整言にして、〈水〔みづ〕〉といへる体言と〈流〔なが〕る〉といへる用言との二つよりなりたちたるものなるから、其のいづれを指示したるかといふ事は、〈其〔そ〕れを〉といふを受けたる用言にてわかるものにて、〈其〔そ〕れを汲〔く〕む〉といふ時の〈其れ〉は〈水〔みづ〕〉を指示せるにて、〈水〔みづ〕を汲〔く〕む〉といふに同じく、〈其〔そ〕れを堰〔せ〕く〉といふときの〈其れ〉は〈流〔なが〕るる〉を指示せるにて、〈流〔なが〕るるを堰〔せ〕く〉といふに同じきなり。指示言はかくの如く、そのさす所とそれを言ひをさむる処とにてさまざまにつかひわくるものなりと知るべし。

四十
〈形状言用格〔ケイジヨウゲンヨウカク〕〉変化第丗七格(ありさまごとをつかふさだまり)

 これは形状言にて整言をしたつるしかたなるなり。整言といふは既に示せる如く、備言を作用言にて受けて成るなり。然るに形状言は作用言とは性質の違へるものなる事、其の所にいへるが如し。さればそのつかひかたはいかにといふに、作用言には自・他・被・使の差別あるゆゑ、それによりて整言の基格に六品の別をなせり。形状言にはさるわかちなく、ただ作用言の自動言に比(くら)ぶべきものなれば、これをもてする整言もまた自動格に属するものにて、即ち本書【『言語構造式』34/41参照】の語例に〈水〔みづ〕が清〔きよ〕し〈三〉〉と挙げて、註に『形状言は整言の自動格にのみ成るものとす』といひたるなり。かかれば続体格にして〈清〔きよ〕き〈五〉水〔みづ〕〉といひ、相動已然格にして〈水〔みづ〕が清〔きよ〕けれ〈六〉ば〉といひ、反動已然格にして〈水〔みづ〕が清〔きよ〕けれ〈六〉ども〉といふべき類、みな同じ事なりと知るべし。
 然るに続用格にして〈水〔みづ〕が清〔きよ〕く〈二〉深〔ふか〕し〉とやうに、同類なる〈深〔ふか〕し〉といふ形状言へ続用するは、又、かはりたる事にもあらざるを、同類ならぬ作用言へつづけて〈水〔みづ〕が清〔きよ〕く〈二〉流〔なが〕る〉とやうにいふは、殊別あるいひかたなるが、此の形状言は爰(ここ)にいへる整言にするしかた及びその変化したるつかひかたよりも、いやはてにいへる殊別あるいひかたなるが多し。かかるは形状言はもと作用言の形状を表はすがもちまへなればなりけり。仍(より)て本書には先きの註につづけて、『但し続用して作用言へつづけるは此のかぎりにあらずと知るべし』とことさらにことわりたるなりと知るべし。
 さて本書の受言の語例に〈水〔みづ〕の清〔きよ〕さ〉〈水〔みづ〕清〔きよ〕み人〔ひと〕も来〔き〕て汲〔く〕む〉〈水〔みづ〕が清〔きよ〕けん〉〈水〔みづ〕が清〔きよ〕げに/なり〉〈水〔みづ〕が清〔きよ〕かり〉〈人〔ひと〕が水〔みづ〕を清〔きよ〕がる〉と出せる類は、形状言の処にいへることどもと見合せてさとるべし。
 さて又、本書に出せる語例の下に註して『別格履言を踏みて〈清けし〉とも言ふ』といひたるは、即ち〈水〔みづ〕が清〔きよ〕けし〉といふ整言になるといへる事を示したるなり。これにて〈清〔きよ〕〉といふ本言をば活言・履言・受言の三類にて扱ひたるかぎりを挙げ尽したるなれば、余は准(なぞ)らへて知るべきなり。

 此の下巻はこれまでにて、上巻に分類し置きたる称呼どもの組み立てかた、即ち組織法を示し終りたるなり。これよりは本書は附録のこころにて出し置きたる用言比較表の事を説くべし。

【補説】
 ここで谷は「指示言用格(今でいう指示語を使う構文)」「形状言用格(今でいう形容詞を用いた構文)」を説明している。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・形容言:副詞・感動詞など
・整言:主述を備えた文
・体言:活用のない語
・用言:活用(のある)語
・形状言:形容詞
・作用言:動詞
・続用する:用言に接続する
・活言:活用語尾
・称呼:単語

4134