江戸期版本を読む

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カテゴリ:世中百首絵鈔 > 世中百首絵鈔1~25

【翻字】
 世中の 親に 孝ある 人はたゞ 何に つけても たのもしきかな

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 孝行の道きはめてひ ろし千変万化のこと ありて逐一にしるしがたし 孝経論語礼記などに 委(くはし)くしるし侍りき爰に 親に孝をなす内に子 をあはれむ道もこもり 侍る也又は人のうへはいふに 及ばず千里をはしる 虎狼(とらおほかみ)やけのにあさる 雉(きゞす)まで子ゆゑに命を 捨(すつ)るはいきとしいける ものゝなさけにやもし又 爰にいへる親に孝を なし兄に悌の道をつ くししたかふ心をもつて 君主につかへ弟をはご くみ子をあはれむ心を もつて民をつかひ侍らは
たとひ天下ををさめ 侍る共何のなしがたき 事のあらん是則何に つけてもたのもしく 誰もかくこそ有べき 世中の大綱領(こうれい)也

【通釈】
 世の中で親孝行な人というものは、何につけても頼りになることだなあ

 孝行の道はきわめて広く、千変万化であり、一々書きがたい。『孝経』『論語』『礼記』などに詳しく書かれている。親孝行の中に、子を慈しむ道も含まれている。又このことは、人間は言うまでもなく、千里を走る虎狼や焼野に漁る雉まで、子のために命を捨てるのは、生き物すべての情愛であろうか。かりに又以上のような、親孝行をし、兄に悌の道を尽くして従う心で、君主に仕え弟を育み子を慈しむ心で民衆を従わせるならば、たとえ天下を治めましょうとも、何の困難なことがあろうか。これがすなわち、何につけても頼りになる、誰もこのようであるべき、世の中の一大規範である。

【語釈】
・孝経・論語・礼記…いずれも儒教の経典。
・焼け野の雉…親が子を思う情の深いことのたとえ。
・悌(てい)…年長者に柔順に仕えること。
・綱領…物事の最も大切なところ。要点。眼目。

【解説】
 第一首目は「孝」の重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、川のそばで瓢箪を持つ人物と、家の中で空を見ている人物が描かれています。「養老の滝」の伝説を描いたもののようです。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))


  

【翻字】
 兄弟(あにおとゝ) うやまひをなし はぐくむは 誰もかくこそ あらめ世中

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 あにおとゝと句を切 てうやまひといへる字 を兄をうやまふとい へる心に弟といへる 字にかけて見はごく むといへる字を弟を はごくむといへる心に 兄といへる文字に かけて見るへし是文 法なり注のこゝろは 前の哥にて見たり

【通釈】
 兄弟が、弟は兄を敬い、兄は弟を育むという関係であるのは、誰もそのようでありたいものである。この世の中は。

 「兄弟」と(ここでいったん)句を切り、「敬い」という字を「兄を敬う」という意味で「弟」という字に続けて見、「育む」という字を「弟を育む」という意味で「兄」という字に続けて(上の句全体は)見るべきである。これは(一つの)文法(に従った表現)である。注(として)の本質的な意味は前の歌の注(の中)で見てきたとおりである。

【語釈】
・心…物事の本質をなす意味。

【解説】
 第二首目は「兄弟」が思い合うことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、左手に農作物らしきものを入れた籠を提げた兄が弟の手を引いている姿を描いています。二人が互いの顔を見ているのが、歌の心をよく表しています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中は 等閑 なくて いんぎんに 有べきことや しかるべからん

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 等閑なきといふは念比(ねんころ) なる心也なへての人 には念比に成と必ず うやまひの気うすく成(なり) 行(ゆき)侍る事つねの事也 晏平仲(あんへいちう)よく人と交(まじは)り 久(ひさしく)して敬すと孔子もほ め給ひし也曲礼に賢者(けんしやは) 狎而敬之(なれてけいす)といへりしにも 通ふべし友だちの交り にも有べき事なり しかるべからん道なる べし

【通釈】
 世の中は、人と親しくしてしかも礼儀正しくするべきだというのが、望ましいであろう。

 「等閑なき」というのは「親しい心」である。普通の人は、親しくなると、相手を敬う気持ちが薄れていきますのが一般です。「晏嬰は、人と善く交際して、ずいぶん経ってから相手を敬う」と、孔子も褒めなさった。『曲礼』に「賢者は狎れて敬す」とあるのにも通じるはずである。(これは)友達同志の交際においてもそうあるべき事である。(人として)望ましい道であるだろう。

【語釈】
・等閑なし…日ごろ非常に親しくしている。心安い。
・いんぎん…真心がこもっていて、礼儀正しいこと。
・ねんごろ…心がこもっているさま。また、親しいさま。
・なべて…ひととおり。あたりまえ。普通。「なくて」と読めるが意味が通じず、ひとまず「なへて」と読んでおく。
・晏平仲…晏嬰。紀元前六世紀の中国の齊の名宰相。晏子と尊称される。『論語』に「晏平仲は人と善く交はり、久しうして之を敬す」(公冶長篇)とある。
・曲礼…『礼記』中の一編。
・賢者狎而敬之…賢者は人に対して、親しくなっても敬を失わない。

【解説】
 第三首目は「礼儀」の重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、左手の傘を翳した貴族風の人に右手の人が地に両膝を突き背筋を伸ばし顔を上げて何か言っている姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世の中に 朝夕 はらを 立田(たつた)山 もみぢな かほに さのみちらしそ

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 喜怒哀楽愛悪(あいお) 欲の七情は聖人 賢人もはなれたまは ぬ道なれば何ぞいか りむつかる事をな さずしもあらんいかるべ き事にいかり喜べき ことに喜ぶは聖人の つね也されどもいかれる 事もかれに有喜ぶ こともかれにありなん ぞ我心にとゞめん是 顔回のいかりをうつ さぬ所なりさのみは ちらしそといへるは 此心なるべしさのみ とはあながちとい へるこゝろなり

【通釈】
 世の中に生きて、朝に夕にむやみに腹を立てて顔を紅潮させるなどは、しないように(。龍田山の紅葉は美しいが、怒りに紅潮した顔は見苦しい)。

 喜怒哀楽愛悪欲の七情は、聖人や賢人も超越なさらない道であるから、どうして(凡人である我々が)怒りむずかる事をせずにいられよう。怒るべき事に怒り、喜ぶべき事に喜ぶのは、聖人も普通にする事である。けれども、怒りも喜びも共に(その原因は怒ったり喜んだりすべき)対象にあるのであり、どうして自分の心に(それらの感情を)留めておくことがあろうか。これが、顔回が八つ当たりをしなかった理由である。「さのみはちらしそ」というのはこの思い(から)であろう。「さのみ」というのは「むやみに」という意味である。

【語釈】
・龍田山…生駒山地の南端に位置し、紅葉で有名な歌枕。「たつ」が地名の一部と「(腹を)立つ」の両意を兼ねる掛詞。
・七情…七種の感情。ここでは仏教における七情を列挙している。「悪」は「憎悪」。
・顔回…孔子の弟子。『論語』に「顔回なる者有りて、学を好みたり。怒りを遷さず」(雍也篇)とある。「怒りを遷さず」は「八つ当たりしない」という意。

【解説】
 第四首目は「むやみに怒らないこと」の重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、中央に片肌を脱いで片膝を立てて座り、両手にそれぞれ刀をつかんで左手の木を見上げている人を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中の あつかひ草を 露ほども しらざる人は せうし なりけり

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 あつかひ草といへる は世話にふせうなる 事といへるがごとし此 世にまじはるうちは あつかひ草をしらずん ばかなふべからずおのが 身には露ほどもかまふ 事なきとてかしこ だてをいふものゝふせう をおもひしらぬ人に たちまちにわざはひ のくる事はくちびる おちてはさむくなり となりのいさかひ我 耳にかしましきが ごとし又人の上にあし き事あらばいそぎ 其事をとりあつ
 かふべし

【通釈】
 世の中で、人の世話をすることを少しも知らない人は、困ったものだし気の毒だ。

 「あつかひ草」(云々)というのは、人の面倒を見るのが下手であると言っているようだ。この世で人と交わ(って生きてい)る間は、人の世話の仕方を知らないでは(うまく交際して)生きていけない。自分自身には少しも困る事はないといって、利口ぶった事を言う者で、(自分が)未熟である事をわきまえない人に、災難が降りかかる事は、(諺に言う、)唇滅んで歯寒し、隣の喧嘩が耳にうるさいようなもの(で、必然)である。又、人の身の上に悪い事が起こったなら、急いでそれに対処すべきである。

【語釈】
・あつかひぐさ…世話をする対象。養育すべき子供など。
・笑止…困ったこと。かわいそうなこと。笑うべきこと。
・世話…人の面倒をみること。
・ふせう…愚かなこと。劣っていること。不肖。
・かまう…他の事とかかわって、差し支えが生じる。
・かしこだて…利口ぶること。賢そうにふるまうこと。

【解説】
 第五首目は「人を世話すること」の重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、右手に地に片膝をついている女性を、左手には片肌を脱ぎ、箒を持って目を吊り上げている男性と、その男性の後ろから制止するように左手で抱え込むように胸を抑え、右手で男性の持つ箒をつかんでいる男性を描いています。夫婦喧嘩とその仲裁に誰かが入った場面を描いているようです。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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