【翻字】
法心上人(ほつしんしやうにん)
法心上人(ほつしんしやうにん)
あしなくて 雲(くも)の はしるも あやしきに 何(なに)をふまへて 霞(かすみ)たつらん
〇師名は法心(ほつしん)号は性才(せいさい)元(もと)より 文字(もんじ)をしらず中年にして 俗(ぞく)をはなれ宋(そう)に渡(わた)つて径山(けいざん)の 無準(ぶしゆん)禅師に参す準円相(ゑんさう)の 中に丁(てい)の字を書(かき)て示さる 師これを工夫(くふう)して骨臀(ほねもゝにく)はれ たゞるといへども尚倦(うま)ず九寒暑(くかんしよ) を経(へ)て遂(つい)に悟入(ごにう)す辞(じ)し帰(かへ)つ て奥州松島に円福寺をひら く師其死期(しご)を知つて七日前に 其徒(そのと)にしめし期に至(いたつ)て端(たん) 坐(ざ)して化す 朝廷其徳を 称(せう)して法心法身国師と 号をたまふ
【校訂本文】
【校訂本文】
法心上人
足なくて 雲の走るも 怪しきに 何を踏まへて 霞立つらん
〇師、名は法心、号は性才。元より文字を知らず。中年にして、俗を離れ、宋に渡つて、径山の無準禅師に参す。準、円相の中に丁の字を書きて示さる。師、これを工夫して、骨・臀腫れ、爛るといへども、なを倦まず、九寒暑を経て、遂に悟入す。辞し帰つて、奥州松島に円福寺を開く。
師、その死期を知つて、七日前にその徒に示し、期に至つて、端坐して化す。朝廷、その徳を称して、「法心法身国師」と号を賜ふ。
師、その死期を知つて、七日前にその徒に示し、期に至つて、端坐して化す。朝廷、その徳を称して、「法心法身国師」と号を賜ふ。
【語釈】
径山(きんざん):中国浙江省にある山。ここでは径山寺を指す。当時有名な禅の修行場であり、6の心地覚心が無門慧海から印可を受けたのもここであった。
無準禅師:無準師範。中国南宋の臨済宗の禅僧。径山万寿寺第34世として、日本から渡った多くの僧を指導した。
工夫:仏道修行などに専念すること。特に禅宗で、座禅に専心すること。
九寒暑:「九年」の意
円福寺:瑞巌寺を指す。平安時代に天台宗延福寺として創建された後、鎌倉時代、時の執権北条時頼により法心性才を開山として臨済宗円福寺とされ、江戸時代、仙台藩主伊達政宗により臨済宗瑞巌寺として再興された。

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