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形状言は尋常本言の〈清〔きよ〕〉と履辞本言の〈空〔むな〕し〉とを出して示せり。即ち将然格は〈清〔きよ〕く〈二〉ば〉〈清〔きよ〕く〈二〉とも〉〈空〔むな〕しく〈二〉ば〉〈空〔むな〕しく〈二〉とも〉、続用言は〈清〔きよ〕く〈二〉流〔なが〕る〈三〉〉〈空〔むな〕しく〈二〉消〔き〕ゆ〈三〉〉、用体言は〈清〔きよ〕水〔みづ〕〉〈空〔むな〕し言〔ごと〕〉、切断言は〈清〔きよ〕し〈三〉〉〈空〔むな〕し〈三〉〉、続体言は〈清〔きよ〕き水〔みづ〕〉〈空〔むな〕しき言〔こと〕〉、已然格は〈清〔きよ〕けれ〈六〉ば〉〈空〔むな〕しけれ〈六〉ども〉、希求言は〈清〔きよ〕かれ〈七〉〉〈空〔むな〕しかれ〈七〉〉の如し。
さて爰(ここ)の将然格なる(ば・とも)にて受くるさまを作用言どもと比較して見るべし。作用言の四段活と変格活とは続用第二活、即ち(一)より〈ば〉と受けて〈引〔ひ〕か〈一〉ば〉〈来〔こ〕〈一〉ば〉と言ひ、一段活・中二段活・下二段活は続用活・続用第二活、即ち(一・二)を兼ねたるものにて、其の(一)よりとするといふも(二)よりとすると【原書は「するも」。誤記として訂正】いふも妨げなしとは見ゆれど、先づ(一)よりと定めたるものより〈ば〉と受(うけ)て〈着〔き〕〈一〉ば〉〈起〔お〕き〈一〉ば〉〈得〔え〕〈一〉ば〉と言ひ、其(その)いづれもの続用第三活、即ち(四)より〈とも〉とうけて〈引〔ひ〕く〈四〉とも〉〈来〔く〕〈四〉とも〉〈着〔き〕る〈四〉とも〉〈起〔お〕く〈四〉とも〉〈得〔う〕〈四〉とも〉といへり。これら、〈ば〉と受くるに、前の二活は(一)よりとし、後の三活は(一)よりとも(二)よりともして妨げ無しとするも、又〈とも〉と受くるに(四)よりとするも、皆続用活どもより〈ば・とも〉と受けたるには相違無きを知るべし。然るにこの形状言に至りては、たしかに続用活、即ち(二)より〈清〔きよ〕く〈二〉ば〉〈空〔むな〕しく〈二〉とも〉とやうに、〈ば〉も〈とも〉も(二)より受けたるにて、この二助言は必らず続用活類を受くるものなる事を悟るべし。これにつきても既にいへる、「〈有〔あ〕り〉といふ詞の〈り〉は(二・三)を兼ねたれども、〈とも〉とうけて〈有〔あ〕り〈二〉とも〉といふときの〈り〉は(二)なり」といへる事の無理ならぬを知るべし。
さて此の〈とも〉にいと紛らはしきは、第七間格助言の〈と(登)〉より集合助言の〈も〉につづけて〈と(登)も〉といふものこれなり。さるは〈と(登)〉は作用言の切断活、即ち(三)を受くる定まりなるを、作用言の大かたは切断活、続用第三活即ち(三・四)を兼ねたれば、其のわかちにて(三)を〈と(登)も〉と受けたるものか(四)を〈と(止)も〉と受けたるものか、甚だ紛らはしければなり。本書には見易きやうに〈と(登)〉と書き〈と(止)〉と書きて別(わか)ちたれど、もとより差別なき文字なれば其のまぎらはしき事思ふべし。然るにこれも、此の形状言には続用第三活などいへるもの無ければ、〈と(登)も〉は紛るるかたなく切断言を受けて〈清〔きよ〕し〈三〉と(登)も〉〈空〔むな〕し〈三〉と(登)も〉と言ひ、それが〈清〔きよ〕く〈二〉とも〉〈空〔むな〕しく〈二〉とも〉といへるとは別物なる事が明らかにわかるなり。さても此のわけにて、作用言の〈引〔ひ〕く〈四〉とも〉といひ〈引〔ひ〕くと(登)も〉といへる類が紛らはしく思はるるとはすこし違ひて、〈有〔あ〕り〈二〉とも〉といひ〈有〔あ〕り〈三〉と(登)も〉といへるが又紛らはしく成るは、とにかくに詞づかひはむつかしきものなれば、初学はよく心すべき事なりかし。
さてまた用体言は、作用言どもの(二)を言ひ据(す)ゑてするとは違ひて、この形状言にては本言の其ままを用体言にする事にて、即ち尋常本言にては、〈清〔きよ〕水〔みづ〕〉の〈清〔きよ〕〉の類ひ、履辞本言にては其履言を踏みたる〈空〔むな〕し言〔ごと〕〉の〈空〔むな〕し〉の類ひなるなり。作用言と形状言とにてこの違ひあるなどを見するが、此比較表の詮なるなりとしるべし。
さて上の如くはいふものの、作用言の例にならひて(二)を以て用体言とする事の、ふつと無きにはあらず。さるは〈既〔はや〕く〈二〉の年〔とし〕〉〈多〔おほ〕く〈二〉の人〔ひと〕〉とやうに、連合の第四言にしたるときの〈既〔はや〕く〈二〉〉〈多〔おほ〕く〈二〉〉などは、続用活の(く〈二〉)を言ひ居(す)ゑて体言にしたるなり。又、此の形状言には右の外にも(三)を体言にしたりと覚しきがありて、〈善〔よ〕し〈三〉悪〔あ〕し〈三〉〉といひ、〈長〔なが〕し〈三〉短〔みじか〕し〈三〉〉といふやうに、(三)を体言にして併列言にする事あり。又、此例とも違ひ、多くある本言どものうち〈無〔な〕〉より活用したるものに限りて、然(し)か併列言にせずして連合言にする時(三)を体言にする事あり。さるは〈根〔ね〕無〔な〕し〈三〉言〔ごと〕〉とやうにいふとき(し〈三〉)が体言になる類なるなり。又〈舟〔ふね〕無〔な〕し〈三〉に渡〔わた〕る〉などと、体言を受くる(に)にて受くるありて、これは形状言中の特別なるものなるなり。さればその〈根〔ね〕無〔な〕し〈三〉言〔ごと〕〉といへると、上に出せる〈空〔むな〕し言〔ごと〕〉といへるとは、よく似てはあれど、ひとつは履言の(し)を踏みたる本言を体言とし、ひとつは特別にて(し〈三〉)を体言にしたるとの違ひある事なるを知るべし。
さてこの形状言には希求活の無き事は本書に出せる図にて知られたるを、爰(ここ)の比較表にて希求言を出したるを怪しむ人あるべし。こは実は自体の希求にてはなけれど、一には作用言の五種なる希求言とならべて見する為にして、一には形状言を希求言にする時はかくするものぞといふ事を知らしむる為に出せる也。これが自体の希求言ならぬわけは、〈清〔きよ〕かれ〈七〉〉〈空〔むな〕しかれ〈七〉〉と出したる(れ)は良行変格活のものなるにて、さるは〈清〔きよ〕〉〈空〔むな〕し〉の本言を受言の〈か〉にてうけて、さて良行変格活にはたらかしたるなれば、今は作用言の列に成りたるから、その(れ〈七〉)にて受けて希求言にしたるなり。形状言のすべては皆かくする例なるなり。さればこれに比(たぐ)ひて、受言の〈が〉にてうけて良行四段活にはたらかしたる〈清〔きよ〕がれ〈七〉〉〈空〔むな〕しがれ〈七〉〉なども、又、希求言に成るなりと知るべし。かかるわけある故に、本書【『言語構造式』36/41参照】の図には△印をつけ、受言の〈か〉に〇印をつけて、自余のものとはすこし異なる事あるを示し置きたるなりかし。
なほ形状言の事につきては言はまほしき旨の無きにしもあらねど、其の大かたは已上にて知らるべければ余は略す。
【補説】
ここで谷は「形状言(今でいう形容詞)」の特に活用における問題点について説明している。

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