これは昭和13年(1938)頃に撮影された空中写真に写る津市入江町付近です(画像は上が北です)。この空中写真は、平成8年(2006)頃に、藪本さんが津市内の写真店で購入したものです。津市津図書館がこの写真の一部複製を所蔵しており、その書誌情報には「三重県が旭航空工業に発注し、同社が昭和13年5月13日に撮影」とありました。ただ、これは寄贈者による情報で、裏付けとなる資料がありません。
2021年2月22日、津市在住の写真愛好家・河野通太郎さんにこの空中写真を見て頂きました。河野さんは「おそらく高度150mほどの低空から、キャビネ版で撮影したものであろう。複葉機で低速飛行し、パイロットも撮影者もよほど熟練していただろう。津駅方面から丸の内へ向かう拡幅された道路の両側に暗い影が点々と見えるのは街路樹であろう」等々、気付いた事をさまざまに指摘してくれました。
この「拡幅された道路」について、伊勢新聞1937年11月2日付記事には次のようにあります。「すなはち津市が都計事業として本年六月着工した津駅ー阿漕線(市役所前、延長百七十メートル、幅員廿メートル)は既に開通、また同附帯工事である同線南端の丸之内地内十字路から中之番町に至る中之番線(延長百四十メートル幅員十五メートル)も一日全部の舗装を終了、たゞ街路樹の植込みを残すのみとなつた」。
河野さんの「街路樹がすでに植えられている」との指摘は、寄贈者の伝えた撮影日時と矛盾しません。津図書館の書誌情報はまず信頼してよいだろうと思います。
空中写真に写る旧山名邸とその周囲の様子は、大原さんの書いた概略図2とほぼ一致します。概況図2の範囲は、山名家の所有地とほぼ一致します。大原さんの記憶は信頼でき、間取図も、旧山名邸を正確に再現していると信頼してよいと思います。
なお、画像には縦に2本、黒線が引かれています。これは、当時の行政担当者が特殊なペンで書き入れたものと推測できます。すべて2本の並行線である黒線は、現在の津市内の主要道路とほぼ一致します。画像の黒線も、現在の国道23号線バイパスにほぼ重なります。画像中央の区画のほぼ中央、左の黒線のすぐ右、大きな切妻屋根が南北に流れる建物が、旧山名邸です。山名家の所有地は中央の区画の左の黒線の東側で、約千坪ありました。邸と通路や庭以外の土地は借地とされ、借料は山名家の収入の柱となっていた時期もありました。
2021年2月22日、津市在住の写真愛好家・河野通太郎さんにこの空中写真を見て頂きました。河野さんは「おそらく高度150mほどの低空から、キャビネ版で撮影したものであろう。複葉機で低速飛行し、パイロットも撮影者もよほど熟練していただろう。津駅方面から丸の内へ向かう拡幅された道路の両側に暗い影が点々と見えるのは街路樹であろう」等々、気付いた事をさまざまに指摘してくれました。
この「拡幅された道路」について、伊勢新聞1937年11月2日付記事には次のようにあります。「すなはち津市が都計事業として本年六月着工した津駅ー阿漕線(市役所前、延長百七十メートル、幅員廿メートル)は既に開通、また同附帯工事である同線南端の丸之内地内十字路から中之番町に至る中之番線(延長百四十メートル幅員十五メートル)も一日全部の舗装を終了、たゞ街路樹の植込みを残すのみとなつた」。
河野さんの「街路樹がすでに植えられている」との指摘は、寄贈者の伝えた撮影日時と矛盾しません。津図書館の書誌情報はまず信頼してよいだろうと思います。
空中写真に写る旧山名邸とその周囲の様子は、大原さんの書いた概略図2とほぼ一致します。概況図2の範囲は、山名家の所有地とほぼ一致します。大原さんの記憶は信頼でき、間取図も、旧山名邸を正確に再現していると信頼してよいと思います。
なお、画像には縦に2本、黒線が引かれています。これは、当時の行政担当者が特殊なペンで書き入れたものと推測できます。すべて2本の並行線である黒線は、現在の津市内の主要道路とほぼ一致します。画像の黒線も、現在の国道23号線バイパスにほぼ重なります。画像中央の区画のほぼ中央、左の黒線のすぐ右、大きな切妻屋根が南北に流れる建物が、旧山名邸です。山名家の所有地は中央の区画の左の黒線の東側で、約千坪ありました。邸と通路や庭以外の土地は借地とされ、借料は山名家の収入の柱となっていた時期もありました。

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