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【翻字】
無住長老(むぢうちやうらう)
世(よ)の中(なか)は あるに まかせて あられけり 有(あら)んとすれば あられざりけり
〇師名は一円(いちゑん)号は無住幼(よう)に して父(ちゝ)を喪(うしな)ひ出家して 顕密(けんみつ)を学(まな)ぶまた聖一(しやういち)国師に に参じて弟子の列(れつ)に加(くわ)はり 尾州に長母寺をひらきて 禅密の二宗(しう)を弘通(ぐづう)す時に 熱田明神(あつたみやうじん)示現(じげん)して師の徳 を称し給ふ後いせの蓮華 寺に移り正和(しやうわ)元年十月十日に化す 勅して大円(だいゑん)国師 と諡(をくりな)す

【校訂本文】
 無住長老
 世の中は あるにまかせて あられけり 有らんとすれば あられざりけり
 〇師、名は一円、号は無住。幼にして父を喪ひ、出家して顕密を学ぶ。また、聖一国師に参じて、弟子の列に加はり、尾州に長母寺を開きて、禅密の二宗を弘通す。
 時に熱田明神、示現して、師の徳を称し給ふ。
 後、伊勢の蓮華寺に移り、正和元年十月十日に化す。勅して大円国師と諡す。

【語釈】
聖一国師:円爾弁円。鎌倉時代の臨済宗の僧。渡宋して無準師範の指導を受け、帰国後、東福寺の開山となる。
長母寺:治承3年(1179年)の創建。天台宗寺院であったが、弘長3年(1263年)、無住一円が入寺、以降、禅宗寺院となる。
禅密の二宗を弘通す:無住は宗派にこだわらない「八宗兼学」の立場であった
蓮華寺:県内に同名寺院が複数あるが、ここでは桑名の蓮華寺
正和元年:1312年

【解説】
 8人目は無住一円、仏教説話集『沙石集』の著者として知られる僧です。略歴の中に、熱田神宮の祭神の霊験譚が含まれています。
 歌は、我意を排することを勧める内容で、無学な庶民に説法し教化することを好んだ、無住らしい内容です。