加言
本書【『言語構造式』38/41参照】に比較表の末なる用体言の処より線を引きて『用体言は作用言の続用言を用ゐ、形状言の本言を用ゐる事、爰(ここ)に示すが如し』といひ置きたるは既に示したる事どもにて、いとよくわかりたるならむ。然して『さて作用言の続用言より成る用体言と字音言と常の体言とは一列のものにて、皆佐行変格の本言と成り』とあるは、用体言のひとつのつかひかたをいふついでに、字音言と常の体言とがそれと同じつかひかたになるよしをいひたるなり。さるはたとへば良行四段活にて(狩〔か〕り・狩〔か〕る)とはたらく用言を言ひ居(す)ゑて用体言にすれば、(狩〔か〕り)といふ一つの体言となるなり。又(仇〔あだ〕)といへる常の体言あり、また(論〔ろん〕)といへる字音言ありとして、此三種は皆佐行変格活の本言と成るものにて、(狩〔か〕りし・狩〔か〕りする)(仇〔あだ〕し・仇〔あだ〕する)(論〔ろん〕じ・論〔ろん〕ずる)と活用する事をいひたるなり。
然して又『これに形状言の尋常本言を加へて、夫等を重畳すれば形状言の履辞本言と成る事を心得置くべし』とあるは、既にいへる三種に加ふるに形状言の尋常本言を以てすれば、それ等を重畳する時は皆形状言の履辞本言と成るといふ事にて、これは形状言の処にて聊(いささ)か示し置きたる如く、用体言にては【原書は「ヽ」。誤刷として訂正】(狎〔な〕れ)(好〔す〕き)を重ねたる(狎〔な〕れ狎〔な〕れ)(好〔す〕き好〔ず〕き)といひ、体言にては(物〔もの〕)(事〔こと〕)をかさねたる(物々〔ものもの〕)(事々〔ことごと〕)といひ、字音言にては(美〔び〕)(騒〔さう〕)を重ねたる(美々〔びび〕)(騒々〔さうざう〕)といひ、尋常本言にては(長〔なが〕)(弱〔よわ〕)をかさねたる(長々〔ながなが〕)(弱々〔よわよわ〕)といふ類が、履言の(し)を踏みて活言の(く・し・き・けれ)へつづき、〈狎〔な〕れ狎〔な〕れしく〉〈好〔す〕き好〔ず〕きしく〉〈物々〔ものもの〕し〉〈事々〔ことごと〕し〉〈美々〔びび〕しき〉〈騒々〔さうざう〕しき〉〈長々〔ながなが〕しけれ〉〈弱々〔よわよわ〕しけれ〉とやうに活用する事を示したるなりと知るべし。此等皆、用体言が然(し)か成る事を示すついでに同例になるものを挙げたるなりかし。
さて又、続体言の所より線を引きて『続体言のうちにて五十音第三音より成れるものは、助言にて受くるとき、其(その)同音なる五十音第一音に転(うつ)して(く)と受けたる延言にする事あるをも心得置くべし』といひ置きたる事を爰(ここ)に説かむ。続体言のうちにて五十音第三音より成れるものといふは、既に示せる用言第三十七品の続体言のうちにて、形状言の(き)と第二将言の(まし)と第二不言の(じ)と去言の(き)とを除きたる残りなる三十三品の続体言をいへるなり。一段活・中二段活・下二段活・変格活などの助活言にて続体活をなせるものは、其の(る)をさせるなりと知るべし。たとへば四段活にて言はば、波行活なる〈言〔い〕ふ〉の〈ふ〉は五十音第三音なるゆゑ、それを同行の第一音に転(うつ)せば〈は〉と成るを、定言の〈く〉にて受くれば〈はく〉となるから〈言〔い〕はく〉といはるるなり。此例にて、一段活にては〈見〔み〕る〉の〈る〉を〈ら〉に転(うつ)して〈く〉と受くるからに〈見〔み〕らく〉といはれ、中二段活にては〈恨〔うら〕むる〉の〈る〉を同じやうにするからに〈恨〔うら〕むらく〉といはれ、下二段活にては〈求〔もと〕むる〉の〈る〉を同じやうにするからに〈求〔もと〕むらく〉といはれ、変格活にては〈為〔す〕る〉の〈る〉をまたしかするからに〈為〔す〕らく〉といはるるなり。助用言にては、将言の〈ん〉はもと〈む〉なるゆゑ、それを〈ま〉に転(うつ)して〈く〉と受くれば〈まく〉となるからに、〈言〔い〕はむ〉を〈言〔い〕はまく〉といはれ、不言の〈ぬ〉を〈な〉に転(うつ)して〈く〉と受くれば〈なく〉となるからに、〈〔言〕はぬ〉を〈言〔い〕はなく〉といはるるなり。なほ竟言・畢言の〈つる〉〈ぬる〉を〈つらく〉〈ぬらく〉といひ、第二去言・第二竟言・第二畢言の〈ける〉〈たる〉〈なる〉を〈けらく〉〈たらく〉〈ならく〉といふ類、皆同じ事なるなり。ただ第四将言の〈める〉を〈めらく〉と言ふはいかがと思へど、これもなほさもいはるるなるべし。
然してさるは皆助言にて受くるときに限るものにて、たとへば〈見〔み〕まくの〉〈恨〔うら〕むらくは〉〈言〔い〕はまくも〉などの〈の〉〈は〉〈も〉等の助言にて受くるにて知るべし。但し「〈某〔なにがし〕の言〔い〕はく〉とやうにいひて、助言にて受けざるがあるはいかに」との難もあるべけれど、其等も実は〈言〔い〕はくに〉とか〈言〔い〕はくは〉とかあるべき〈に〉〈は〉等を略したるものと見て仔細なかるべし。
さてこれにつきてふと紛らはしきものを並べて示し置かむ。
〈恋〔こ〕ふらく〉[これは「恋ふ〈る〉」の延言なり。]
〈老〔お〕いらく〉[これは「恋〔こ〕ふ〈る〉」を延べて「恋〔こ〕ふ〈らく〉」と言ふと同じく、「老〔お〕ゆ〈る〉」を延べて「老〔お〕ゆ〈らく〉」といふべきを、その〈ゆ〉を〈い〉に転(うつ)して言ふ変例なり。]
〈言〔い〕へらく〉[これは「言へる」の延言なり。]
〈言〔い〕ひけらく〉[これは「言ひけ〈る〉」の延言なり。]
〈言〔い〕ひたらく〉[これは「言ひた〈る〉」の延言なり。]
〈言〔い〕ふならく〉[これは「言ふな〈る〉」の延言なり。]已上〈らく〉といふ延言にて紛らはしきものなり。
〈言〔い〕はまく〉[これは「言は〈む〉」の延言なり。]
〈言〔い〕はまく〉[この〈まく〉は同じ事なれど第二将言の〈まく〉にて、〈まし・ましか〉と活用するものなり。]此の二つは全く同様にて紛らはしきなり。
〈言〔い〕はなく〉[これは「言は〈ぬ〉」の延言なり。]
〈いとなく〉[これは延言にては無く、「かひ〈なく〉」「あひ〈なく〉」などと同じく一つの形状言の続用活なるなり。]此等は何となく似て紛らはしきなり。
〈恋〔こ〕ふらく〉[これは「恋ふ〈る〉」の延言なり。]
〈老〔お〕いらく〉[これは「恋〔こ〕ふ〈る〉」を延べて「恋〔こ〕ふ〈らく〉」と言ふと同じく、「老〔お〕ゆ〈る〉」を延べて「老〔お〕ゆ〈らく〉」といふべきを、その〈ゆ〉を〈い〉に転(うつ)して言ふ変例なり。]
〈言〔い〕へらく〉[これは「言へる」の延言なり。]
〈言〔い〕ひけらく〉[これは「言ひけ〈る〉」の延言なり。]
〈言〔い〕ひたらく〉[これは「言ひた〈る〉」の延言なり。]
〈言〔い〕ふならく〉[これは「言ふな〈る〉」の延言なり。]已上〈らく〉といふ延言にて紛らはしきものなり。
〈言〔い〕はまく〉[これは「言は〈む〉」の延言なり。]
〈言〔い〕はまく〉[この〈まく〉は同じ事なれど第二将言の〈まく〉にて、〈まし・ましか〉と活用するものなり。]此の二つは全く同様にて紛らはしきなり。
〈言〔い〕はなく〉[これは「言は〈ぬ〉」の延言なり。]
〈いとなく〉[これは延言にては無く、「かひ〈なく〉」「あひ〈なく〉」などと同じく一つの形状言の続用活なるなり。]此等は何となく似て紛らはしきなり。
因(ちなみ)に〈けく〉の紛らはしき事を示さむ。
〈善〔よ〕けく〉[これは「善き」を延べたる古言なり。]
〈明〔あきら〕けく〉[これは「明〈か〉」の〈か〉を〈け〉に転(うつ)して形状言の別格履言としたるなり。此の類いと多し。]
〈露〔つゆ〕けく〉[これは体言を形状言の別格履言にて受けたるにて、外に例なきものなり。]
〈寒〔さむ〕けく〉[これは形状言の尋常本言を別格履言にて受けたるなり。これをば「善〈き〉」を延べて「善〈けく〉」とする古言と同格のものなりとする説もあれど、己は世と共にうつりて別格履言より〈く・し・き・けれ〉と活用するものとなりたる也とす。]これらの紛らはしき事を弁(わきま)へ置くべし。
〈善〔よ〕けく〉[これは「善き」を延べたる古言なり。]
〈明〔あきら〕けく〉[これは「明〈か〉」の〈か〉を〈け〉に転(うつ)して形状言の別格履言としたるなり。此の類いと多し。]
〈露〔つゆ〕けく〉[これは体言を形状言の別格履言にて受けたるにて、外に例なきものなり。]
〈寒〔さむ〕けく〉[これは形状言の尋常本言を別格履言にて受けたるなり。これをば「善〈き〉」を延べて「善〈けく〉」とする古言と同格のものなりとする説もあれど、己は世と共にうつりて別格履言より〈く・し・き・けれ〉と活用するものとなりたる也とす。]これらの紛らはしき事を弁(わきま)へ置くべし。
又〈らん〉といふ詞もすこし紛らはしければ示し置かん。
〈言〔い〕へらん〉[これは四段活の第四音より良行変格活にはたらかしたる〈ら〉を将言の〈ん〉にて受けたるなり。]
〈言〔い〕ふらん〉[これは第三続用活なる〈ふ〉を第四将言の〈ら〉にて受け、それを又、将言の〈ん〉にてうけたるなり。]
〈取〔と〕らん〉[これは良行四段活の〈ら〉を将言の〈ん〉にて受けたるなり。]
〈見〔み〕らん〉[これは一段活の続用活なる〈見〔み〕〉を第四将言の〈ら〉にて受けて、これを又、将言の〈ん〉にてうけたるなり。これはもと続用第三活なる(見〔み〕る)を受けて(見〔み〕るらん)【原書に「)」はない。脱として補う】といはねばならぬ処を、一段活にかぎりてある変例よりして然(し)か受けたるなれば、(取〔と〕らん)といへるなどに対して甚だ紛らはしくなれるなり。]
〈言〔い〕へらん〉[これは四段活の第四音より良行変格活にはたらかしたる〈ら〉を将言の〈ん〉にて受けたるなり。]
〈言〔い〕ふらん〉[これは第三続用活なる〈ふ〉を第四将言の〈ら〉にて受け、それを又、将言の〈ん〉にてうけたるなり。]
〈取〔と〕らん〉[これは良行四段活の〈ら〉を将言の〈ん〉にて受けたるなり。]
〈見〔み〕らん〉[これは一段活の続用活なる〈見〔み〕〉を第四将言の〈ら〉にて受けて、これを又、将言の〈ん〉にてうけたるなり。これはもと続用第三活なる(見〔み〕る)を受けて(見〔み〕るらん)【原書に「)」はない。脱として補う】といはねばならぬ処を、一段活にかぎりてある変例よりして然(し)か受けたるなれば、(取〔と〕らん)といへるなどに対して甚だ紛らはしくなれるなり。]
かかる類ひの紛らはしきものはなほ幾等もあるべけれど、爰(ここ)に示し尽くすべき事ならねば、いひもて来たる因(ちなみ)に思ひよれるをのみ、かくなむ。
此書は緒言にも言ひ置きつる如くにて、これまで諸大家先生たちのものせられし語学書どもとは異なる処多きものなるを、ましてこの下巻は人のいはざりし詞の組たてかたを説けるからに、いよいよ耳馴れぬ事の多かるべし。仍(より)てはこれを「あらぬ異ざまの教へにして、初学を惑はすものなり」など評せられんかと、それのみ心がかりにて、とやかくたゆたはるれど、「よし、さあるもいかがはせん。知る人ぞしるらめ」とおもひとりて、斯(か)くものしたれば、希(ねがは)くは「よき人のよしとよく見て」とかいへる如く、よしの山の奥深きものにはあらねど、さるかたにまたよしといひて人の見む事を祈るなり。
詞の組たて下巻 畢
【補説】
この「加言」で谷は、今でいう「ク語法」を扱い、「延言(のべごと)」という概念でそれを説明している。最後に本書執筆にかける谷の思いが吐露されていて、事実上の結語(あとがき)になっている。以下に『言語構造式』の末尾の文章を示す。「右は吾皇国の言語を構造する普通法にして、これを知らざれば詠歌作文をはじめ、何にても正しく言ひ整ふる事はならざるものなれば、必らず学ぶべきものなりとす。然れども此書のみにてはなほ初学の人に解し難かるべければ、詞の組たてと言ふをものしてこれを註すべし。編者述」


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