江戸期版本を読む

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カテゴリ:世中百首絵鈔 > 世中百首絵鈔51~75

【翻字】
 世中はねみだれがみの 風情して きのういひしや今日かはるらん

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 人の心はかやりやすき ものなり男女の情 朋友の交(まじはり)とても 皆以てかくのごとし 始め終り礼により て私の心なければ 自(をのつか)ら変改なき也 張耳(ちやうじ)陳余が如きも 私の心出来て石交 も破れたり慎しむ へし

【通釈】
 世の中は、寝乱れ髪のようなもので、昨日言っていた事が今日は変わるというようである。

 人の心は変わりやすいものである。男女間の愛情も、朋友間の付き合いも、皆そのようなものである。最初も最後も私心というものがなく、礼によるものであれば、自然と変化することもない。張耳と陳余のような「刎頸の友」であっても、私心が生まれた結果、石のように堅い友情も破綻したのである。慎むべき事である。

【語釈】
・張耳陳余が如き…共に秦末漢初の人物。「刎頸の友」と互いを認めたが、後に仲違いし激しく憎悪し合った。
・石交…友情の堅いこと。

【解説】
 第五十一首目は、「人の心は変わりやすい」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、室内で何か書き物をしている女性を、戸の隙間から武士と提灯を持った小者が覗いて様子をうかがっている場面が描かれています。夜の女性の寝所という以外に、歌との関連性のない絵柄です。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中にいはれ有をも 知らずして なんいふ事は れうじ成けり

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 おのれ少しき器な るをしらず管見に まかせて人のなし 置たる事の故実 ありともしらでとや かくもときいふは 浅はかなる小人の くせなり何事も 人にへりくたりて 問尋するにはしかず


【通釈】
 世の中で、由緒があるのも知らないで難癖を付けるのは不見識である。

 自分の器の小さい事も知らずに、狭い了見から人のした事が理由のある事であるとも知らずにとやかく非難し従わないのは、浅はかなつまらない人の癖である。何事も謙虚に、人に尋ねるのが良い。

【語釈】
・いわれ…物事が起こったわけ。理由。由緒。来歴。
・聊爾…いいかげんであること。考えのないこと。
・難…非難すべき点。難点。
・管見…狭い見識。視野の狭い考え方。
・もどく…さからって非難する。また、従わないでそむく。

【解説】
 第五十二首目は、「何事も謙虚に人に尋ねる」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、祠か何かを指さして同輩らしい人に話している侍風の男性が描かれています。祠の由緒を尋ねられて説明しているのか、それとも知らずにただいい加減な事を言っているのか、そのような想像が心に浮かびます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 わざわひの出(いで)くる事は 世中の ことばひとつの いはれ成けり

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 三寸の舌頭のあや まりより終(つひ)に 五尺の身をほろ ぼす古今其例 少からず尚書に 惟口出好惟興 戎といへりもつとも 可慎は人間の 言葉の上なり

【通釈】
 世の中で災いが生まれるのは、言葉一つがその理由となるのであるなあ。

 三寸の舌の先の誤りから、最後に我が身を滅ぼしてしまう例は、今も昔も少なくない。『尚書』に「口から出る言葉は、人々の友好を生み出しもすれば、戦争を起しもする」とある。最も慎まなければならないのは、言葉である。

【語釈】
・いわれ…物事が起こったわけ。理由。
・尚書…中国の経書。五経の一。
・惟口出好惟口興戎…注には訓点があり、「惟口好を出し惟口戎を興す」と読める。大禹謨篇に「惟(こ)れ口好(よ)しみを出だし戎を興す」とある。

【解説】
 第五十三首目は、「言葉を慎む」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、汀で三人の武士が何やら話をしている場面が描かれています。鍬形打った立派な兜を被っている大将軍らしき人物に、書状らしきものを手に持った武士が片膝をついて話しかけているようです。源平の争乱を題材にした芝居か何かで、「不用意な発言によって破滅した」例があり、それをふまえた絵柄かと推察できますが、あるいは「腰越状」かもしれませんが、特定はできません。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に人を そねむは目に見えぬ 鬼よりもたゞ おそろしきかな

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 人のよき事を なすを見て心に これをそねみ人の あしきことは外には せうしがるやうなれ とも内心快(こゝろ)よく おもふは誠にあさま しく鬼よりも おそろしき人心 なり為鬼為蜮 といひて詩経に も深くこれをにくめり

【通釈】
 世の中で、人を妬むのは、目に見えない鬼よりも、ただもう恐ろしいことだなあ。

 人の良い事を見て内心妬んだり、人の悪い事を見て、表面は気の毒がって見せて、内心喜んでいるのは、実に浅ましく、鬼より恐ろしい人の心である。「鬼であり蜮である」と言って、『詩経』でも深く憎むところである。

【語釈】
・笑止がる…気の毒がる。同情する。
・為鬼為蜮…注には訓点があり、「鬼たり蜮たる」と読める。『詩経』小雅に見える詩句。「蜮(こく)」は想像上の害虫。転じて人を害する者を比喩する。

【解説】
 第五十四首目は、「人を妬む心の恐ろしさ」について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、室内で女性二人が何かについて話している戸外で、雷神のような異形の物が空中に浮かぶ場面が描かれています。琳派の描いた雷神そっくりでは、悪い鬼という印象は受けません。男性でなく女性が描かれているのは、妬み嫉みが女性の心性として一般であるとの通念からかと推測されます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中の人は慈悲あれ 心あれ心なくとも 千とせをばへじ

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 あらしにむせぶ松の こずゑも千とせを またでたきゞに くだかるゝ世中に けんどんにして何か せん人生七十古 来稀也といへば 後の世のみやげ 子孫の花とさか へんたねにはもつ はらじひのこゝろ をたもてよといへる こゝろなるべし

【通釈】
 世の中の人は慈悲の心、人としての心を持ちなさい。心を持たずに生きようと、千年も生きられはしないだろうから。

 嵐に唸り声を立てる松の梢も、千年を経ずして薪として砕かれてしまうこの世の中で、思いやりの心もなしに生きて、一体どうしようというのか。「人生、七十まで長生きすることは滅多にない」と言うから、冥途の土産、子孫が花と栄える基として、何はさておき慈悲の心を持ちなさいという(歌の)心であろう。

【語釈】
・むせぶ…むせび泣くような声や音を立てる。
・けんどん…思いやりのないこと。じゃけんなこと。
・人生七十古来稀…杜甫の詩「曲江」に見える詩句。
・後の世…死後の世。来世。あの世。後世。
・たね…物事の起こる原因となるもの。

【解説】
 第五十五首目は、「慈悲の心を持つ」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、一段高い壇上にいる、左右に侍者らしき人物を従えた貴人に向かい、正座してお辞儀する人物が描かれています。おそらくは何らかの漢籍に典拠を持つ絵かと推察されますが、具体的には特定できません。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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