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【翻字】
夢窓国師(むさうこくし)
きくは耳(みゝ) みるは 眼(まなこ)の ものならば こゝろは何(なに)の ぬしとなるらん
〇師名は疎石(そせき)号は夢窓はじめ 講肆(こうし)に周遊す后(のち)別伝(べつでん)のむねを したひ高峯和尚の嗣(つぎ)となる 暦応(れきおう)二年将軍高氏(しやうぐんたかうぢ)天龍寺を 営(いとな)み師を以(もつ)て開山(かいさん)とす観応二 年九月三十日寿七十六にて示寂す 七朝(てう)の天子師を崇(たつとみ)てしきりに 国師号を累賜(し)す師初め土佐国(とさのくに) 吸江(ぎうこう)寺に住し給ふ時に彼(かの)国いまだ 桶(おけ)をしらず師教(をしへ)て之(これ)を製(せい)せら る今も彼国にて桶を業(わさ)となす 家々には師(し)の像(ぞう)を祀(まつ)らざるはなし と云々

【校訂本文】
 夢窓国師
 聞くは耳 見るは眼の ものならば 心は何の 主となるらん
 〇師、名は疎石、号は夢窓。はじめ講肆に周遊す。後、別伝の旨を慕ひ、高峯和尚の嗣となる。
 暦応二年、将軍高氏、天龍寺を営み、師を以て開山とす。観応二年九月三十日、寿七十六にて示寂す。七朝の天子、師を崇みて、しきりに国師号を累賜す。
 師、初め、土佐国、吸江寺に住し給ふ。時に、彼の国、いまだ桶を知らず。師、教へて、之を製せらる。今も、彼の国にて桶を業となす家々には、師の像を祀らざるはなし、と、云々。

【語釈】
講肆:講舎。講堂。ここでは「禅宗以外の寺院」の意。
別伝:「教外別伝」の略。禅宗の要諦を示す語。仏の教えの深奥は言葉でなく心から心へ直接に伝えられるものであるという思想。ここでは「禅宗」を指す。
高峯和尚:高峰顕日(本書10)。鎌倉時代後期の臨済宗の僧。
暦応二年:1339年。この年、後醍醐天皇が崩御し、足利尊氏がその菩提を弔う寺院建立に動き出した。
将軍高氏:室町幕府初代将軍足利尊氏。高氏は改名前の名。
天龍寺:康永4年(1345年)、足利尊氏が夢窓疎石を開山として創建
観応二年:1351年
累賜:「重ねて贈る」意。夢窓疎石は国師号を7度(生前に夢窓・正覚・心宗、死後に普済・玄猷・仏統・大円の各国師号を)歴代天皇から下賜された(なお「累」字の振り仮名は縦線となっており、判読できない)
吸江寺:文保2年(1318年)創建。

【解説】
 13人目は夢窓疎石です。紹介文の前半は略歴ですが、後半は「土佐国(高知県)に桶(の製法)をもたらした功績」の紹介です。宗教に全く無関係な逸話ですが、内容の真偽と別に、ここに記した意図に興味引かれます。
 歌は、表現は平明ですが、仏教的含意は深遠です。