間取図は、津市入江町(現津市大門)にあった旧山名邸の間取りを、大原瑞夫さんが幼時の記憶をもとに再現したものです。大原さんは、藪本さんには父方の従兄に当たります。父の実家であった旧山名邸について詳しい様子を知りたく思った藪本さんが、当時そこに住んでいた大原さんに依頼して、20年ほど前に書いてもらったものです。2021年3月17日、私は大原さんとお会いして、直接お話を伺いました。
 旧山名邸は、幕末の安政年間(1855~1860)まで、寺子屋「修天爵書堂」として使用されていました。寺子屋廃業の後は住居となり、昭和20年(1945)7月28日深夜の米軍による空襲で焼失しました。大原さんは旧山名邸最後の戸主であった山名政大(まさお)氏の孫にあたります。大原さんは両親を早くに亡くし、2歳の時に祖父母に引き取られて育ちました。7歳で空襲に遭うまで、大原さんは祖父母とともにこの家で暮らしました。藪本さんから依頼された当時、そして80歳を越えた今もなお、大原さんは幼時の記憶をかなり正確に再現でき、私の質問に対しても、覚えている事を正確に語ってくれました。
 間取図は、家の様子を正確に再現すべく、方眼紙に書かれています。これを書く前に、大原さんは概況図とも呼ぶべきラフスケッチを2面書いています。それには、縮尺や形は間取図ほどの正確さはないものの、記憶にはかえって忠実な面もあります。2面は一枚の原稿用紙の裏表に書かれていて、1面は家とその周囲、1面は千坪ほどあった敷地の東半分を広く書いています(前者を概況図1、後者を同2とします)。
 概況図1は上下を反転させながら書いていて、天地逆になっている文字が混在しています。こちらは間取図の原型です。形や寸法は不正確ですが、間取図にはない情報があります(詳細は後述)。概況図2には、山名邸の東側の様子が書き込まれています。山名邸の敷地は千坪前後あり、山名家は邸の周囲の土地を貸したり、借家を建てたりして、借地料や借家料を得ていました。大原さんは「月末になると、借料を集める祖母に連れられて、借家や商店を回り歩きました」と語ってくれました(なお、図はともに上が北です)。
0318概況図1
0318概況図2