大原さん作成の間取図では、階段の上り口は西側通用口を入ったすぐのところにありました。この位置は、既に屋内にいる家人にとっては不便な場所であり、外部からの来訪者にとっては便利のいい位置と言えます。
 私の実家の階段は、「南なんど」と呼ばれる、一階北西奥の和室になります。これは、荷物を二階に上げるにも、二階から荷物を下ろすにも、家人にとっては便利のいい位置です。下は畳の部屋で、布団であれ食器類であれ、下に置いても土で汚れる気づかいが要りません。一方、旧山名邸の階段は、一階西南端という、屋内では一番隅にあります。荷物の上げ下げでは、一番隅まで荷物を運ばなくてはなりません。その上、下が土間ですから、荷物を下に置くと土で汚れます。荷物の収納だけを考えれば利便性は良くない位置であり、わざわざここに階段を設置するのは不合理です。
 しかし、二階を寺子屋の教場として利用するのなら、ここは格好の位置と言えます。通用口から邸内に入った寺子たちは、恐らく土間で履き物を脱いで所定の位置に揃え、階段を上ったはずです。土間にざら板などを置けば、寺子たちはその上を移動して階段の上り口に行けます。二階から降りて帰る時は逆の動きになります。寺子の出入りと邸内奥にいる家人たちが空間的に分離できます。両者の活動が交錯するのはトイレだけで、トイレを借りる寺子だけが、土間を通って奥へ行き、邸の北端にあるトイレに行くくらいです。