カテゴリ: 世説新語茶(江戸版本)
跋
【翻字】
行粋(ゆくすい)の流(ながれ)は同し人にしてしかももとの
野夫(やぼ)にはあらず土気(つちけ)のとれたる吸物
好(ごのみ)梅咲(さく)宿の春しごとこぞのままなるふる
衣(ごろも)ふるきをたづねて新五茶(しんござ)のいやみから
みもなには江(へ)やあしとは人のいふらんも唯(たゞ)
吉原のよしよしとつのぐむいろはほにしへて
野夫(やぼ)にはあらず土気(つちけ)のとれたる吸物
好(ごのみ)梅咲(さく)宿の春しごとこぞのままなるふる
衣(ごろも)ふるきをたづねて新五茶(しんござ)のいやみから
みもなには江(へ)やあしとは人のいふらんも唯(たゞ)
吉原のよしよしとつのぐむいろはほにしへて
みとりの色香深川のふかき浅きはくみ分(わけ)
て知る人ぞしるしやれ仲か間(なかま)ちかゝらん
者は目にめじろ遠からんものは耳に音羽の
音に聞(きく)遊子方言(ほうげん)辰巳の岡高きをこのむ
はなつぱりむしろつまたちて望(のぞま)んよりは火の見
はしごをのぼりてこそ他(た)の高慢の鼻柱
をしらんかしかし味酒(あぢざけ)の蜜をねぶらせて終(つゐ)
て知る人ぞしるしやれ仲か間(なかま)ちかゝらん
者は目にめじろ遠からんものは耳に音羽の
音に聞(きく)遊子方言(ほうげん)辰巳の岡高きをこのむ
はなつぱりむしろつまたちて望(のぞま)んよりは火の見
はしごをのぼりてこそ他(た)の高慢の鼻柱
をしらんかしかし味酒(あぢざけ)の蜜をねぶらせて終(つゐ)
にうつはきに剥(はぎ)とらるゝはいづくも同じ狂言綺
語(けうごんきご)さん茶梅茶のかね四つきりの裏茶屋はいり
寝て解く文庫結びの黒繻子かひやひやさわるも
何とやらんさうさう敷引茶屋(ひけぢやや)より取よせて
の飲喰(のみくひ)もむねつかゆる心地ぞするをましてや茶漬(ちやつけ)
茶碗にもりたる心太(ところてん)を御夜食と覚たらんも尚
おかしからぬかは
酔醒茶弦(ゑひざめのぢやづる)がいふ
語(けうごんきご)さん茶梅茶のかね四つきりの裏茶屋はいり
寝て解く文庫結びの黒繻子かひやひやさわるも
何とやらんさうさう敷引茶屋(ひけぢやや)より取よせて
の飲喰(のみくひ)もむねつかゆる心地ぞするをましてや茶漬(ちやつけ)
茶碗にもりたる心太(ところてん)を御夜食と覚たらんも尚
おかしからぬかは
酔醒茶弦(ゑひざめのぢやづる)がいふ
【語釈】
・しんござ・・・江戸時代、遊里で、やぼな田舎武士をばかにしていう語。浅黄裏?。新五左。
・つのぐむ・・・草木の芽が角のように出はじめる。
・辰巳の岡・・・深川の岡場所。深川の芸者は「辰巳芸者」と呼ばれ、「意気(粋)」とされていた。
・はなっぱり・・・人と張り合って負けまいとする意気。向こう意気。負けん気。
・うつはぎ・・・そっくりはぎ取ること。まるはぎ。
・狂言綺語・・・。道理にはずれた語や飾り立てた語。小説・物語・戯曲などを卑しめていう語
・三茶・・・三軒茶屋。当時ここに三軒の茶屋があったことから地名の通称となった。
・かね四つ・・・夜四つ(午後10時ころ)の時の鐘。女郎屋の張見世終了時刻であった。
・裏茶屋・・・遊里の裏通りにあった茶屋。遊女と間夫?(まぶ)?の忍び逢いなどに利用された。
・文庫結び・・・当時、武家の女性が結ぶ帯の基本的な結び方であった。
【解説】
跋は序文と同じく、文飾の多い戯文です。江戸の岡場所の地名や情景を織り込み、四編の内容にも触れ、古典からの引用やパロディを盛り込んでいますが、特に深い意味はなく、ただ跋文として置いて本の体裁を整えている駄文にすぎません。
本書は『太田南畝全集 第7巻』『洒落本大成 第7巻』『洒落本大系 第4巻』『徳川文芸類聚 5』『洒落本集』などに収録されているようです。詳しくはそちらをご参照ください。

四 笑止 音羽 6終(十蔵、その場を収める)
【翻字】
[十](来る)是は旦那どふで
ごぜんす重野さんどうしなせんたへ[重]いゝにやサ宵に
の[源]宵にも何にもいらねへおれかいつて聞せふ此
ふんばりが今まで何所何所かうしやあがつてばかばか
しい売ねへ駒牽銭を見るやうにふとんの
うへにおれひとりおきあがつたかそれにもとん着(ぢやく)
ごぜんす重野さんどうしなせんたへ[重]いゝにやサ宵に
の[源]宵にも何にもいらねへおれかいつて聞せふ此
ふんばりが今まで何所何所かうしやあがつてばかばか
しい売ねへ駒牽銭を見るやうにふとんの
うへにおれひとりおきあがつたかそれにもとん着(ぢやく)
するやうないやみな事(こつ)てもねへけれどもたばこ
の火が消(けへ)たから手をたゝへたら泥鼈(すつぽん)だそふで
つらア出しやアがつて真(ま)の振(ふりよ)をしてそうぞうしい
のやかましいのとぬかしやアがるからの事さ[十]
そりやア重野さんもよくごぜんせん[重]いゝにやサ
宵に来て見たらよく寝入(ねいつ)て居なさるに仍(よつ)て
[十]それだとつてもお前モウ追付(おつつけ)七つでごぜん
の火が消(けへ)たから手をたゝへたら泥鼈(すつぽん)だそふで
つらア出しやアがつて真(ま)の振(ふりよ)をしてそうぞうしい
のやかましいのとぬかしやアがるからの事さ[十]
そりやア重野さんもよくごぜんせん[重]いゝにやサ
宵に来て見たらよく寝入(ねいつ)て居なさるに仍(よつ)て
[十]それだとつてもお前モウ追付(おつつけ)七つでごぜん
せふマア何所へ行(いつ)て居なせんした[重]ナニサお筆
さんの客衆(きやくしゆ)が宵立(よいだち)だからあの子の所(とけ)へいつてうたゝ
ねをしたらつゐ今まで[十]ソレそれが悪ふごぜん
す何所の国に客衆のあるに余所(よそ)の座敷に寝る
といふ事が有(ある)もんでごぜんすイエもふ兎角(とかく)此子(このこ)が
わるふ御座りますから御堪忍(ごかんに)なすつて御きげんよく
およりましへゝゝゝハゝゝゝ[源]いゝにくい事てごぜんす
さんの客衆(きやくしゆ)が宵立(よいだち)だからあの子の所(とけ)へいつてうたゝ
ねをしたらつゐ今まで[十]ソレそれが悪ふごぜん
す何所の国に客衆のあるに余所(よそ)の座敷に寝る
といふ事が有(ある)もんでごぜんすイエもふ兎角(とかく)此子(このこ)が
わるふ御座りますから御堪忍(ごかんに)なすつて御きげんよく
およりましへゝゝゝハゝゝゝ[源]いゝにくい事てごぜんす
すが事とすべによつちやア此土地(とちよ)をはき地にして
すもふ取草(とりぐさ)にぺんぺん草ばつたこうろぎきり
ぎりすを鳴(なか)せる法もしつて居やす[十]そりやア
もふ如才(じよせへ)のねへおかたと申事ア一寸(ちよつ)と物をおつせん
すのても知れやすマア何かなしに今夜の事は
私(わたくし)に下さりまし[源]よふごぜんすこんたに昇(のぼせ)
られてあつく成(なる)のじやアねへがわつちだとつて
すもふ取草(とりぐさ)にぺんぺん草ばつたこうろぎきり
ぎりすを鳴(なか)せる法もしつて居やす[十]そりやア
もふ如才(じよせへ)のねへおかたと申事ア一寸(ちよつ)と物をおつせん
すのても知れやすマア何かなしに今夜の事は
私(わたくし)に下さりまし[源]よふごぜんすこんたに昇(のぼせ)
られてあつく成(なる)のじやアねへがわつちだとつて
も理も非も聞(きゝ)わけねへ一国(いつこく)な野郎でもご
ぜんせんそれほどにいはつしやるもんだから
何も公界(くげへ)だなんにもいはずにおとなしく夜
のあけるまで寝ていきやせふ[十]そりやア有
がたふござりますさあさあよりまし重野さん
ねかし申なせんし[重]さあおよりゐし[源]
アイ寝やせうとつて[十]まだよつ程およら
ぜんせんそれほどにいはつしやるもんだから
何も公界(くげへ)だなんにもいはずにおとなしく夜
のあけるまで寝ていきやせふ[十]そりやア有
がたふござりますさあさあよりまし重野さん
ねかし申なせんし[重]さあおよりゐし[源]
アイ寝やせうとつて[十]まだよつ程およら
れますハイ左様なら[源]これは大(おほき)に御苦労
でごぜんした[十]ナニお前へゝゝゝハゝゝゝ(跡は間ぬけ
の床入(とこいり)にたがひに無言(むごん)のしり合(あは)せ[重]はごうごう[源]はあゝ
あゝあゝいびきとあくびのかけ合(あひ)にやゝ時うつれははや明け
わたるしのゝめの空)花の雲鐘は目白か護国寺かうき
たつ春の心哉(こころかな)心哉
でごぜんした[十]ナニお前へゝゝゝハゝゝゝ(跡は間ぬけ
の床入(とこいり)にたがひに無言(むごん)のしり合(あは)せ[重]はごうごう[源]はあゝ
あゝあゝいびきとあくびのかけ合(あひ)にやゝ時うつれははや明け
わたるしのゝめの空)花の雲鐘は目白か護国寺かうき
たつ春の心哉(こころかな)心哉
【通釈】
十蔵が来る。「これは旦那どうしたのでございます。重野さんどうしなさったえ」。重野「いや、さ、宵に、の」。源六「宵にも何にも(お前が言うことは)いらねえ。俺が言って聞かせよう。このアマが今までどこへか失せ(てい)やがって。馬鹿馬鹿しい、売れねえ駒牽き銭を見るように、布団の上に俺一人置きやがったが、それにこだわるような嫌味な事(を言うつもり)でもないけれども、たばこの火(種)が消えたから手を叩いたら、(こいつは)すっぽん(みたいなアマ)だそうで、つらを出しやがって、真面目なふりをして、騒々しいの、やかましいのと抜かしやがるから(大きな声を出したまで)の事さ」。十蔵「そりゃあ重野さんも良くございません」。重野「いや、さ、宵に来てみたらよく寝入っていなさるから」。十蔵「そうだとしても、あなた、もうそろそろ七つでございましょう。まあ、どこまで行っていなさった」。重野「なに、さ、お筆さんのお客が宵立ちだから、あの子の所へ行ってうたたねをしたら、つい今まで」。十蔵「それ、それが悪うございます。どこの国にお客があるのによその座敷で寝るという事があるものでございます?いえ、もうとにかくこの子が悪うございますからご勘弁なさって、ご機嫌良くお休み下さい。ヘヘヘ、ハハハ」。源六「言いにくいことでございますうが、事と次第によっちゃ、この土地を掃き地にして、相撲取り草にぺんぺん草、ばった・こおろぎ・きりぎりすを鳴かせる方法も知っております」。十蔵「そりゃあもう、抜け目のないお方と申す事は、ちょっと物をおっしゃいますのでもわかります。まあとにかく、今夜の事は私に(任せて)下さいまし」。源六「良うございます。あなたにおだてられて熱くなるのじゃあねえが、私だとて理も非も聞き分けねえ頑固な野郎でもございません。それほどに言われるもんだから、いずれにしてもこの世は苦界だ(、こだわったって始まらない)、何にも言わずに大人しく夜の明けるまで寝て行きましょう」。十蔵「そりゃあ、ありがとうございます。さあさあ、お休みなさいまし。重野さん、寝かせ申しなさいまし」。重野「さあ、お休み下さい」。源六「はい。寝ましょう」と言って(行く)。十蔵「まだよっぽど(の時間)お休みできます。はい、さようなら」。源六「これは大いにご苦労でございました」。十蔵「なに、あなた、ヘヘヘ、ハハハ」。後は間抜けな床入りに、互いに無言の(ままで)尻を合わせ、重野はごうごう、源六はああ、ああ、いびきとあくびの掛け合いに、少し時が移れば、早くも夜が明けわたる曙の空である。(上野の)桜は満開で雲のよう、明け六つの鐘は目白不動か護国寺か。浮き立つ春の心かな、心かな。
【語釈】
・ふんばり…下等な遊女を卑しめていう語。
・駒牽き銭…金のたまるまじないとして財布に入れられたりしていた、人が馬を引いていく図柄の模造通貨。
・ま…偽りがないこと。まこと。ほんとう。真実
・七つ…午前四時ころ。
・駒牽き銭…金のたまるまじないとして財布に入れられたりしていた、人が馬を引いていく図柄の模造通貨。
・ま…偽りがないこと。まこと。ほんとう。真実
・七つ…午前四時ころ。
・よる…不詳。ここでは「もたれかかる」の意から「横になり休む」の意か。
・宵立ち…遊里で、朝までの揚げ代を支払った客が、宵のうちに帰ること。また、その客。
・掃き地…立退きを命ぜられた土地。取払いを命じられた地。
・相撲取り草・・・スミレ、あるいはオヒシバの別称。
・ぺんぺん草・・・ナズナの別称。
・如才ない…気がきいていて、抜かりがない。
・何かなしに…とやかく言わずに。とにかく。
・のぼせる…おだてる。
・のぼせる…おだてる。
・公界・・・ここでは「苦海」か。苦しみの絶えないこの世を海にたとえていう語。苦界 (くがい) 。
・しののめ・・・夜が明けようとして東の空が明るくなってきたころ。あけがた。あけぼの。
・鐘・・・時を告げる鐘。
・目白・・・目白不動。
【解説】
本編冒頭、源六を店に呼び込んだ十蔵が現れ、二人の騒ぎを静め、騒動は終わります。結局源六の遊興はめちゃくちゃなままに終わります。
編名の「笑止」は「くだらない」という意味ですが、これは「こういう女郎遊びは笑止」という意味でしょう。読者はきっと悪い例、戒めとして「こういう遊び方だけはするまい」と思って読んだことでしょう。そもそも女郎遊びというものは褒められた遊びではない訳ですから、賢ぶらず、気取らず、嫌みにならないように、馬鹿を承知でさっぱりと遊ぶのが良いということなのでしょうか。
本書も残すは跋だけになりました。あと一回で読了です。
四 笑止 音羽 5(源六、重野にまくし立てる)
【翻字】
[重]さつき来た
けれともよく寝ておいでなんすから起し申も
わるいと思つてあつちイいきやした堪忍(かんに)なせん
し[源]なんだ堪忍しろはゝせつかう泣(なき)やむねゝ
さましやア有めへしそんなあまつたるい事で
けれともよく寝ておいでなんすから起し申も
わるいと思つてあつちイいきやした堪忍(かんに)なせん
し[源]なんだ堪忍しろはゝせつかう泣(なき)やむねゝ
さましやア有めへしそんなあまつたるい事で
堪忍する野郎じやねへわい[重]それでもお前
わつちが悪いから誤りやすに堪忍ならざあ
どふともなせんし[源]とふともしろとつて首
を切て灰吹(へへふき)にも成めへし腕をもゐて香(かう)の物
にもされやアしねへがマアよく考(かんけへ)て見やあがつたが
ゑへ命から二番目の銭金を出して一晩買(かひ)
切て置くからたはそれに夜ひてへほつきあるい
わつちが悪いから誤りやすに堪忍ならざあ
どふともなせんし[源]とふともしろとつて首
を切て灰吹(へへふき)にも成めへし腕をもゐて香(かう)の物
にもされやアしねへがマアよく考(かんけへ)て見やあがつたが
ゑへ命から二番目の銭金を出して一晩買(かひ)
切て置くからたはそれに夜ひてへほつきあるい
て居やアがつてどふともしろたア何の事(こつ)た[重]
それだからかんになせんしといへばならねへとおつ
せんすもんだからとふも仕様がごぜんせん[源]なんだ
か又こいつが禅宗坊主ウ見たやうにつべこべつべこべ口
ごてへをしやあかる力持(ちからもち)の女のよふに成ばかり大
きいかと思やあ座敷の内から大きなつらアしや
かつて胸のわるいたかて今の相場なら壱分に
それだからかんになせんしといへばならねへとおつ
せんすもんだからとふも仕様がごぜんせん[源]なんだ
か又こいつが禅宗坊主ウ見たやうにつべこべつべこべ口
ごてへをしやあかる力持(ちからもち)の女のよふに成ばかり大
きいかと思やあ座敷の内から大きなつらアしや
かつて胸のわるいたかて今の相場なら壱分に
百四十八文込三人といふ女郎衆(しゆ)た余(あんま)り高く
とまる風じゃアねへはサ
とまる風じゃアねへはサ
【通釈】
重野「さっき来たけれども、よく寝ておいででしたから、起こし申すのも悪いと思って、あっちへ行きました。お許しなさいませ」。源六「何だ、〈許してくれ〉?はは。無理して泣き止む赤ん坊じゃあるめえし、そんな甘ったるい事で許す野郎じゃねえわい」。重野「それでもあなた、私が悪いから謝りますのに、(あなたが)お許しなさらないなら、どうとでもなさいませ」。源六「どうとでもしろと言ったって、(お前の)首を切って(みても、それが)灰吹きにもならないだろうし、腕をもいで(みても、それを)漬物にもできやしないだろうが、まあよく考えてみやがったらいい。命の次、二番目(に大事なそ)のお金を出して、一晩買い切て置く(お前のその)体は、それなのに(勝手に)夜、ひどいことにほっつき歩いていやがって、〈どうともしろ〉たあどういう事だ」。重野「それだからお許しなさいませと言えば、できないとおっしゃるものだから、どうともしようがございません」。源六「何だか又こいつが禅宗の坊主のようにつべこべつべこべ口答えをしやがる。力持ちの女のように体ばかり大きいと思えば、座敷にい(て食事をしてい)るうちから大きなつらをしやがって、腹の立つ。せいぜいのところ、今の相場で一分に百四十八文を加えて三人(は買い切れる)という(が、その金を出して俺が買い切った、お前はその)女郎衆だ。(それなのに)あんまりお高く止まって似合うもんじゃないわさ」。
【語釈】
・はゝせつかう・・・「ゝ」はあるいは「く」か。いずれにしても不詳。ひとまず「はゝ」を鼻で笑う擬声語、「せつかう」を「せっかく(無理をして。苦労して。わざわざ)」の音変化ととっておく。
・ねね・・・赤ん坊。ねんね。
・灰吹き・・・タバコ盆についている、タバコの吸い殻を吹き落とすための竹筒。
・ひてへ・・・不詳。「ひどい」の音変化か。
・なり・・・体格。
・胸が悪い・・・むかむかするほど腹立たしい。
・高・・・せいぜいのところ。
・こみ・・・いろいろなものをとりまぜて一つに扱うこと。
・壱分に百四十八文込三人といふ女郎衆・・・不詳。一分は銭千文。源六は実際にそれだけの額を出していたからこう言ったか。
・ふう・・・それらしいようす。ふり。
【解説】
最初はとぼけたり軽口を返していた重野ですが、源六の剣幕に一転謝り始めます。源六はかさにかかって悪口雑言を重ね、重野をいじめます。重野は謝りますが、「どうにでもしてくれ」と開き直ります。源六は金額のことまで言って、「お前は女郎で金で買われる女だ」と、身もふたもないことを言います。遊興はすっかり台無しです。
重野の振る舞いも褒められたものではありません。しかし、源六の言動は人としては最低でしょう。そもそも女郎屋遊び自体、遊興として褒められたものではない、むしろ恥ずべき行為です。また、源六が金を払ったのは店に対してであって重野にではありません。重野に大きな顔がしたければ、源六は祝儀を渡すべきだったのです。
以上の批判は現代の目から見たもの、というだけではないでしょう。おそらく当時の読者から見ても、源六の言動は嘲笑の対象ではなかったかと思われます。
ここまできてようやく十蔵が現れ、場を収めます。本編は他の三篇よりも長く、次回で完結します。
四 笑止 音羽 4(重野、中座し戻らず源六怒り出す)
【翻字】
(しばらくすぎて)[重](来り)ねなんした
かねなんしたか(といへども[源]少しもたせぶりにねたふりをして
音もせざれば[重]はそつとはいりあふのけにねて
唄(うた))つらやあきたよヲこの屋のつとめ(エゝ引
とうたひながらまくらもとの火入(ひいれ)にてたばこのみしが何思ひ
けんついとたちいでゝ行[源]はそらねいりごうごうといびき
かきしがあやにく目がさへてねられはせずひとりまぢまぢ
たばこばかりのみてまてどくらせどふたゝび来(こ)ぬゆへ
たばこの火きへたるにごうをにやし四つ折(おり)のはん紙(し)を
引さききせるのがんくびをつゝみ行燈の火にぼやぼやと
かねなんしたか(といへども[源]少しもたせぶりにねたふりをして
音もせざれば[重]はそつとはいりあふのけにねて
唄(うた))つらやあきたよヲこの屋のつとめ(エゝ引
とうたひながらまくらもとの火入(ひいれ)にてたばこのみしが何思ひ
けんついとたちいでゝ行[源]はそらねいりごうごうといびき
かきしがあやにく目がさへてねられはせずひとりまぢまぢ
たばこばかりのみてまてどくらせどふたゝび来(こ)ぬゆへ
たばこの火きへたるにごうをにやし四つ折(おり)のはん紙(し)を
引さききせるのがんくびをつゝみ行燈の火にぼやぼやと
もやし内へひといき引と脂(やに)の来るに又ごうをにやし
そのまゝ吸口(すいくち)から壁へはたきつけはらたちまぎれに
めったむせうに手をたゝくやゝしばらくして)[重](聞(きゝ)つけて来る)ヲヤ
そふぞふしい何でごぜんすナ[源]なんだ
そふぞふしいコレ大概(ていげへ)床(とこ)イ来る時分も有(あり)そふな物(もん)
だモウ何時(なんどき)だとおもふ[重]まだ四ツ過(すぎ)で
ごぜんせふ[源]ソレそういうあんけつだ今
八(や)ツウ打(うつ)たはな[重]よふごぜんさあナ八つが
そのまゝ吸口(すいくち)から壁へはたきつけはらたちまぎれに
めったむせうに手をたゝくやゝしばらくして)[重](聞(きゝ)つけて来る)ヲヤ
そふぞふしい何でごぜんすナ[源]なんだ
そふぞふしいコレ大概(ていげへ)床(とこ)イ来る時分も有(あり)そふな物(もん)
だモウ何時(なんどき)だとおもふ[重]まだ四ツ過(すぎ)で
ごぜんせふ[源]ソレそういうあんけつだ今
八(や)ツウ打(うつ)たはな[重]よふごぜんさあナ八つが
人を取て喰(く)やアしめへし[源]ナニ又荒井(あれへ)のゑんま
じやアなし人を喰ふのくはねへのといふのじやア
うぬが来るが遅へといふ事たはい
じやアなし人を喰ふのくはねへのといふのじやア
うぬが来るが遅へといふ事たはい
【通釈】
しばらく(時が)過ぎて、重野「寝なさいましたか」と言ったが、源六は思わせぶりに寝たふりをして返事もしないので、重野はそっと部屋に入り、仰向きに寝て、唄「〽辛い。いやだよ。この家の勤め~」と歌いながら、枕元の火入れで(火を点けて)たばこを呑んでいたが、何を思ったか、ぷいと立って行く。源六は狸寝入りをして「ごう、ごう」といびきをかいていたが、(重野が行ってからは)あいにく目が冴えて寝られはせず、一人目を覚まして、たばこばかり呑んで(重野が戻るのを)待ったが、待てど暮らせど戻って来ないので、タバコの火が消えたのに腹を立てて、四つ折りの半紙を引き裂き、キセルの雁首を包み、行燈の火にぼうぼうと燃やし、内に一息吸い込むと、脂が(熱で溶けて口の中に入って)来るのに又腹を立て、キセルごと壁に叩き付け、腹立ちまぎれにむやみやたらに手を叩く。ほんのしばらくして、重野が聞き付けて来て、「おや、騒々しい。何でございましょう」。源六「『何だ騒々しい』(だと)?いいかげん寝床へ来る頃合いもありそうなもんだ。もう何時だと思っている」。重野「まだ四つ過ぎでございましょう」。源六「それ、(お前は)そういう馬鹿だ。今(鐘が)八つを打ったわ」。重野「(別に)良うございますわ。八つが人を取って食ったりしないでしょうし」。源六「なに。又新井の閻魔じゃなし、人を食うの食わねえのという話じゃない。てめえが来るのが遅いという事だわい」。
【語釈】
・もたせぶり・・・気をもたせるような 言動をすること。
・入り・・・ここで「入っ」たのは部屋か、あるいは布団か。
・飽く・・・いやになる。飽きる。
・火入れ・・・煙草 (タバコ) 盆の中に組み込み、タバコにつける火種を入れておく器。
・あやにく・・・意に反して不都合なことが起こるさま。あいにく。
・まぢまぢ・・・なかなか寝つけずにいるさま。また、寝つけないまま、しきりにまばたきをするさま。
・業を煮やす・・・事が思うように運ばず、腹を立てる。
・雁首・・・キセルの頭部。先端にタバコを詰める火皿がある。
・引く・・・体内に吸い込む。
・やに・・・タバコを吸ったときにキセルやパイプにたまる褐色の粘液。
・吸い口・・・キセルの口にくわえる部分の金具。
・はたく・・・たたく。
・滅多無性・・・考えもなく手当たり次第に何かをするさま。むやみやたら。めったやたら。
・やや・・・少しの間。しばらく。
・たいがい・・・かなりの程度に達するさま。いいかげん。
・四つ・・・今の午後10時頃。
・あんけつ・・・人をののしる語。あほう。ばか。まぬけ。
・八つ・・・今の午前二時頃。
・荒井の閻魔・・・新居閻魔堂。鎌倉にあり、本尊として閻魔像を祀っていた。
・うぬ・・・相手をののしっていう語。きさま。てめえ。
【解説】
一度重野は寝間へやって来ますが、狸寝入りをしている源六を見捨てて部屋を出て行ったきり、戻ってきません。しびれを切らし、腹を立てた源六は手を叩いて重野を呼び付け咎めます。すると重野は「まだ10時過ぎだ」と言い、源六が「もう2時過ぎだ」と言うと、「2時なら2時でいいじゃないか」と、怒る源六を相手にしません。そんな重野の横柄な態度と人を食った物言いに源六はますます怒ります。
客として女郎を一晩買い切って、こういう扱いを受ける源六は確かに気の毒ですが、自業自得という面もあるように思います。それまでの白けた会話の延長で狸寝入りをされても、女郎としては起こす気にもなれないのは当然でしょう。第二編「粋事 深川」では、狸寝入りする庄兵衛をお中がくすぐって起こします(http://blogs.yahoo.co.jp/ohta_masakazu_p/69312414.html)が、あの二人の関係とはが全く違います。それなのに同じように狸寝入りをする源六は、人情も何も全く解していないと評する他なく、これでは冷遇されるのもある意味当然と言えます。
それにしても、重野の歌う歌は哀しく、当時の女郎の置かれたひどい境遇を如実に表しています。この後、源六はますます怒り、重野はひたすら謝ります。源六の女郎屋遊びは修羅場と化します。